龍安寺 ~ 石庭で知られる禅寺の春を訪ねて ~

 金閣寺から龍安寺を経て仁和寺に至る道は『きぬかけの路』とよばれる散歩道。宇多天皇が盛夏に雪景色が見たいと衣笠山に絹をかけ、『きぬかけやま』の故事にちなんで名づけられたといいます。その『きぬかけの路』沿いには世界遺産が建ち並ぶ、京都でも有数の観光エリアとして知られています。

 枯山水の石庭で知られる 龍安寺 は室町幕府管領細川勝元が徳大寺家の別荘を譲り受けて寺地とし、宝徳2年(1450)に妙心寺の義天玄承を開山として創建。その寺は自身が東軍の将となった応仁の乱で焼失、自身も没し、勝元の子政元が再興するも、寛政9年(1797)の火災でほとんどの堂宇を焼失したといいます。現在の方丈は塔頭西源院の方丈を移築し、庫裏はその時に再建されたものといいます。主だった建物の少ない龍安寺を拝観する人のほとんどは、代名詞にもなっている『石庭』をお目当てに訪れているようです。

 龍安寺前のバス停から、なだらかな勾配の参道を行くと山門が建ち、門くぐるとその先には春の訪れを感じさせる山々が、そして左手には春の陽に水面を輝かせた鏡容池が広がっています。

  龍安寺1  龍安寺2
    山門                            鏡容池

 池沿いの参道や境内ではピンクや紅色の梅や早咲きの桜が訪れる人を出迎えてくれています。幅の広い石段をのぼりつめると白壁と木組みの美しい庫裏が建っています。

  龍安寺3  龍安寺12
    石の大仏

  龍安寺4  龍安寺5
                                   禅寺らしい簡素な庫裏

 ひんやりとして空気が漂う庫裏から方丈に向かえば、方丈の縁には座して石庭を眺める人、カメラを向ける人、黙してうなずく人・・・そのほとんどが外国の方 であることに改めて日本を訪れる人に多さを感じました。東西25㍍、南北10㍍の空間に砂紋を描いた白砂、そして15個の石は立ったもの、臥したもの、周囲に苔を生やしたもの・・・と様々。『虎の子渡しの庭』とよばれるこの庭の作者、作庭の時代、その意図も不詳といわれ、見る人に自由な解釈を委ねているいわれています。謎めいた庭は眺めていると、何時しか心に緊張感が走り、背筋が伸びてくるような・・・

   龍安寺7

   龍安寺8

 そして、方丈の裏手に回ると『銭形のつくばい』が置かれています。これは水戸光圀が本を借りたお礼に寄進したものと伝えられています。真ん中の手水の部分を口にすれば『吾賀唯足知』という言葉に成り、禅の格言をデザイン化したものといいます。

  龍安寺9  龍安寺10
    渡り廊下の先に建つ仏殿と昭堂           水戸光圀寄進と伝わるつくばい
 
 今回の拝観で楽しみにしていたのが日本で最古といわれる『侘助椿』 秀吉の朝鮮出兵の際に『侘助』という人物が持ち帰ったことからこの名がつけられたといわれ、秀吉も絶賛、また利休などの茶人たちからも愛された椿は、今も可憐な姿を見せてくれます。

  龍安寺11  龍安寺6
    日本最古といわれる侘助椿

 『石庭』が代名詞の龍安寺ですが、四季折々に様々な花に彩られるお寺でもあります。徳大寺家によって築かれたという鏡容池、春は池の回りは雪柳と桜に縁どられ、初夏から夏は菖蒲、蓮、そして紅葉が池に映る秋、雪景色と四季それぞれの美しさで心に安らぎをもたらしてくれます。

  龍安寺17  龍安寺15

 また、鏡容池の西側にある桜苑では梅や桜などの花木、もみじや杉などが植えられ、この日は終わりかけの梅と咲き始めの桜の共演で、春を感じさせてくれました。

   龍安寺16

  龍安寺14  龍安寺15

 人は時として訪れたくなる庭園。京都には珠玉の庭園が数多く存在し、四季折々にその美しさで人々を魅了してくれます。世界遺産に登録された庭園、皇族や武士、粋人が作庭した庭園、隠れた名園、唯一無二の遺物が残された庭園・・・大自然が凝縮された庭は私たちにとってかけがえのない心の『オアシス』 であるかのように、時には疲れた心を癒やし、時には力強い勇気を与えてくれます。禅の境地が表現されたと思える石庭、水の持つ力が成せるかのような和らぎをもたらしてくれる鏡容池を囲む庭、両方を備えた庭を持つ龍安寺。四季折々に心を癒やしに、そして生きる喜びを感じに来たいと思います。
 
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