伏見界隈を歩く ~ 幕末の動乱が駆け抜けた酒蔵の街 ~

 豊臣秀吉の伏見城築城によって誕生した 伏見 は幕末の『鳥羽伏見の戦い』の主戦場となり、町は炎上して多くの古い建物は失われてしまいましたが、今も当時がうかがえるスポットはあちこちに点在しています。

 最も知られているのが薩長同盟や大政奉還に大きくかかわった坂本龍馬の京の定宿であった 船宿寺田屋 です。文久2年(1862)、薩摩藩士の尊皇攘夷派が穏健派に襲撃された『寺田屋事件』、また慶応2年(1866)、投宿中の龍馬が幕史に襲撃されるも、後に妻となるおりょうの機転によって難を逃れたというエピソードで知られる寺田屋には、当時を物語る品々が残されています。また、寺田屋近く、濠川沿いには日本の新婚旅行実施第一号といわれる『龍馬とお龍 愛の旅路像』がたてられています。

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      史跡 寺田屋

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    寺田屋事件記念碑と龍馬像 

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 この寺田屋の東側にある蓬莱橋から北に続く道は『竜馬通り』とよばれる商店街で、寺田屋で襲撃された龍馬はこの道を駆け抜け、西岸寺まで逃げたとか・・・ 

 『油掛地蔵さん』の名で親しまれる 西岸寺 は天正18年(1590)雲海が開創したと伝わる浄土宗の寺。その昔、山崎の油商人が寺の門前で転び、担いでいた油桶をひっくり返してしまったため、残っていた油を地蔵にかけたところ商売が繁盛し長者になったという説話から、願いのある人はこの地蔵に油をかけて祈るようになったといわれています。

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    西岸寺本堂                       油掛地蔵が安置されている地蔵堂

 また、伏見区鷹匠町にある 大黒寺 は 『薩摩寺』 ともいわれ、薩摩藩とのかかわりが深いことで知られています。大黒寺は平安時代初期に真如法親王により創建され、もとは『長福寺』と称し、元和元年(1615)、薩摩藩主・島津義弘が島津家の守り本尊の大黒天が藩邸に近い長福寺に祀られていたことから、藩の祈祷所とし、本堂に大黒天を安置したことに因んで『大黒寺』と改めたといいます。境内には西郷隆盛が私財を投じて建てたといわれる『寺田屋事件』で命を落とした薩摩藩士九烈士の眠る墓が建っています。名水で知られる伏見、大黒寺の境内にも『金運清水』とよばれる水が湧き出ていて、金運・出世・子孫繁栄にご利益があるといわれています。

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  薩摩藩家紋の十字が記された瓦をのせた本堂    境内に湧く『金運清水』

 酒造の街で知られる伏見には切り妻屋根に白壁の独特の酒蔵が並んでいます。新高瀬川ほとりにに建つ松本酒造の佇まい、足元に顔をのぞかせ始めた土筆を探しながら春風と戯れる心地よさは時間が止まったかようなひと時。菜の花がほとりを埋める頃に訪れたかった・・・と思いながらのどかな風景は十分に心を満たしてくれました。

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     松本酒造

 そして濠川沿いの黄色い花を付けたサンシュや雪柳が白い花を付け始めた川沿いを歩けば、月桂冠の酒蔵が建っています。

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    濠川                            春を告げるサンシュ

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     月桂冠大倉記念館

 かすかにピンクの蕾を膨らませた河川敷は絶好の散歩道。隠れた桜の名所で知られる 長建寺 の門前にある船着場から乗る十石舟での船旅は、水の街・伏見の良さを一層引き立ててくれます。

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    長建寺の糸桜                      十石舟

 風情たっぷりの街には酒造メーカーが開いている博物館や記念館があります。社名の由来となった『欝金桜』とよばれるサトザクラが咲く『キザクラカッパカントリー』での酒造りの見学、『月桂冠大倉記念館』での伏見の酒造りの歴史や酒造り用具の展示などを見ることができます。

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     キザクラカッパカントリー
 
 龍馬とおりょうの青春のひと時をしのび、桃山時代と幕末の面影をたどりながらの散策は、水の街・伏見ならではの風情に満ちたものでした。
 
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