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行願寺 ~ 「革堂」の呼び名で親しまれる寿老人神を祀る寺 ~

 福徳をもたらす神として信仰されている『七福神』は室町時代中頃に京都で始まり、次第に日本各地に拡がっていき、現在の形に定着したのは江戸時代中頃で、お正月の初詣を兼て七福神詣でが庶民の間で盛んになったといいます。

  『革堂(こうどう)さん』の俗称で親しまれる 行願寺 には七福神のひとり『寿老人神』が祀られています。行願寺は、平安時代の寛弘2年(1004)行円上人が一条小川にあった一条北辺堂跡に賀茂明神の神木で千手観音像を刻んで堂内に安置したのが始まりと伝えられています。開山の行円上人は豊後国(大分県)の人で、ある時、山中で一頭の鹿を射止めたところ、その胎内に子鹿が生きているのを見て殺生を深く悔いて仏門に入り、頭にはいつも仏像をいただき、身には経文を書いた鹿革をまとっていたので、市中の人々から『革聖』と呼ばれるようになり、寺も『革堂』の別称が生まれ、中世には六角堂(頂法寺)とともに町堂として多くの信仰を集めたといいます。

 京都御所の東南、寺町通に面して門を開く行願寺、山門を入ると正面に本堂が建っています。いく度かの火災により転々とし、現在の地には江戸時代の宝永5年(1708)の大火後に移り、文化年間に再建されたという本堂には十一面千手観音像が安置されています。西国三十三カ所観音霊場の第19番札所、神仏霊場巡拝の道114番などの札所でもある寺には、この日も巡礼者が訪れていました。

  行願寺1  行願寺2  

   行願寺3
                               本堂

 『都七福神』の幟のはためく境内、寿老人神が祀られる堂は本堂の斜め向かい、愛染堂と並んで建っています。寿老人は中国の伝説上の人物で、頭の長い、短身な老人で、手には巻物を張り付けた杖、団扇や桃を持ち、お供に鹿を従えた長寿を授ける神として崇められています。

  行願寺4  行願寺5
  
  行願寺6  行願寺9
    寿老人神堂                        愛染堂

 境内には他に庫裡や鐘楼、宝物館などの建物、そして大きな五輪石塔があります。境内の西北隅にたつ五輪石塔は高さが約3㍍近くあり、水輪の正面には不動明王が安置されています。

  行願寺8  行願寺7
    鐘楼と庫裏                        五輪石塔

                   行願寺10


 そしてこの行願寺には『幽霊絵馬』と伝わる世にも不思議な絵馬が残されています。寺伝によれば、文化年間のころ、革堂の近くにあった質屋の子守り娘が革堂に訪れる人たちが唱える御詠歌を覚え、子守唄代わりに口ずさむようになった。法華信者である店の主人はそれが気になり、寺への出入りを禁じたが、娘はむずかり子供を背負っては叱られても叱られても出かけ、自分の子どもも回らぬ口で御詠歌を唱えているのを耳にしたため、土蔵に閉じ込めてしまった。すると娘は寒さのため凍え死んでしまったので裏には埋め、親元へは「好きな男ができたらしく、無断で出奔した」と通知。驚いた両親が事情を聴いても知らぬ存ぜぬの一点張りなので、いつも行っていた革堂に参詣し本堂に籠って御詠歌を唱えていると、探し求めていた娘があらわれて事の次第を話し、母親にもらった手鏡を置いてスーッと消え失せたという。事の顛末を知った両親は娘の行方が知れたのも革堂のお陰と形見の手鏡をはめ込んだ絵馬に娘の幽霊とその経緯を書き込んで奉納したとのこと。これが『幽霊手鏡の絵馬』といわれる不思議な絵馬で、今も宝物館に保存されていて、8月22~24日に行われる幽霊絵馬供養の際には拝見することができるといいます。

 長寿・福徳を授ける神寿老人神、そして人々の苦しみの声を聞いて、救いを与えてくださる観音さまが祀られる 行願寺 また訪れたいと思います。 




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