多賀大社 ~ 伊勢神宮の親神を祀る神社 ~

 『お多賀さん』の呼称で親しまれる 多賀大社 は伊勢大神の両親の伊邪那岐大神・伊邪那美大神を祀る近江国第一の大社。『古事記』によれば、伊邪那岐・伊邪那美の両神は高天の原で夫婦の道を始められ、天照大神をはじめとする八百万の神々、草木一切に至るまでありとあらゆる生命を生み、その後、琵琶湖を西に望む杉坂山に降臨し、多賀の霊地に鎮座したといいます。

 『お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢お多賀のお子じゃもの』と詠まれる歌があるように、古くから庶民の伊勢参りが盛んになると、その親神というべき多賀大社への参詣もさらに広がったといいます。歴代皇室からの尊信も篤く、明治初年に至るまで朝廷の祈願所とされ、元正天皇の病気の際には、神主がシデの木で作った杓子に強飯を乗せて祈願したところたちまち治癒されたと伝えられ、以後その杓子は『お多賀しゃくし』と名付けられ、無病長寿のしるしとして有名になっています。また、鎌倉時代のはじめに東大寺の再建を指揮した重源上人は多賀大社に参籠し、延命を授かり、豊臣秀吉は大政所の病気平癒を祈願して一万石を寄進、武田信玄は厄年の厄除祈願に黄金を奉納など数々の社殿が伝えられています。

 延命長寿、縁結び、厄除けの神として名高い多賀大社、初詣の参詣者で賑わう鳥居をくぐると、神門の前には曲線の美しい太鼓橋が架けられていますが、この橋は『太閤橋』と呼ばれ、秀吉が寄進した一万石を授かった時に太閤蔵、奥書院庭園とともに築造されたものといいます。

  多賀大社1  多賀大社2
                                   太閤橋

 太閤橋を右に屋根に名残りの雪をのせた神門を入れば、広々とした境内には多くの人が列をなして参拝を待ち、その傍らには奉納されたしゃもじ形の絵馬が並んでいます。蛙の子である『オタマジャクシ』はその形がしゃくしに似ているところから名づけられたともいわれています。

  多賀大社3  多賀大社4
                                   多賀大社でおなじみのしゃもじ型の絵馬

 常緑の森を背にした社殿は前に拝殿、その後に回廊を廻らして神楽殿、幣殿、本殿が建っていますが、一部は徳川家光の寄進の江戸前期に建っていますが、大半は昭和に再建されたものといいます。

  多賀大社5  多賀大社6

 拝殿の前には参詣者が引いた紅白のみくじが結び付けられ、どこか華やかな空気が漂っています。社殿の東側には重原上人が20年の延命を授かったといわれる『寿命石』や能舞殿、さらに熊野神社、子安神社などの境内社が並んでいます。

  多賀大社7  多賀大社8
    長命石   

                   多賀大社9  能舞殿
                     
 長い歴史に育まれ、皇室、武将、庶民まで崇敬をされる多賀大社には四季において多彩な祭がありますが、なかでも4月の『多賀祭』、6月の『御田植祭』、8月の『万灯祭』はよく知られた祭です。

 そして、多賀大社参詣のお土産として名高い『糸切り餅』は、赤と緑の縞模様は元寇の役で戦利品として奉納した『船印』に由来し、長寿と平和を願って三味線の糸で切り分けられているといいます。糸切り餅に込められた願いは参拝を終えた人々の手に・・・そして私もその願いに近づこうと糸切り餅を手に多賀大社を後にしました。

    名物 糸切り餅  多賀大社10


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