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立木神社 ~ 東海道往来の旅人からも親しまれた古社 ~

 近江は古くから交通の要衝として栄えたことで知られていますが、東海道五十三次のうち五十二番目の 草津宿 は江戸と京都を結ぶ東海道と中山道の分岐する宿場として賑わったところで、今も街道沿いには草津本陣跡、東海道・中山道の分岐道標などが残っています。

  立木神社1  立木神社2
                        東海道・中山道の分岐道標

   立木神社3  立木神社4
                             草津宿本陣                       

 草津宿は普通の宿駅の二倍の規模をもち、参勤交代する西国大名の往来繁く、江戸末期には本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠も70余軒近くを数えたといいます。なかでも『田中七左衛門本陣』は『草津宿本陣』として国の史跡に指定されています。現存する本陣の中では最大規模を誇り、大名が休泊した座敷、湯殿、台所土間など当時の面影を今に伝え、残されている宿帳には浅野内匠頭や吉良上野介などの名を見ることができ、往時の旅の様子を偲ばせてくれます。

 旅人で賑わっていた草津宿の西の入口近くには歴史絵巻物にも描かれている 立木神社 が鎮座しています。滋賀県随一の古社といわれる立木神社は、今から千二百数十年前の767年、祭神であられる武甕槌命が常陸国の鹿島神宮を立ち、この地に着かれたとき、手にしていた柿の鞭を社殿に刺し、「この木が生え付くならば吾永く大和国三笠の山に鎮まらん」と言われ、その後、不思議にもその木は生え付き、枝葉が茂りだしたので、里人はこの木を崇め社名を立木神社と称したことがはじまりと伝えられています。その後、征夷大将軍坂上田村磨が東北鎮圧に際して、道中安全と厄除開運を祈願し大般若経一部を寄進したことから交通安全、厄除けの神として信仰を集めています。

 旧東海道に面して鳥居がたつ立木神社、いつもはひっそりとしている境内は初詣の人で賑わっています。

  立木神社5  立木神社6
                                   楼門

 室町幕府9代足利義尚が奉建したという四脚門(現楼門)までの待ち時間の長いこと・・・新春の飾り付けがなされた神楽殿、拝殿、本殿、そして天照皇大神宮、春日社、多賀社・・・などの境内社に参拝、今年一年の家内安全と健康を祈願しました。

  立木神社7  立木神社8
    神楽殿                          拝殿

  立木神社9  立木神社10
    立ち並ぶ境内社                    県内最古の道標  

 東海道を通った旅人達にも参拝された 立木神社 その古社は今も変わらず庶民に親しまれている神社です。                 

 
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