鶴林寺 ~  聖徳太子ゆかりの「播磨の法隆寺」 ~

 兵庫県加古川市にある 鶴林寺 は『播磨の法隆寺』や『刀田の太子さん』とも呼ばれる播磨地方有数の古寺。創建は崇峻2年(589)聖徳太子が当時物部氏らの排仏派の迫害を逃れてこの地にいた高句麗僧・恵便法師の教えを受けるため、精舎を建立し、刀田山四天王寺聖霊院と名付けたことがはじまりと伝えられています。その後、養老2年(7187)大目身人部春則が太子の遺徳を顕彰するため七堂伽藍を建立し、慈覚大師円仁が入唐の際に立ち寄られ、薬師如来像を刻して天台宗となり、天永3年(1112)に鳥羽天皇によって勅願所に定められたのを期に 鶴林寺 と寺号を改めたといいます。

 新西国三十三カ所、聖徳太子霊跡、関西花の寺二十五霊場、西国薬師四十九霊場などの札所にもなっている鶴林寺は、戦国時代の戦火に巻き込まれなかったことから多くの文化財が残されています。二体の仁王像が安置された仁王門は室町時代の建立で、楼門形式の階上には座禅堂があるといいます。

  鶴林寺1  鶴林寺2
    仁王門                           本堂

 門を入り、菩提樹と沙羅双樹の木が植えられた参道を進むと、正面に本堂が建っています。応永4年(1397)創建といわれる本堂は和様・大仏様・禅宗様の折衷様式の代表作と称される建物で、国宝になっています。本堂の左右には平安時代後期の建立といわれる太子堂(法華堂)と常行堂があり、対になっている建物は法華三昧、常行三昧の天台寺院の典型的な伽藍配置をとどめているといわれています。国宝の太子堂は天永3年(1112)の建立といわれる寺内最古の建物で、内部の板壁に肉眼ではみえなくなってしまっている仏画が描かれているといいます。

  鶴林寺3  鶴林寺7
    太子堂                          常行堂

 宝珠をいただいた優美な太子堂の奥には高麗期の作といわれる梵鐘が吊るされた鐘楼、観音堂、護摩堂が、常行堂の裏側には新薬師堂が建っています。
 
  鶴林寺4  鶴林寺5
    鐘楼                            観音堂

  鶴林寺6  鶴林寺9
    護摩堂                           新薬師堂

 さらに境内には三重塔、行者堂、経蔵などの建物があり、全盛期には30数カ坊、寺領2万5千石といわれた寺の隆盛が偲ばれます。

  鶴林寺8  鶴林寺10
    三重塔                           行者堂

 そして、聖徳太子ゆかりの寺である境内の奥には十二歳の聖徳太子が恵便法師を招いて修学に励まれた「木の丸殿」の門があったと伝わる『不開の門跡』があり、十二歳聖徳太子像が置かれています。

  鶴林寺11  鶴林寺12
    不開の門址                       十二歳聖徳太子像

 『播磨の法隆寺』といわれるだけに宝物館に展示されている寺宝の仏像や仏具、絵画など、いずれも興味深いものばかり。中でも『あいたた観音』とよばれる銅造聖観音立像は、その昔、観音堂に忍び込み聖観音立像を盗み出した盗賊が、像を溶かそうとしたもののどうしても溶けず、怒って叩き割ろうしたところ、「あいたた!刀田へいのう!刀田へいのう!」と観音の声に驚き像を返し改心したといわれ、この時に聖観音立像の輿が右に曲ったと伝えられているそうです。伝説もある聖観音立像は美しい立ち姿に流れるような衣を身に着け、拝観者に柔和なほほ笑みと優しい眼差しで見つめ返してくださり、心が和らいできます。

  鶴林寺15  鶴林寺14
    宝物館                          法華一石一字搭

 宝物館で文化財を堪能した後は、法華経の文字を一つの石に一時ずつ書いて千部納められた法華一石一字搭の『ふるくる門』をくぐりました。搭の裏側にある『ふりきり石』、この石に念じ、回すことで心にある邪念を振り落とし、新たな自分に生まれ変わるといわれるパワースポット  私も新しい自分をめざして・・・力いっぱい石を回しました。

 そして、十分なパワーを得られたことを信じて境内を後にしました。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ポピーランド

Author:ポピーランド
FC2ブログへようこそ!

アクセスカウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR