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曼殊院 ~ 紅葉に包まれる洛北屈指の門跡寺院 ~

 洛北を代表す門跡寺院 曼殊院 は延暦年間(782~805)に伝教大師最澄が比叡山に阿弥陀仏を安置した堂を建立したことにはじまり、以後、慈覚大師円仁をはじめ代々住持に引き継がれ、10世紀に是算国師の代に堂を比叡山西塔北渓に移して、『東尾坊』と号し、天仁年間(1108~1110)に『曼殊院』と改めたといいます。、文明年間(1469~1487)に慈運法親王が入寺して門跡寺院となり、竹内門跡と呼称され、明暦2年(1656)、良尚法親王によって現在の地に移されたといいます。良尚法親王は『桂離宮』の造営を始めた八条宮智仁親王の次男で、兄の八条宮智忠親王が完成させた桂離宮と共通した意匠が多数認められていることもあり、『小さな桂離宮』とも呼ばれることもあるといいます。

 アカシヤや楓が植えられた参道を上って行くと正面に勅使門が見えてきます。門の前の幅の広い石段、左右の石垣と苔を配した盛り土、その上に築かれた白壁の塀が門跡寺院の威光を感じさせます。

  曼殊院1  曼殊院2
    アカシヤと楓が植えられた参道           勅使門(山門)

  門の外側脇には弁天池があり、弁天島には弁天堂と天満宮が祀られています。この弁天池も江戸時代には曼殊院境内にあったものを神仏分離によってここに移されたといいます。

  曼殊院3  曼殊院4
    弁天池                          弁天堂と天満宮

 弁天池から参道に出ると城壁のような白壁の周りは鮮やかな紅葉に包まれ、光を浴びた紅葉の中に身を置けば、心の中まで朱色に染まってくるような・・・

  曼殊院5  曼殊院6

  曼殊院7  曼殊院8

 通用門から中に入ると庫裏があり、頭上には良尚法親王直筆の『媚竈(びそう)』の額が掲げられています。この言葉は論語によるもので、「奥にいる高位な人に媚びるより下働きの竃の人に感謝せよ」という戒めといいます。

  曼殊院9  曼殊院10

 庫裡の内部は豪壮な梁と木組みで造られ、そこに竃が置かれています。板間に上がり斜めに走る廊下を進むと本尊阿弥陀如来像を安置する大書院、優雅な数寄屋風な小書院が続きます。それぞれの間には狩野永徳や岸駒などの襖絵、長押の釘隠、襖の引手、欄間などに細緻な意匠が凝らされていて、見るものすべてに美意識と創造性を感じてきます。

 さらに目を奪われるのが、両書院前に広がる枯山水の庭園。白砂を海原に見立て、枯滝、鶴島、亀島の絶妙な配置で名勝に指定されています。その鶴島には五葉松、亀島には這松を植えて、小書院を屋形船に見立てて、悟りの彼岸である蓬莱山に至る趣きを表しているといいます。

  曼殊院12  曼殊院11
    鶴島に植えられた五葉松               亀島に植えられた這松

 風雅で趣向に富む曼殊院の建物と庭園、その美の意匠に浸るのですが、生憎の工事中。それでも紅葉だけは堪能することができました。

 

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