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報土寺 ~ 悲恋の名作「五番町夕霧楼」の舞台にある「腹帯地蔵」を祀る寺 ~

 京都市上京区仁和寺街道沿いにある 報土寺(ほうどじ) は知恩院派に属する浄土宗の寺院で、『洛陽四十八願所地蔵』の札所のひとつに数えられる『腹帯地蔵』が安置されています。報土寺は貞観元年(859)、石清水八幡宮を創建した行教が真言宗の寺として創建したと伝えられ、永禄2年(1559)、選誉照阿により浄土宗の寺院として再興され、現在の地には江戸初期に移転したといいます。

 報土寺のある千本通と中立売通の南西一帯は江戸時代に遊郭街として西陣の職人たちに愛された街で、水上勉の小説『五番町夕霧楼』の舞台となったところ。住宅地となっている界隈に花街の面影を見ることはできません。

 『京都非公開文化財特別公開』のために開かれた表門から中に入ると本堂の前に『遊女観世音菩薩』と書かれた観音像が建っています。報土寺はかつて引き取り手のない遊女の一時安置をしていたことから『投げ込み寺』とも呼ばれ、この観音像は亡き遊女たちの供養のために建立されたといいます。そして観音像を見ているうちに『五番町夕霧楼』の作品をまた読みかえしてみようかと・・・

  報土寺1  報土寺4
    表門                            遊女観世音菩薩

 寺地移転の際に移築されたという本堂は簡素な造りではあるが木組みが太く力強い建物で、浄土宗本堂の典型例として重要文化財に指定さています。そして本堂では、京都国立博物館に寄託後、初めて里帰りされた本尊・阿弥陀如来像が公開されています。もとは、近江の八幡宮に祀られていたともので、縁起によれば、住職が夢の中に阿弥陀如来像が現われ、東から手招きされ、その招きに従って進んでいくと近江八幡(日牟礼神社ともいわれる)に達したところで、地面から阿弥陀如来像が現われ、報土寺に行くことを望んだためその像を報土寺に招いたと伝わっていりとのこと。高さ約80㎝仏像は鎌倉時代の作といい、端正で柔和は表情に心が安らぎます。

   報土寺2
     本堂

  報土寺3  報土寺5

 そして境内には腹帯地蔵が安置されている地蔵堂が建っています。地蔵堂にはかつての遊郭街を偲ばせる『生駒楼』の名が記された額が掲げられ、多くの人々が手を合わせ、願いを込めたであろう地蔵さまは今も衣に華麗な色彩が残し、人々を見守っています。

  報土寺6  報土寺7

 また、報土寺にはかつて黒田官兵衛の妻・光姫が建立した 照福院 という塔頭寺院があり、本堂裏の墓地には光姫の墓や照福院と刻まれた井戸が残されています。

  報土寺8  報土寺9
    光姫の墓                         照福院の刻まれている井戸

 
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