飛鳥の里 2 ~ 橘寺 聖徳太子ゆかりの古刹 ~

 大和朝廷発祥の地である明日香・橿原。天皇が住まわれ、政事を営んだ宮の跡はあちらにもこちらに点在しています。推古天皇の摂政としてかずかずの改革をおこなった聖徳太子もこの地で誕生されたといわれています。聖徳太子が誕生されたと伝わる 橘寺 の地は欽明天皇の別宮・橘の宮があったところで、ここで幼少期を過ごしたともいわれています。またこの地が橘と呼ばれているのは、垂仁天皇の時代、勅命によりトコヨの国に不老長寿の薬を求めに行った田道間守が、長い間苦労して求めた秘薬を持ち帰ったところ、天皇は既に亡くなっており、その実をこの地に蒔くと目を出したのが『』であったことからと伝えられているといいます。

 橘寺 は正式には仏頭山上宮皇院菩提寺で、聖徳太子の家系の菩提寺で、本尊は聖徳太子としています。寺伝によれば、推古天皇14年(606)、勅命により聖徳太子が御殿を改造して創建したといわれ、広大な境内に金堂、講堂、五重塔などがならび、多くの堂搭坊舎をもつ大寺院で聖徳太子建立の七ヶ大寺院のひとつに数えられたといいます。しかし、再三の兵火により伽藍のほとんどは焼失し、現在の伽藍は幕末に再建されたもので、宗派も法相宗から天台宗となり延暦寺の末寺といいます。

 ヒガンバナが縁取りをなしているのどかな棚田の上に伽藍をならべる橘寺、山門をくぐると鐘楼の横にはおおきな銀杏の木が青空に向かってそびえ立っています。

   橘寺1
     橘寺全景

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                                    花びら形の心礎が残る五重塔跡

 境内では芙蓉や紫式部などの花が訪れる人の目を楽しませてくれています。五重塔跡や金堂跡に面影を偲びながら参道を進むと、聖徳太子の愛馬・黒駒の銅像を前に太子殿と呼ばれる本堂が建ち、堂内には太子の彫像としては最古のものとされる35歳の像が本尊として安置されています。

  橘寺9  橘寺7
    愛馬・黒駒の銅像                    太子35歳像を安置する太子堂(本堂)

 その他境内には六臂如意輪観世音菩薩が安置されている観音堂、護摩堂、経蔵、本坊、往生院、地蔵菩薩、日羅上人像などが収蔵されている収蔵庫などの建物が建っています。

  橘寺5  橘寺8
    観音堂                           護摩堂

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    経蔵                             収蔵庫

 阿弥陀三尊を本尊とする往生院は近年再建されたものといいますが、鮮やかな色彩を放つ花の格天井は見たことのない極楽浄土を連想させてくれます。

  橘寺14  橘寺15
    往生院 

 また本堂のかたわらには、大きな自然石に人面を刻んだ石があります。これは飛鳥時代の石造物のひとつで、人の心の善悪二相を表したものといわれ、二面石と呼ばれています。

  橘寺11  橘寺12
                      人の心の善悪二相を表した二面石

 境内には他にも、太子が造ったといわれる阿字池、太子が勝鬘経講讚の時に降ったといわれる蓮の花を埋めた蓮華塚など聖徳太子の伝説にまつわる遺物が残されています。

    橘寺10 阿字池

 境内からは 川原寺跡 を望むことができます。川原寺は斉明天皇が営んだ飛鳥川原宮を寺にしたと伝わり、礎石などの遺構から中金堂を中心に搭、西金堂、中門、講堂などが配置された大寺として飛鳥四大寺のひとつとされていますが謎も多いようです。現在川原寺跡には中金堂跡に建てられた弘法大師ゆかり寺 弘福寺(ぐふくじ) が建っています。

   橘寺2
     川原寺跡に建つ弘福寺

 明日香は国を揺るがす政変や謀略もあった地ですが、橘寺から望む川原寺跡はそのことさえも忘れ去られたようなのどかな田園風景の中にありました。


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