北京紀行 3 ~ 世界遺産を巡る 頤和園 北京の皇帝の庭園 ~

 北京最大の皇族園林(皇帝とその一族の庭園)である 頤和園(いわえん) は万寿山とその南に広がる昆明湖の総称で、その面積は約290万㎡といいます。そのうち昆明湖が全体の4分の3を占め、背後の山を庭園の風景に取り入れた巨大なスケールを持つ庭園で、世界遺産に登録されています。

 1750年に乾隆帝が母親の長寿を祝って造営をした庭園が前身当初は『清漪園(せいいえん)』と呼ばれ、乾隆帝の全盛期に造営された『三山五園(円明園、暢春園、静宜園、静明園)』とともに広大な離宮の一部となっていまいたが、1860年に英仏連合軍に破壊されたため、咸豊帝の側妃であった西太后が再建し、「頤養沖和(穏やかさを養う)」という言葉からとって『頤和園』と名づけたといいます。国家防衛費に支障をきたすような膨大な費用で再建された頤和園は、1900年再び8カ国連合軍によって破壊されてしまいましたが、西太后にとって愛着のある頤和園は1902年に再建され、現在にその姿が伝えられています。

 広大な頤和園は政務と居住の『宮殿区』 昆明湖の北岸一体の『海岸区』 頤和園の中心となる『万寿山区』 万寿山の北側の『后山・后湖区』 頤和園の大部分を占める『昆明湖区』の5つのエリアに区分されています。

 頤和園の正門である『東宮門』、門の上には光緒帝が書かれたという『頤和園』の扁額が掲げられています。

   頤和園1

 東宮門を入り、『仁寿門』をくぐると鳳凰や麒麟の銅像を前に皇帝が政務を執った『仁寿殿』が建っています。殿内の後方に立てられている屏風には書体の異なった『寿』の『文字』が書かれており、その数が226個にはビックリです。

  頤和園2  頤和園3
    仁寿門                           仁寿殿                        

 仁寿殿の後には光緒帝の居所であった『玉瀾堂』、光緒帝の皇后の居所であった『宣芸館』、西太后が暮らした『楽寿堂』などの建物が並んでいます。中でも昆明湖に面した楽寿堂は大規模な建物で、四隅に置かれた桃の香炉などを見ているうちに、逢ったこともない西太后の姿が浮かんできて、権力の恐ろしさを感じてしまいました。

  頤和園4  頤和園5
    玉瀾殿                           楽寿堂

 頤和園でもっとも多くの人で賑わっているのが『海岸区』にある『長廊』で、昆明湖の北岸に沿って建てられている回廊の長さは728m、柱間は273間あるといいます。

  頤和園7  頤和園8
    長廊の入口『邀月門』                  728mの長廊

 19世紀末に再建された長廊の梁には花鳥画、風景画、歴史画などが極彩色で描かれています。中には日本で馴染みある『三国志』や『水滸伝』などもありました。また途中には、留佳亭、寄瀾亭、秋水亭、清遥亭という八角形の亭が設けられていますが、これらは四季を表したものといいます。

  頤和園12 頤和園10

  頤和園11  頤和園9

 回廊に沿うように樹木や花なども植えられ、回廊の縁に腰を下ろし昆明湖にある南湖島と東岸を結ぶ『十七孔橋』を眺める人など、それぞれに頤和園の風景を楽しんでいます。

  頤和園13  頤和園15
    長廊から昆明湖を眺める人々            十七孔橋

 頤和園内にある『万寿山』は乾隆帝の命によって昆明湖を造った際の土砂で築いたという伝承が伝えられていますが、実際は自然の山で、その中腹には頤和園のシンボルともいえる『仏香閣』が建っています。また山頂にはチベット仏教式建築の『智慧海』の建物があります。今回は下からの眺望のなりましたが、その姿は壮観

   頤和園14
 
 広大な敷地に点在する建物や風景は見どころ満載の 頤和園 いつかまた機会があれば今回見れなかったエリアを回ってみたいと思います。

   頤和園6
     長廊、仏香閣、昆明湖が見渡せるスポット     

                      
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ポピーランド

Author:ポピーランド
FC2ブログへようこそ!

アクセスカウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR