遍照寺 ~ 風光明媚な地に建立された真言密教の『広沢流』の根本道場 ~

 のどかな田園が広がる嵯峨野の北、遍照寺山を水面に映した 広沢池 は遍照寺池とも呼ばれるこの池は平安中期に建立された 遍照寺 の庭池として造営されたともいわれ、古くから観月の池として数々の歌にも詠まれてきた景勝地。周囲1.3kmほどの池のほとりには桜並木が続き桜の名所としても名高く、また時代劇のロケーション地としても知られています。

   遍照寺8
     風光明媚な地で知られる広沢池

 風光明媚で知られるこの地にはかつて宇多天皇の孫にあたる寛朝僧正が開いた 遍照寺(へんじょうじ) の堂宇が池を中心に並んでいたといわれています。開山の寛朝僧正は広沢御坊とも称された高僧で、真言密教の秘法を究め、真言宗二大流派のひとつ『広沢流』の根本道場を開き栄えた寺は寛朝僧正没後次第に衰退し、応仁の乱で廃墟と化したといいます。その後、江戸時代寛永年間に広沢池から南に入った今の地に本尊十一面観音立像と赤不動明王坐像を安置する草庵が建てられ、江戸末期に寺となり新たな 遍照寺 として現在に至っているといいます。

 住宅地の中にとけ込むようにひっそりと佇む遍照寺、小さな山門の先には広々とした空の下に枯淡な参道が本堂向かってのびています。

  遍照寺1  遍照寺7
                                   『広沢流』の名が刻まれた石柱

 山門を入れば参道の両側には季節の草花が植えられ、ところどころにある石塔や社を見ながら進むと正面にこじんまりとして本堂が建っています。

  遍照寺2  遍照寺3

   遍照寺4

  遍照寺5  遍照寺6
    本堂                            客殿

 本堂内には創建当時の十一面観音立像、成田山新勝寺の不動尊と一本二体の霊像と伝えられる赤不動明王が祀られ、庫裡を挟んだ客殿には狩野探雪の軸、寛朝僧正御影などが展示されています。

 嵯峨野には『源氏物語』ゆかりといわれる地が多くありますが、この遍照寺は『夕顔』の土台といわれています。紫式部が20歳頃のこと、村上天皇の皇子具平親王と親王家に仕える大顔がお忍びで月見に出かけ、月見を楽しんでいる最中に大顔が突如亡くり、紫式部の父と叔父は残された子供たちのために奔走することになったとのこと。身分違いの恋を描いた『夕顔』の巻の夕顔はその大顔がモデルといわれています。

 数々の歴史や物語の舞台となった嵯峨野、時代は移り変わってもその佇まいや風景で古の情景に思いを馳せることができる・・・嵯峨野の散策は無限の喜びをもたらしてくれました。

  
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