二尊院 ~ 新緑に包まれた釈迦如来と阿弥陀如来の二体の本尊を祀る寺 ~

 のどかな田園、さわやかな竹林・・・美しく豊かな自然に織りなされた嵯峨野は古くより貴人、文人たちが隠棲した地であり、また政争や愛に破れ、失意を抱いて移り住んだ人々の疲れや傷ついた心を癒やした地でもあります。そして今、心を癒やした嵯峨野の風景は京都を代表する観光スポットとなり、国内外から多くの人が訪れることで知られる地になっています。

 その嵯峨野にはそれぞれに趣を異にした寺社も多くあります。『百人一首』で名高い小倉山の東麓に伽藍を構える 二尊院 は釈迦如来と阿弥陀如来の二体を本尊とした天台宗の名刹。二尊院は承和年間(834~48)、嵯峨天皇の勅願により慈覚大師円仁が開山したといわれ、寺名は発遣(使者などを送り出すこと)の釈迦如来と来迎(浄土へ招き迎えること)の阿弥陀如来の二体を祀ることにちなんでつけられたといいます。応仁の乱により焼失した諸堂は、広明恵教が三条実隆父子の援助を受けて復興、その後豊臣家や徳川家からの寺領も受け、明治になってふたたび天台宗に戻ったといいます。また二尊院は法然上人とかかわりの深い寺院で『法然上人25霊場大7番札所』になっており、念誦で画像の姿を変えたといわれる法然上人の画像『法然上人足曳きの御影』が残されています。

 多くの人やさまざまな言葉が飛び交う道沿いに門を開く二尊院。白壁の築地にはさまれた総門は江戸時代の豪商角倉了以が伏見城の薬医門を移築したものといいます。その門をくぐるとその先には『紅葉の馬場』と呼ばれる広い参道が筋塀に向かって一直線に伸びています。

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    伏見城の遺構の総門

   二尊院2
    新緑に包まれた『紅葉の馬場』

 鮮やかな緑に包まれ、緋色のツツジが咲き乱れる参道には初夏を思わせる爽やかな風が流れ、ときおり耳にする鶯の声に心が癒やされ、そして洗われたようなすがすがしい気持ちになったきます。『紅葉の馬場』と呼ばれるこの参道、紅葉の美しさは圧巻ですが、新緑の緑は新鮮で生命力を感じさせたくれます。平坦な参道がゆるやかな坂道に変わる頃、木漏れ日の中、枝を伸ばした楓の先に筋塀が見えていきます。その筋塀に挟まれて黒門と勅使門があり、勅使門の正面に小倉山の緑を背に落ち着いた佇まいの本堂が建っています。

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    勅使門                          後奈良天皇の勅額が掲げられた本堂

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     山の緑を背に負う本堂

 京都御所の紫宸殿を模した本堂の入口には、後奈良天皇から賜ったといわれる『二尊院』の勅額の掲げられ、堂内には釈迦如来と阿弥陀如来の二体の本尊が安置されています。本堂前の庭は白砂に苔や樹木が植栽され、ところどころに置かれた季節の花木が彩りを添えています。本堂の裏ある六道地蔵の庭には草花や花木の中に地蔵が置かれ、その愛らしい姿に心が和みます。

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    二尊院普賢像桜                    六道地蔵の庭
 
 本堂の右側には九頭竜弁財天堂や『しあわせの鐘」と名付けられた梵鐘があり、その間の急勾配な石段をのぼると中興の祖湛空上人(法然上人の弟子)の廟が、ひっそりと山内を見下ろすようにたっています。そして湛空上人廟の右斜面には旧摂関家や角倉了以父子、伊藤仁斎父子などの多くの墓が並んでいます。

  二尊院9  二尊院11
    九頭竜弁財天堂                    梵鐘

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    湛空上人廟                       時雨亭跡

 また、左手の山道を進むと藤原定家が『小倉百人一首』を選定したことで知られる山荘・時雨亭の遺構があります。礎石のみが残る平地の淵の立ち眼下を見下ろせば甍が並ぶ町並みが、そして東山連峰、比叡の山が一望できる雄大な眺望が・・・

   二尊院14

 山内の風景を楽しみ、ふたたび『紅葉の馬場』に。そして、木漏れ日に映し出された参道に降りかかる瑞々しい青葉に送られて、境内をあとにしました。

   二尊院14

  
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