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岐阜紀行 2 ~ 崇福寺 血天井で知られる信長公ゆかりの禅寺 ~

 450年前に岐阜城に入城し、『岐阜』と命名した織田信長、この地には織田信長ゆかりの寺社や史跡が多く残されています。岐阜公園から長良川に架かる長良橋を渡った長良福光の地にある臨済宗妙心寺派 崇福寺(そうふくじ) もそのひとつ。永正8年(1511)に守護代斎藤利匡により創建された禅寺で、信長も入城とともにここを祈願所とし、境内には織田信長父子の廟所があります。妙心寺東海派の祖となった悟渓宋頓の弟子独秀乾才を開祖とした崇福寺からは多くの名僧が輩出されており、武田信玄に請われて甲斐の恵林寺の住職となり、織田信長の武田攻めの際に山門上で焼き殺された快川国師もそのひとりです。また、德川幕府三代将軍家光の乳母春日局の祖父・稲葉一鉄は幼少期にこの寺で小僧として修行していたといいます。

 山門を入ると庫裏に向って敷石の参道が伸び、両側には目に染みるような若葉の下、白砂と苔の庭園がひろがっています。その中ほどには稲葉一鉄が寄進したという梵鐘(現在のものは再鋳)があります。

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 『血天井』で知られる本堂、その天井板は岐阜城が落城した際、戦死した兵士の霊を弔うため城の床板を天井に張ったものといい、今も血痕の見える天井に胸が痛みます。堂内には織田信長の側室小倉氏から送られた遺品をはじめ寺にゆかりある人々の品々が展示されています。本堂前には白砂の美しい枯山水庭園があり、それを囲む土塀や中門は関白一条兼良卿からの寄進のされたものといいます。

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    本堂                            本堂前の庭園

 本堂の裏には本能寺の変で明智光秀に討たれた織田信長・信忠父子の廟と位牌を安置した位牌堂があります。

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    織田信長父子廟                    位牌堂

 静寂な空気が漂う廟所は新緑の葉の間をぬうように木漏れ日が差し込み、ドウダンツツジの白い花に包まれています。

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 そしてひと時ドウダンツツジを愛でながら、天下統一をここ岐阜の地からめざし、その志半ばにして没した信長公を偲びお寺を後にしました。

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