九州紀行 8 ~ 長崎 興福寺 ~

 長崎では江戸初期に創建された 崇福寺興福寺福済寺 の三ヶ所の 唐寺 を 長崎三福寺 と呼んでいます。

 そのひとつ、長崎市寺町にある 興福寺 は国内最初の黄檗宗の寺で、寛永元年(1624)に真円が開基しています。黄檗宗開祖・隠元隆琦も中国から長崎に渡海、この寺で住職として一年滞在後、京都宇治に万福寺を開山したといいます。興福寺は中国浙江省・江蘇出身の人が信徒に多かったことから 南京寺、また山門が朱塗りであることから あか寺 とも呼ばれています。

 寺院が建ち並ぶ寺町通り、朱塗りの山門には隠元禅師の肖像が描かれ目を引きます。その雄大な山門の上部にかかげられた扁額『初登宝地』は隠元禅師の御書といいます。

   興福寺2
     「あか寺」と呼して親しまれている興福寺の山門

 門を入ると手入れの行き届いた参道で満開の柏葉紫陽花の白い花と句碑や歌碑が迎えてくれます。

  興福寺3  興福寺
    柏葉紫陽花                       斉藤茂吉の歌碑

 その先に鐘鼓楼、媽祖堂、大雄宝殿があります。おりから開催されている『ながさき紫陽花祭』の会場のひとつになっている境内は紫陽花の花に彩られています。

  興福寺4  興福寺7
    鐘鼓楼                          手入れの行き届いた庭

  興福寺11
    山紫陽花『紅額』

   興福寺9
     大雄宝殿(本堂)と媽祖堂

 寛永9年(1631)に建立され、明治に再建された大雄宝殿は中国工匠による純粋な中国建築で、氷裂式組子といわれる丸窓、アーチ型の黄檗天井などかなり珍しいものといいます。そのアーチ型の屋根を支える柱が歪んでいるのは原子爆弾投下の際の熱風によるものとうかがい、その威力には驚くばかりです。また庫裏の入り口にさがる巨大な魚鼓も日本に唯一残る明朝魚鼓とのこと。

  興福寺13  興福寺10
  アーチ型の黄檗天井の柱と氷裂式組子の窓     魚鼓

 ここには明治初期に中国江南・浙江・江西三省出身者が設立した三江会所という集会所があったそうですが原爆で大破、現在はその門だけが残されています。『豚除け』のために敷居が高くなっている珍しい門や儒者向井元升が設立したという聖堂の門が移築されています。

  興福寺6  興福寺5
    三江会所門                       中島聖堂遺構大学門

 由緒ある唐寺の広々とした庭にゆったりと植えられた木々、それに合わせるかのように置かれた紫陽花の花、手入れの行き届いた庫裏の内に築かれた庭、迎えてくださり案内をしてくださったご住職、旅の終わりに心温まるお寺を訪ねることができました。数えきれないほどのお寺を訪ねましたが、興福寺は忘れられない寺院のひとつになりました。

   興福寺12

    
 また、長崎三福寺のもうひとつ 福済寺 は福建省出身の覚海により開基されましたが、昭和20年(1945)の原子爆弾投下で焼失。現在はその大雄宝殿跡に 万国霊廟長崎観音 が原爆被災者と戦没者の冥福を祈って立てられています。

  興福寺13
   福済寺の大雄宝殿跡にたつ観音さま

 今回の九州の旅はいつか行ってみたいと思っていた神社仏閣を主に廻ってきましたが、それぞれの神社仏閣は想像していた以上に素晴らしく新しい知識を得ることができました。また機会があれば九州にある神社仏閣を訪ねてみたいと思います。
  
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ありがとうございました♪

急なお礼で困惑させているかもしれないんですが…(汗)ポピーランドさんのブログ見させてもらって、下にばかり落ちてく気持ちを止めることが出来たというのか
気がついたら少し上向きになった気がしました。
良い言葉が出て来ずもどかしいのですが感謝してます。
厄年ではないはずなのに悪い事ばかり降りかかりため息ばかりの日々を過ごしていて
少しでも気分転換になればとブログのお散歩してたんですがだいぶ心が軽くなりました。

素敵なブログを書かれているポピーランドさんに今の悩みを聞いて頂けたらなとふと思い、勇気を出してコメントさせてもらいました。

突然でご迷惑ならすみません。
聞いてもらえるだけでいいので連絡してもらえませんか?
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