岐阜紀行 3 ~ 大龍寺 ツツジの花に包まれる『だるま寺』 ~

 岐阜城のある金華山から長良川を渡り国道256号線を北上すると右手に山の斜面をピンクと白に染め、その下に広大な伽藍を広げるお寺が見えてきます。

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 この広大な伽藍は『だるま寺』の愛称で親しまれる 大龍寺 で、寺伝によれば、持統天皇の時代に鎮護国家のために開かれた寺と伝わり、その後、650年続いた密宗は室町時代に土岐氏が禅宗に改宗したといいます。本尊腹帯子安観世音菩薩は後白河天皇の勅願により安置された霊尊で子授け、安産、子育ての観音、子安観音として信仰されています。

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 杉木立とツツジに囲まれた山麓に伽藍が広がる大龍寺、山門を入ると庫裏があり、その横には巨大な達磨大師坐像が鎮座し、本堂が建っています。

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    本堂                            鐘楼

 寺務所と並ぶ八角の鮮やかな建物がだるま堂です。今から500年以上前、廃寺同然に荒廃していた大龍寺を訪れた瑞翁禅師が「なんとしても復興しなければ」と身につけていた達磨大師像を本尊の傍らに祀り、伽藍の復興を成し遂げたことから寺の守り仏とされ、毎年1月の『だるま供養』には祈願所就で奉納された達磨が供養され大変な賑わいをみせるといいます。

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    だるま堂                         地蔵堂

 また、大龍寺は西美濃三人衆の一ひとり稲葉一鉄にもゆかりが深く、境内に清光院の一宇を寄進、遺品も残されています。境内をツツジが花盛りの4月中旬と真っ赤に紅葉する11月中旬には庭園や寺宝が公開されています。

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 ドウダンツツジはあちこちで見かけますが、大龍寺のツツジは圧巻・・・言葉を失いました。そして、真っ赤に染まった山麓や庭園に思いをはせながらお寺を後にしました。

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岐阜紀行 2 ~ 崇福寺 血天井で知られる信長公ゆかりの禅寺 ~

 450年前に岐阜城に入城し、『岐阜』と命名した織田信長、この地には織田信長ゆかりの寺社や史跡が多く残されています。岐阜公園から長良川に架かる長良橋を渡った長良福光の地にある臨済宗妙心寺派 崇福寺(そうふくじ) もそのひとつ。永正8年(1511)に守護代斎藤利匡により創建された禅寺で、信長も入城とともにここを祈願所とし、境内には織田信長父子の廟所があります。妙心寺東海派の祖となった悟渓宋頓の弟子独秀乾才を開祖とした崇福寺からは多くの名僧が輩出されており、武田信玄に請われて甲斐の恵林寺の住職となり、織田信長の武田攻めの際に山門上で焼き殺された快川国師もそのひとりです。また、德川幕府三代将軍家光の乳母春日局の祖父・稲葉一鉄は幼少期にこの寺で小僧として修行していたといいます。

 山門を入ると庫裏に向って敷石の参道が伸び、両側には目に染みるような若葉の下、白砂と苔の庭園がひろがっています。その中ほどには稲葉一鉄が寄進したという梵鐘(現在のものは再鋳)があります。

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 『血天井』で知られる本堂、その天井板は岐阜城が落城した際、戦死した兵士の霊を弔うため城の床板を天井に張ったものといい、今も血痕の見える天井に胸が痛みます。堂内には織田信長の側室小倉氏から送られた遺品をはじめ寺にゆかりある人々の品々が展示されています。本堂前には白砂の美しい枯山水庭園があり、それを囲む土塀や中門は関白一条兼良卿からの寄進のされたものといいます。

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    本堂                            本堂前の庭園

 本堂の裏には本能寺の変で明智光秀に討たれた織田信長・信忠父子の廟と位牌を安置した位牌堂があります。

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    織田信長父子廟                    位牌堂

 静寂な空気が漂う廟所は新緑の葉の間をぬうように木漏れ日が差し込み、ドウダンツツジの白い花に包まれています。

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 そしてひと時ドウダンツツジを愛でながら、天下統一をここ岐阜の地からめざし、その志半ばにして没した信長公を偲びお寺を後にしました。

岐阜紀行 1 ~ 小説『国盗り物語』の舞台となった岐阜城界隈 ~

 地理的に日本の中央に位置し、7番目の面積を持つ岐阜県は、3,000メートル級の山が連なる山岳地帯の北部・飛騨地方と広大な濃尾平野が広がる南部・美濃地方に大別され、飛騨地方は日本海側気候、美濃地方は概ね太平洋側気候と気候差も大きく、四季折々の美しい風景、交通の要衝として栄えた中山道をはじめとする街道の古い町並みなど自然と歴史が堪能できるところです。『岐阜』の名は一説では斉藤道三の女婿であった織田信長が斉藤龍興を滅ぼして入城したときに、古代中国・周王朝発祥の地に因んで、「岐阜」「岐山」「岐陽」などの候補から『岐阜』を選び、『井之口』と呼ばれていた町の名も『岐阜町』と称するようになったといいます。

 県都・岐阜市の北東、長良川の南にそびえる 金華山 その山頂にたつ城が司馬遼太郎の小説『国盗り物語』の舞台として知られている 岐阜城 です。稲葉山城と呼ばれていた岐阜城は、戦国時代に斉藤道三の居城となり、その子義龍、孫の龍興と継承され、特に城の名を天下に示したのが、ここを居城とし、『天下統一』に乗り出した織田信長です。

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 信長が『天下布武』の第一歩踏み出した岐阜城は関ヶ原合戦の前哨戦で落城し、廃城となったため現在の城は昭和31年(1956)に天守台とされた石積み遺構の場所に再建されたもので、崖にまもられた山城跡には、門、井戸、馬場、堀切などの遺構が点在しています。山頂の天守閣を目指すにはロープウェーのほか、大手道とされる七曲り道、百曲り道、瞑想の小径などの登山道があります。

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    一ノ門跡

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    二ノ門跡                          天守閣

 標高329メートル金華山山頂にたつ岐阜城、最上階の展望台からは眼下に長良川、北・東に連なる北アルプスや恵那山の山、西に伊吹、養老、鈴鹿山系を、南には広大な濃尾平野を一望できる壮大な眺望を楽しむことができます。

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     市内を貫流する長良川

 岐阜城の麓、金華山の西麓には市民の憩いの場となっている 岐阜公園 があり、織田信長居館跡、和風庭園「信長の庭」、三重塔、歴史博物館などが点在しています。

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    春の花に囲まれた女神の噴水            甘い香りを漂わせる白藤         

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    織田信長居館跡の冠木門              千畳敷に建つ三重塔

 そして、岐阜公園から少し南に歩くと『かご大仏』で知られる 正法寺 があります。この大仏は江戸末期、地震や飢饉による犠牲者の供養のために発願され、2人の和尚が40年にわたる喜捨行脚により完成し、その開眼供養は織田信長の居城以来の盛儀であったと伝えられているそうです。大仏殿に安置されている釈迦如来坐像は大人一抱えほどもある大イチョウを真柱として木材で骨格をつくり、外部はこまかく編んだ竹材で形を整え、その表面を粘土で塗り固めて一切経、阿弥陀経などの経文を貼り、その上に漆を塗って金箔を施したものといい、高さ13.7メートルは奈良、鎌倉の大仏と比肩できる大きさで、日本三大仏と称されています。

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     『かご大仏」と呼ばれる釈迦如来坐像

 朱塗りの大仏殿に入り見上げる大仏は、穏やかな表情と柔和な姿に心が癒されるようで、さらに建立の経緯を知ると尊さを感じます。

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    大仏殿                           大仏を取り囲む五百羅漢像

2017 桜紀行 4 ~ 洛中に咲く桜を巡る ~

 若かりし頃、「澄んだ青空に紅葉で染まった秋が好き」という私に、年配の知人が「紅葉は美しいけど空気の澄んだ秋は寂しくて、歳を重ねると日増しに暖かさを感じる春の方が好きになるわよ」と話していたことが、近年懐かしく思い出され、桜の便りが届く頃になるとあちこちの桜が気になりはじめます。桜の名所の多い京都、観光的な桜で知られるところは何処も彼処も多くの人で賑わい、ゆっくりと気の向くままに桜を鑑賞することがなかなか叶いませんが、京都市街を南北に走る堀川通から寺之内通を東に入った小川通が交わるあたりは、昔から『百々の辻』と呼ばれていた場所で、平安末期の頃は京都市街の北限であったこのあたりは今も静かな佇まいが残り、寺社の門前や堂宇の片隅に、そして民家の庭でひっそりと咲く桜を見ることができます。

 茶道の両千家の茶室、不審庵・今日庵が並ぶ、しっとりと落ち着きある風情が漂う小川通にある日蓮宗の本山 本法寺 の桜もそのひとつ。日親が開創したこの寺は秘伝の刀剣研磨で一族が繁栄した本阿弥家の菩提寺で、書院には本阿弥が光悦作といわれる『三巴の庭』があることで知られている境内が桜に包まれた風景の美しさは格別です。

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     桜の中にそびえる本法寺の相輪

 雨上がり、参道に舞い落ちた花びらを踏みしめながら本堂に向かうと多宝塔の満開の桜の上に相輪をそびえる姿はなんとも幻想的・・・人影がとぎれた参道を振り返れば桜の中に仁王門が霞む趣きある風景がありました。

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 ひと時境内を散策し、小川通を北に向かい上御霊前通を東に進むと 妙覚寺 があります。妙覚寺は日実が小野妙覚という人物の外護をえて、四条大宮にあった妙覚の別荘を寺として創建し、その後中京区あたりに移り、織田信長の上洛時の宿舎であったことから本能寺の変で焼失し、秀吉の命によって現在の地に再建されたといいます。妙覚寺は絵師・狩野家の菩提寺で狩野元信らの墓もあります。山門前に植えられたしだれ桜、風に揺れる風情ある景色に思わず見とれてしまいます。

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    妙覚寺の山門と桜

 京へ入る『京の七口』のひとつ鞍馬口、烏丸通から鞍馬口通を東に行くと左手黄檗宗の禅寺 閑臥庵(かんがあん) があります。もとは梶井常修院の宮の院邸で、後水尾法皇が王城鎮護のため貴船の奥の院より鎮宅霊符神を勧請し、隠元禅師の弟子・千保禅師が開山となってお寺のし、自ら『閑臥庵』と命名して宸筆の額を掲げたといいます。そして、春に秋に和歌を詠み、庭を愛でた法皇が植えた桜、曙桜に因んで 曙寺 とも呼ばれています。

 通りに面して建つ龍宮門を入ると羅漢像が並ぶ庭を前に北辰鎮宅霊符神が祀られている鎮宅堂があります。

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    閑臥庵山門                    

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                                   鎮宅堂 

 鎮宅とは家屋の安全・招福を祈ること、霊符は呪力のある御札のことを意味し、祀られている北辰鎮宅霊符神は、十干十二支九星を司る総守護神で、陰陽道の最高の神とされ、平安中期に安倍晴明が開眼と伝わっているそうです。鎮宅堂の脇を入ると本堂に向かって参道が伸び、苔に覆われた庭園に桜や木瓜など春の花が彩りを添えています。この閑臥庵ではこの趣きある庭園を見ながら後水尾法皇が好んだといわれる精進料理『普茶料理』を頂くことができます。

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     本堂前に広がる庭園

 釈迦如来坐像が安置された本堂では後水尾天皇ゆかりの品、伊藤若冲の版木などの寺宝と鮮やかな砂曼荼羅を観覧することができます。

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     本堂

 静寂な境内をあとに、寺町通を下り京都御苑へ。
 京都御苑にはしだれ桜、山桜など800本もの桜が植えられています。中でも近衛邸跡の広場に咲くしだれ桜のことのほか美しく、圧巻 言葉は要りません。

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 四季折々の花に彩られる京都御苑は『花の御所』、桜を巡りながらの散策は春爛漫の花の苑からの最高の贈り物・・・その贈り物に、知人の「春が好き』が少しだけ近づいてような気がしてきました。

2017 桜紀行 3 ~ 『知る人ぞ知る桜の名所』上品蓮台寺と原谷苑 ~

 桜の名所に事欠かない京都のなかで、知る人ぞ知る桜の名所といわれているひとつに 上品蓮台寺(じょうぼんれんだいじ) があります。 聖徳太子の創建といわれ、皇族の葬送にかかわる寺であったとされることから、京都では由来の古い寺のひとつとして知られています。

 船岡山の西、千本通に面して続く渋茶色の筋塀に二か所の門を開き、数段の石段をあがれば諸堂があり、石敷きの参道には風に舞う桜の花びらが・・・

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 薄曇りの空の下、桜に包まれた境内は人影もまばらで、満開の桜を独り占めするなんとも贅沢なお花見 

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 ひとり胸を躍らせながら散策する境内の鐘楼の傍らには鮮やかなしだれ桜が存在感を示しています。

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 桜は開花のみならず、散りゆく儚さもき潔く、パッと咲きサッと散る姿は人生を投影する対象と語られますが、この境内で見る桜にはその風情がとてもあったいるように感じます。そして思い出すのは小野小町の歌・・・桜に夢を託すには人生を送りすぎていますが、知る人ぞ知る 上品蓮台寺 の桜は心に桜の儚さを感じさせてくれた素晴らしい出会いでした。

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 洛北原谷の地にある 京の桜の隠れ里 原谷苑 は私有地にある桜苑で、花の時期だけ一般公開されている庭園です。

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 苑内では吉野桜、彼岸しだれ桜の開花からメインの紅しだれ桜、遅咲きのぼたん桜、普賢像桜までそれぞれの桜を楽しむことができます。

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 メインである紅しだれ桜の数は京都で一番多いといわれ、その美しさは言葉では言い表せない見事な光景です。

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 そして満開の桜がシャワーのようにふりそそぐ苑内にはそれに負けじと春の花が彩りを添えて百花繚乱の花園が展開されています。

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 京都市内にありながら、行きにくい場所にあるため『穴場スポット』となっている 原谷苑 は人々を魅了する桜の苑、是非一度は訪ねてみたい桜の名所です。

2017 桜紀行 2 ~ 『平野の夜桜』で知られる平野神社からわら天神 ~

 花と言えば『』を指すように、花の代名詞のような『』は春の花の中でも特別の位置を占め、その花の下で行われる『お花見』は春の風物詩となっています。その始まりは農民たちが山桜の開花で稲の吉凶を占った『山見』が源といわれています。日本人に愛され、親しまれている『』、その名所といわれるところは各地にあります。桜の名所に事欠かない京都で、品種が多いことで知られる 平野神社 は3月半ば過ぎから4月下旬までの長い間、異なる桜が咲き継いで多くの人々を楽しませてくれます。平野神社は桓武天皇の平安京遷都に伴い、平城京の田村後宮からこの地に遷祀された古社で、朝廷から崇敬され、源氏・平氏をはじめ諸氏から初神と崇められ、平安中期には伊勢、賀茂、石清水八幡宮、松尾大社に次ぐ名社に数えられたといいます。

 衣笠山の東麓、平野の地に社殿を構える神社、朱塗りの鳥居を覆うように桜が枝を伸ばし参詣者を迎えてくれます。

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                                   神門

 神門を入ると拝殿があり、その奥に『平野造』とよばれる独特な建築形式の本殿があります。これは一間社流造(春日造)の本殿を二殿ずつ結び、正面に向拝を付け、三間社のように見える構造で『比翼春日造』とも呼ばれ、今木皇大神、久度神、古間神、比賣神の四神が祀られています。

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    拝殿                            本殿

 江戸の昔から桜の名所として知られる社域には50種400本あまりの桜が植えられているといいます。

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    華やかな八重紅枝垂れ                 愛らしい胡蝶  

 社域の南側一帯は桜苑になっていて、苑園内は桜の枝をさえぎるほかの大木がなく、桜が天井のように頭上に広がり、それぞれに異なる花を付けた桜にあちこちで感嘆の声が響きます。早咲きの桜の花びらが風に舞い、地面で飛び交う風情にまた感動・・・そして、『夜桜』の名所として知られる社域、薄明りの空色の下にライトアップされた桜が映し出される光景は春の宵にあでやかな彩りで楽しませてくれます。

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 荘厳な古社の風格が漂う平野神社、花時にみせる華やかな風景は京都に春を訪れを告げてくれる使者に思えます。

 賑わう平野神社から少し北に歩くと わら天神 の鳥居が見えてきます。

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 正式名は 敷地神社 ですが、通称の『わら天神』の呼び名があまりによく知られているため、『敷地神社』といっても『どこのこと』といわれかねないほどです。創祀時期は不詳ですが、社伝では天長5年(828)に淳和天皇が勅使を使わして止雨を祈願したと伝えているそうです。祭神が木花之開姫であることから安産の神として信仰され、この社が授ける安産祈願の護符に節があれば男の子、節がなければ女の子がうまれるという言い伝えから わら天神 と通称名になったといいます。

 西大路通に面してたつ鳥居の横で桜の枝を頭上にのせたような狛犬を見ながら参道を進むと、色鮮やかな桜が目に留まりました。桜を見ながらさらに進むと参道は直角に曲がり、社殿が建っています。拝殿の前には安産祈願と思われる人たちが一心に手を合わす姿が・・・

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 手入れの行き届いた境内とこじんまりとして風格ある拝殿や本殿は清々しくて気持ちの洗われる神社、その境内の片隅でひっそりと咲く桜・・・これも桜・・・と思いながら神社をあとにしました。 

  

淡路島 国営明石海峡公園 ~ 色鮮やかな花の風景と「五感」で感じる奇跡の星の植物館 ~  

 海に囲まれ、温暖な気候に恵まれたリゾートアイランド・淡路島は四季折々の美しい花が楽しめる『花の島』として知られ、花の名所やテーマパークが数多くあります。中でも、淡路島 国営明石海峡公園 は島を代表する花の名所。淡路夢舞台の施設群に隣接する公園は花と緑と目の前に海が広がる素晴らしいロケーションと広大な敷地で花に囲まれて過すひと時は、身も心も癒されるオアシス・・・今年も春の一日、花に囲まれた時を過ごしに行ってきました。

 ゲートを入ると今年も、足元に草花を植え込んだ風車とパンジーで覆われたタコトピアリーが出迎えてくれました。

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 花の中海に沿って広がる大地の虹のエリアの中央には立体花壇の『花火鳥』があります。その存在感あふれる姿は震災からの復興の祈りを込めて不死鳥をモチーフに作られているといいます。

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 起伏のある花壇では色とりどりのチューリップやムスカリ、が虹のように配置され、その間にはネモフィラやリビングストーンなど様々な春の花が植えられていて、ポプラの丘の上からは雄大な花風景が堪能できます。

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 園内の様々なエリアでは春の訪れを感じる風景が見られ、時折頬をかすめる風も心地よく、大自然と一体化したような気分に・・・春一番の丘エリアでは春を告げるミモザの黄色が眩しく、開花し始めた桜に心も弾み、足取りも軽く丘を下り、日本最大級の温室『奇跡の星の植物館』へ。

 自然と人間の共生をテーマにした温室には約3000種の世界の珍しい植物が展示され、花と緑に囲まれた空間で四季折々に美しい花と出会えます。

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 館内にはプランツギャラリー、トロピカルガーデン、花と緑のある暮らし、癒しの庭、フラワーショースペース、シダルームの6つの展示室と野外ガーデン、雲南省の植物、アトリウムがあります。
 亜熱帯植物に囲まれたトロピカルガーデンでは多彩な色の植物の中に華やかな蘭が彩りを添え、南国らしい雰囲気が漂っています。

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    トロピカルガーデン                   鮮やかな色の花をつけたヒスイカズラ

 花と緑のある暮らしのスペースでは日本の伝統的な風景の中に取り込まれた山野草や花木が植えこまれ、心安らぐ空間に時を忘れてしまいそうです。

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                           花と緑のある暮らし

 敷石や苔が広がる足下の上に、土壁お表現したような塀に埋め込まれた植物、瓦などを使ったモダンなアートに植え込まれた植物、さりげなく植えられた見慣れた草花・・・ここは香りや色がなくとも癒されることを実感させられる空間です。

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                             癒やしの庭

 多肉植物やサボテンなどで構成されたプランツガーデンや水音の響くうす暗い空間のシダルームでは見かけることの少ない珍しい花に出会えます。

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    プランツギャラリー                    シダルームに咲くランのドラキュラ

 フラワーショースペースは花と人が集う交流スペースで、色とりどりの花で彩られ春を満喫させてくれます。

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     フラワーショースペース

 夢舞台にあるこの公園と植物館、ここを訪れて植物に囲まれて過す一日は感動とリフレシュを同時にもたらしてくれる最高の場所  今年も新しい感動、そして心と体が癒された素晴らしい一日でした。

2017 桜紀行 1 ~ 渉成園(枳殻邸) 石川丈山作と伝わる雅な庭園に咲く桜 ~

 京都駅から烏丸通を北に七条通まで歩いていくと、豪壮な築地塀に囲まれて巨大な伽藍が立ち並ぶ浄土真宗大谷派大本山 東本願寺 があります。地元の人からは『お東さん』と呼ばれる東本願寺は慶長7年(1602)に徳川家康から寺地の寄進を受け、西本願寺から分立して建立、烏丸通に面して建つ御影堂門は京都三大門に、親鸞聖人の木像が安置されている御影堂は世界最大級の木造建築として知られています。その東本願寺の飛地境内となっているのが 渉成園(しょうせいえん) です。渉成園の名は中国の詩人・陶淵明『帰去来辞』の一節『園日渉而以成趣(園、日に渉って趣きを成す)』から採って付けられたといいます。かつて周囲に枳殻(からたち)の生け垣があったことから 枳殻邸(きこくてい) とも呼ばれる渉成園は、寛永18年(1641)徳川家光より13代宣如上人に与えられたこの地を隠居所とし、隠居後石川丈山らと共に作庭したと伝わる『池泉回遊式庭園』で、東山を借景に四季折々の美しさに季節の花々が彩りをそえて訪れる人を楽しませてくれます。

 東本願寺の正門から中数珠屋町通を東に向ってしばらく行くと築地塀に挟まれて渉成園の西門があり、門を入ると正面に礎石、石臼、長い切石や瓦など多様な素材を組み合わせた石垣が目入ってきます。そして庭園口を入ると左側には池を前に臨池亭と滴翠軒が建っています。

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    西門                            臨池亭と滴翠軒

 渉成園には大小二つの池、数棟の茶室、園林堂(持仏堂)、書院群があり、その建物と景物を『十三景』と称していますが、この滴翠軒もそのひとつ。すこしピンク色に蕾を膨らませた桜や枝の先にかすかに芽を出し始めた楓、足元には春の日差しを浴びて煌めきながら静かに流れゆく水・・・その水が流れる先の頭上には一本の満開の桜が

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 満開の桜の木の下にある楼門つくりの建物は傍花閣と名付けられ、左右側面に階段が設けられている珍しいもの。『十三景』のひとつで、周囲に桜並木が広がる春の絶景スポットですが、今年はまだ満開のこの桜と枝垂れ桜が咲きだし始めたばかり・・・傍花閣の名にふさわしい風景を見ることは叶いませんでした。

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 園内の南側に広がる広大な池は印月池で、東山から上がる月影を水面に映して美しいことからこの名が付いたといいます。池の中には臥龍堂(南大嶋)、茶室の建物や、かつてこの地が源融のが営んだ六条河原院の旧蹟という伝承があったことからそのゆかりの搭などがあります。

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     印月池に浮かぶ臥龍堂と漱枕居 

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    北大島の頂上に建つ縮遠亭             源融ゆかりの搭 

 北大島と丹楓渓を結ぶ木橋が回棹廊で、中央が唐破風屋根になっている珍しいつくりです。

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     回棹廊

 回棹廊を渡りきると『十三景』のひとつ丹楓渓があり、園路の両側には楓がたくさんの楓が植えられています。今は枝ばかりが目につきますが、紅葉に染められた秋は見事な風景をみせてくれます。

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 広大な敷地に趣きある建物が配置され、梅、桜、藤、菖蒲・・・四季折々の花が植えられた優美な庭園、多くの著名人にも愛されてきた 渉成園 は何度でも足を運びたくなるところです。名残惜しさに振り返った先に見つけた散り椿・・・近いうちにまた訪れてみようかと思いながら園をあとにしました。

 
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