白峯神宮 ~ 球技の神さまが祀られる神社 ~

 京都市上京区にある 白峯神宮 は保元の乱で讃岐に流され、その地で没した崇徳上皇の霊を祀るため、明治天皇が讃岐から神霊を移して創建、のちに恵美押勝(藤原仲麻呂)の乱に連座して流された淳仁天皇の神霊も淡路島から移し合祀されたといいます。神宮が立つこの地は蹴鞠道家元の飛鳥井氏の別邸があったところで、境内にある地主社には蹴鞠の神さまである『精大明神』が祀られていることから、現在では球技・スポーツ上達や必勝祈願の守護として知られています。

 堀川今出川の交差点を東に行くと通りに面して小ぶりな木の鳥居がたっています。鳥居をくぐり、神門を入ると右近の橘、左近の桜を前に舞殿、その奥に本殿が建っています。

  白峯神宮1  白峯神宮2
                                   舞殿

 本殿の前には絵馬ととも奉献されたボールなどが納められ、この社が球技者やスポーツ競技上達を願う人々の守護になっていることを感じさせられました。

   白峯神宮3
     奉献品が並ぶ本殿

 祭神の崇徳天皇は悲運の有様は書物や能などで伝えられ、また和歌や管弦に精通されておられ、ことに小倉百人一首に詠まれている

   瀬をはやみ 岩にせかれる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ 

 は有名で、この境内にはその句碑がたてられています。

   白峯神宮9


 そして、精大明神が祀られている地主社にもたくさんのボールなどの奉献品が。

   白峯神宮4 
     地主社 

 境内には蹴鞠の神さまにちなんで『蹴鞠の碑』や神事で奉納される蹴鞠を行う『鞠庭』があります。

  白峯神宮7  白峯神宮8  
    蹴鞠の碑                          鞠庭

 この境内には他に『武道の神』が祀られる伴緒社、『上昇気運の神』が祀られる潜龍社があります。

  白峯神宮5  白峯神宮6
    伴緒社                           小賀玉(おがたま)の木

 そして、境内にある樹齢800年ともいわれる『小賀玉の木』は、その樹齢からしてかつてこの地にあった飛鳥井邸宅の頃に植えられたものではないかといわれていています。

 崇徳天皇、淳仁天皇の神霊を皇室鎮護の神として創建された 白峯神宮 ですが、今は飛鳥井家の守護神として祀られていた精大明神の方が有名なようで、置かれているお守りも競技にちなむものがたくさんありました。また、社務所の横には著名な選手が使用したボールやサインなどもあり、ファンともども楽しめる神社です。

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志明院 ~ 鴨川の水源地として知られる修験道の寺 ~

  鴨川の水源地として知られる 志明院 は役行者が開創、弘法大師空海が淳和天皇の勅願により再建。その後、宇田天皇の勅願所となり、室町幕府や皇室からも崇敬を受け、天下の平和の祈願のため諸堂開扉の詔が下され、この時に『志明院』の勅額を賜り、これを寺名にしたといいます。また、志明院のある岩屋山と空海が自作といわれる『不動明王』を本尊であることから、 岩屋不動 とも呼ばれています。境内には歌舞伎『鳴神』で鳴神上人が龍神を閉じ込めたと伝わる護摩洞窟をはじめとする奇岩、怪石が多くあり、古来、修験道の行場で山岳信仰の地であったといいます。

 周山街道を北上、中川トンネルを過ぎたところで周山街道に別れを告げて、杉坂の川に沿った道を進み、持越峠を越えて北に行くと、雲ケ畑岩屋橋で道はふたつに分かれています。左手の橋にあった志明院の看板を目印にいくと、石段と赤い鳥居の 惟喬神社 がたっています。この神社の祭神の惟喬親王は文徳天皇の第一皇子であったが、時の権力者・藤原家により皇位を奪われ、都を後にして比叡山山麓に隠棲、その後雲ケ畑に造営された高雲宮に移り住み出家。この神社は、親王の徳を永遠に奉祀するために創建されたといい、ここに社が建つのは親王が寵愛していた雌鳥がこの地で病死したためここに祠をつくったといわれる説から、『雌鳥社』とも呼ばれているそうです。

  志明院3  志明院4

                  志明院5
                     惟喬親王が閑居した地に建つ高雲寺

 めざす 志明院 は岩屋川を左手に見ながら上って行きまます。道のところどころに積もった朽ちた枝や葉を踏みしめる音が深山幽谷の中に響き、その音に負けずに答える鳥の声、街中の喧騒を忘れさせてくれる光景に胸を躍らせながら境内の入口に。草生した石段では秋の日差しに鮮やかさを増した貴船菊(秋明菊)が風に揺れながら迎えてくれ、石段の上がった右手には本坊などの建物がありました。周囲を岩や樹木で覆われた境内で、この一角だけがスポットライトが当てられているように明るい照らし出されています。この志明院は司馬遼太郎が好んだ寺で、何度もここを訪れ、ここで体験した妖怪の話を宮崎駿監督に話したことから『もののけ姫』が誕生したといいます。

  志明院1  志明院2 

 志明院は境内が撮影禁止のため、手荷物とともにカメラも預けて境内へ。室町時代の建立という楼門には運慶、快慶作と伝わる二体の仁王像が安置され、頭上には小野道風筆という『岩屋山』の扁額が掲げられています。。楼門をくぐり、石段の道を進むと空海が安置してといわれる不動明王を祀った本堂、その後方そびえる巨大な岩窟には懸崖造りの根本中院(神降窟)があり、菅原道真が刻み寄進したと伝わる『眼力不動明王』を安置されています。根本中院の奥の口を大きく開いたような岩石からは一滴、また一滴と岩を濡らしていきます。この神降窟をはじめとする境内の岩窟や岩石の間からは水が浸みだし、それらの水を集めた岩屋川がやがて鴨川に。懸崖造りの舞台には水からほとばしてくる霊気のような気配が感じられるのに、気持ちは次第に穏やかになり、岩や木々に宿っている自然が見えてくるような気がしてきます。これが『もののけ』・・・かもと一人で納得くしてしまいました。そして撮影ができないことで、出来る限りのことを眼に焼き付け、あらゆる自然を体験しようとすることを痛感しました。乱石を積み上げた水気をおびた参道を歩き、境内に祀られた仏像をめぐり寺務所のある境内に戻りました。この志明院は石楠花で知られていますが、全山が紅葉する秋の風景も見事とお寺の奥さんにうかがいました。その美しい風景が見られる頃にまたここを訪れてみたいと思います。

  花データ
  ~ 秋明菊 ~ キンポウゲ科 多年草

  かつて京都では貴船に多く自生していたことから 貴船菊 と呼ばれ、元来、淡紅紫の八重咲きのものを指していました。人家の庭、寺社の境内などで10月頃に咲き、茶花としても用いれれています。
 
 

平岡八幡宮 ~『花の天井』で知られる山城国最古の八幡宮 ~

 仁和寺前から御室川の谷をのぼり、高雄、槇尾、栂尾の三尾の里を流れる清滝川の谷を北上して京北周山に続く道、 周山街道。この街道沿いの梅ヶ畑の地に、山城国最古の八幡宮といわれる 平岡八幡宮 があります。縁起によれば、もともと平岡八幡宮はこの梅ヶ畑の地にあって、応神天皇を祭神とする産土神であり、大同4年(809)弘法大師が高雄・神護寺に入山し、その神護寺の守護神として自ら描いた僧形八幡神像をご神体として宇佐八幡宮から勧請し、創建したことがこの社のはじまりで、その後、衰退していた寺社は文覚上人により再建され、その弟子の浄覚上人により現在の地に移築されたといいます。

 街道に面してたつ鳥居からは桜の並木をつくった長い参道が、まっすぐに境内に向ってのびています。

  平岡八幡宮1  平岡八幡宮3
    撮影にも使われる長い参道             境内

 モミジや椎などの古木に囲まれた境内は紅葉にはまだ早く、どことなく手持ち無沙汰な雰囲気が漂っています。その境内の拝殿の前には土俵が設けられていました。これは地元の子供と大人が取り組み、神の加護を受けた子供が勝つという例祭の『三役相撲』の土俵で、その常時は毎年10月の第二日曜日に行われているそうです。

 そして、石段を上ると拝殿、さらにその上の石を段あがったところに本殿が建っています。

  平岡八幡宮4  平岡八幡宮5
    拝殿                            本殿

 これらの社殿は足利義満により再建され、江戸末期に修復されたもので、切り妻様式の本殿は京都では現存する数少ないもののひとつといいます。この本殿内陣は見事な『花の天井』で知られ、毎年春と秋に特別公開されています。44枚の花絵には当時かなり珍しい草花のあり、は江戸時代末に描かれたといいますが、足利義満の御所が『花の御所』と呼ばれ、自らも花を愛したことから義満公が再建したときに描かれた可能性もあるといわれているようです。天井の美しい花絵に、神社の内陣であることを忘れていつまでも見入ってしまいました。また、内陣長押には熨斗袋に入った梅と椿が描かれ、本殿のの入口の軒下には珍しい琴弾き弁才天が刻まれています。

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    琴弾き弁財天                      為朝の試し石

 境内には弓の名手といわれる源為朝の放った矢が射抜いたと伝わる石や、山の神石、武内社、貴布禰社、若宮社、地主社などが祀られています。

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    山の神石                          武内社

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    若宮社                           貴布禰社

 また、この平岡八幡宮は椿の名所としても知られています。花期が長く、種類の多い椿は平安時代から邪気を払うという意味から多くの人に愛されてきた椿、特に京都では年中行事に欠かせない花になっています。この平岡八幡宮では本殿東の樹齢500年といわれる平岡八幡ヤブ椿、社務所の庭のしだれ八重白玉椿などが知られていますが、境内には200種類300本もの椿があります。境内社の社に覆いかぶさるように枝を広げた椿、参道のの途中の『椿の小径』の椿はそれぞれに蕾を少しだけ膨らませて、静かに出番を待っています。

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    平岡八幡ヤブ椿                     椿の小径

 椿が大好きであるのに何故か、椿の咲くころに一度も訪れることが叶わずとても心残りになっています。来年こそは『椿の愛でる会』が開催される頃、訪れてみようと心に誓いながら神社をあとにしました。

杭全神社 ~ 神社の境内は鎮守の森博物館 ~

 大阪の東南に位置する平野は平安時代より摂津・河内・和泉を結ぶ交通の要衡として発展し、戦国時代には町の安全と自治を守るために集落の周りを二重の堀と土居でめぐらし、外敵からの侵入を防ぐ『環濠自治都市・平野郷』が成立したといいます。大阪市平野区平野宮町にある 杭全神社(くまたじんじゃ) は、その平野郷の守護神として長い歴史を持つ神社です。杭全神社は、貞観4年(862)、征夷大将軍・坂上田村麻呂の孫の坂上当道が素盞鳴尊を勧請して社殿を創建したことがはじまりと伝えられています。

 国道25線に面してたつ鳥居をくぐるとその先に楠や銀杏の巨樹が生い茂る森が見えてきます。

  杭全神社1  杭全神社2

 注連縄のかかった門を入った左手には樹齢800年から1000といわれる楠の巨木が参道まで枝を伸ばした迫力ある姿で参詣者を迎えてくれます。

  杭全神社3  杭全神社4
    楠の巨樹                         大門

 大楠の枝の間からの日差しを受けながら参道を進むと鎌倉時代の建立の大門があり杭全神社の境内に入ります。境内には拝殿、第一本殿、第二本殿、第三本殿、田村社、恵比寿社などの社が立ち並んでいます。この杭全神社は第一本殿は坂上当道の勧請、第二本殿は14世紀に後醍醐天皇の勅命により勧請、そして第三殿は12世紀に勧請されたという三社からなっています。そのうちの第一本殿は春日大社の本殿を正徳元年(1711)に移建されたもの、第二、第三本殿は室町時代の建立で大阪市内最古の建造物で、三社とも重要文化財になっています。また、杭全神社の夏祭りは300年以上の歴史があり、『だんじり曳行』をすることで有名です。

  杭全神社5  杭全神社6
    拝殿                            第一本殿

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    第二本殿                         第三本殿

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    田村社                          垂乳根銀杏

 江戸時代の面影が色濃く残る平野の町の施設を無料で開放している 『平野 町ぐるみ博物館』 杭全神社を守ってきた森は『鎮守の森博物館』として巨木や老木を鑑賞することができます。なかでも『巨楠』とともに知られているのが『垂乳根銀杏(たらちねいちょう)』です。願いをかければ、母乳の出が良くなる、乳房の病が治ると伝わる垂乳根銀杏の樹齢は500年とのこと、その大きさに圧倒されます。そして、木々の枝の間からのぞく青い空と、境内を流れる風に少しだけ秋を感じながら神社を後にしました。

三室戸寺 ~ 『花の寺』と呼ばれる西国三十三カ所観音霊場の札所 ~

 宇治市の三室戸山の中腹にある『西国三十三カ所観音霊場』第十番札所の 三室戸寺 は四季折々、さまざまな花に彩られる『花の寺』として、観光客にも巡礼者にもよく知られているお寺。寺伝によれば、宝亀年間(770~81)に光仁天皇の夢告に金色の光があらわれたことから、藤原犬養に命じて調べさせたところ、宇治川支流の渓流淵で黄金の仏像を発見して持ち帰り、御室を移して安置し、御室戸寺と名付けたとのこと。その後、光仁、三条、白河帝の離宮にもなり、三室戸寺に改称したといいます。

 朱塗りの山門をくぐると、ゆるやかな登り坂の参道が本堂に向ってのび、その傍らでは花を落とし始めた萩が風に揺れながら参詣者を迎えてくれています。

  三室戸寺1  三室戸寺2

 参道の右手斜面は『与楽苑』と名づけられた広大な庭園で、春にはさくら、ツツジ、シャクナゲが、夏には紫陽花、蓮の見事な花の風景が広がり、散策路を歩くと花園に入り込んだような気持ちになってきます。。またこの中には池泉回遊式や枯山水庭園もあり、それぞれに趣きある景色を楽しむことができます。

   三室戸寺12  

  三室戸寺10  三室戸寺11

 そして、最後の急こう配の石段を上ると蓮の鉢が境内いっぱいに並べられていて、これが開花する真夏の午前中はさぞかし美しい風景なのだろうと・・・

   三室戸寺3

 三室戸寺の諸堂は、足利義昭が織田信長と争ったときに、信長に焼き払われたため今日のある建物は江戸時代(文化11年頃)の建立といいます。重層入母屋つくりの本堂は老木の生い茂る背後の山を背に重厚な佇まいをみせ、その前には狛犬ならぬ狛兎と宝勝牛が置かれています。

  三室戸寺5  三室戸寺4
    狛兎                            宝勝牛

 そして境内を見わたせば、本堂の背後に元鎮守社の十八神社本殿、東側には阿弥陀堂、鐘楼、三重塔が立ち並んでいます。

  三室戸寺9  三室戸寺6
    十八神社                         阿弥陀堂

  三室戸寺7  三室戸寺8
    鐘楼                            三重塔

 そして、鐘楼脇には『源氏物語』宇治十帖古跡めぐりの『浮舟之古蹟』の碑が立っていますが、これは『浮舟古蹟社』の石碑を改めたもので、この社の本尊浮舟観音は女主人公・浮舟の念持仏と伝わっているそうです。

   三室戸寺13

 また、境内にある宝物館には阿弥陀如来像、両脇侍像、釈迦如来像などの平安時代の仏像が安置されており、毎月17日に拝観することができます。

 四季折々の美しい花に彩られる三室戸寺、今度は紅葉の頃にまた訪れてみたいと思います。


壬生寺 ~ 『壬生狂言』で知られる古刹は新選組ファンの聖地 ~

 『壬生寺さんのカンデンデン』と古来から京庶民の間で親しまれている『壬生狂言』 は鎌倉時代、壬生寺を興隆した円覚上人が仏教の教えを無言劇にしたことが始まりと伝えられています。重要無形民俗文化財に指定され、700年もの歴史を持つ壬生狂言の正式名称は『壬生大念仏狂言』といい、毎年節分と4月、10月に地元の『壬生大念仏講』の人々によって演じられているそうです。その壬生狂言が演じられる 壬生寺 は正暦2年(991)、園城寺(三井寺)の僧快賢によって創建された律宗寺院で、古くは地蔵院、宝幢三昧院、心浄光院とも呼ばれ、本尊の地蔵菩薩の厄除・延命を願う信仰が広がり繁栄したといいます。

 坊城通から仏光寺通を西に進んだところに位置する壬生寺、壬生延命地蔵尊の扁額が掲げられた表門を入ると広々とした境内に、本堂、壬生狂言の舞台となる大念仏堂、阿弥陀堂、塔頭・中院、一夜天神堂、千体仏搭などのお堂が建っています。

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    表門                            本堂

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    大念仏堂                         阿弥陀堂 

 阿弥陀堂には京都十二薬師霊場のひとつ歯薬師如来、洛陽三十三所観音霊場札所の中院には十一面観音菩薩が祀られていいます。
  
  壬生寺4  壬生寺2
    中院                            一夜天神堂

  壬生寺6  壬生寺9
    弁天堂                           千体仏搭
                   
 本堂の横にそびえるパゴダを模した千体仏搭は、明治時代、京都の都市計画の際に市内各地から集められた石仏のうちの千体が安置されているそうです。また、この壬生寺には本尊の延命地蔵尊をはじめとして水掛け地蔵、夜啼き地蔵など多くの地蔵菩薩や石仏が祀られています。

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    水掛け地蔵                        夜啼き地蔵

 また、壬生寺は新選組ファンの聖地としても知られています。境内で新選組が教練したり、沖田総司が近隣の子供と遊んだり、隊士が壬生狂言を鑑賞したなど隊士にまつわる逸話も残され、放生池の中の島にある『壬生塚』には新選組局長・近藤勇の胸像、芹沢鴨ら新選組隊士の墓があります。

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    壬生塚                           近藤勇の胸像

 幕末には 『壬生の狼』と庶民から恐れられた新選組ですが、今の私たちにはヒーローとしての存在になっています。この壬生塚で新選組のヒーロ達に思いをはせていると、今にも浅黄色にダンダラ模様の羽織の彼らが突如現れてきそうな、そんな思いに・・・そして、この壬生寺で歴史に残る京都をまたひとつ見ることができました。

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