長安寺 ~ 丹波のもみじ寺 ~

 京都府福知山市は古くから丹後・山陰と京の都を結ぶ交通の要衡として栄え、明智光秀が福知山城を築いてからは城下町として栄えてきました。その城下町には数多くの史跡や古刹の寺社が点在しています。『丹波のもみじ寺』で知られる 長安寺 もそのひとつ。資料によれば、用明天皇の第三皇子・麻呂子親王(聖徳太子の実弟)が勅命により、丹波国大江山に棲む鬼征伐の途次に、戦勝祈願のため薬師如来像を刻み、この地に奉祀されたと伝わり、その後、福知山城主・杉原家次によって再建、薬師如来像を安置し臨済宗南禅寺派の禅寺となったといいます。

 長安寺公園の一角にある寺院の参道に沿うように西国三十三ヶ所の観音像が新緑の中に並び、参拝者を迎えてくれています。

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    観音霊苑                         新緑に包まれた境内

 若葉の香りに包まれた参道を進むと、古木に覆われた石段の上には赤い涎掛けの地蔵尊が並びその裏側では滝が静かに流れ落ちています。

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    地蔵尊と不動の滝                   御霊木のイチョウ

 さらに石段を上ると山門と梵鐘があり、その前には見事な庭園が広がっています。

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 白砂と杉苔に植えれれた小松、サツキなどの木が所々に置かれた庭は『薬師三尊四十九燈の庭』と名付けられた枯山水庭園で、白砂のの上に広がる苔と緑の木々、石組みで表現された仏たち、見ているだけで心が洗われてきます。 

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     薬師三尊四十九燈の庭

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 本尊の釈迦如来像が安置されている大方丈から眺める庭は一殿高いところから見ることでより壮大に感じられ、白砂と四十九の石が織りなす風景に引き込まれていきます・・・

 境内には方丈に隣接して庫裡や薬師堂、観音堂、弁才天堂、売茶堂などの建物があり、弁才天堂の脇から石段を上ったところには開山堂、大師堂が建っています。また開山堂の裏手にはこの寺を再建した杉原家次の墓である五輪の搭もたっています。

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    薬師堂                          観音堂

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    弁才天堂                         売茶堂                         

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    開山堂                          五輪の搭 

 モミジで名高い長安寺ですが、新緑の美しさも格別です。覆いかぶさるようなモミジの鮮やかな葉の間から射し込む光に静寂な境内の邪魔をしないような鳥の声・・・ 長安寺 また訪れたいお寺です。 

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楞厳寺(りょうごんじ) ~ 丹波のカラス寺の『ナンジャモンジャの木』 ~

 綾部市舘町にある『関西花の寺霊場2番』の札所 楞厳寺(りょうごんじ) は長井一禾により描かれた『四季の鴉』の襖絵が有名なことから別名・ 丹波のカラス寺 とも呼ばれる真言宗の寺院で、天平4年(732)林聖上人により創建されたといいます。

 お寺の前に広がる池の周囲は、4月中旬から下旬にかけてこの楞厳寺の主たる花のひとつミツバツツジの赤紫の花に包まれることで知られていますが、花の咲き終わった今は緑の葉を池に映しています。

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 池に面した山門をくぐると『関西花の寺25カ寺』の幟が風に揺れ、『四季の鴉』の襖をある庫裏が建っています。

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 本堂は山門脇から石段を上ったところにあり、その途中には日限地蔵尊が祀られています。『舘の日限地蔵さん』として知られた地蔵尊は、坂道にあることから、昔は『坂の地蔵さん』とも呼ばれていたそうです。

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 石段を上りつめると右手に鐘楼があり、平成15年に再建された本堂は深い緑に囲まれた中にひっそりと佇んでいました。

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    鐘楼                            不動明王像・弘法大師・役行者

 その鐘楼の横には雪に覆われたような真っ白な木が・・・

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 近づいてみれば、『ナンジャモンジャの木』と呼ばれるヒトツバタゴの木でした。ミツバツツジの花には遅く、ハスの花には早く、ちょっとがっかりしていたので、ここでこの花にめぐり合えるとは・・・ラッキーでした。
 機会があれば、ミツバツツジやハスの咲くころ、また訪れてみたいと思いながらお寺を後にしました。

 

岩王寺(しゃくおうじ) ~ 日本の三筆・嵯峨天皇ゆかりの『かや葺きの寺』 ~

 綾部市七百石町にある  岩王寺(しゃくおうじ) は『かや葺きの寺』として知られる、嵯峨天皇ゆかりの寺で、開創は天暦3年(949)、空也上人といいいます。 その名の由縁はこの地で採れた石で硯石を作り、嵯峨天皇に献上したところ大変好まれ愛用され、『石の王子であるべし』と絶賛、天皇はそれを『石王寺(しゃくおうじ)と発音され、後に空也上人が堂宇を建立し、この聖地にふさわしい『石』よりもどっしりした『岩』という字を使い 岩王寺 と寺名、発音は天皇の言葉そのままに『しゃくおうじ』としたとのこと。その岩王寺は、当時は山中に堂塔が林立し、参拝する人々が手向ける線香の煙がとぎれることないほどで、山陰随一の聖地として栄えたといいます。

 道案内の看板を目印に登って行くとほどなく民家がとぎれ、角度のある曲がりくねった山道が続き、木の間から射し込む山中に。そして、山の中腹にさしかかった頃明るい日差しが頭上に表れ、その下にはかや葺屋根の建物が見えてきました。

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 苔生した石段を上った先には眩しいほどの光を浴びた仁王門があり、中には二体の金剛力士像が安置されています。

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     仁王門

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 仁王門を入れば正面にかや葺き屋根の本堂がひっそりと建っています。新緑に囲まれた葺きの本堂と山門の佇まいは印象的で、古い山寺にタイムスリップしたかのような雰囲気が漂うってきます・・・
 
   岩王寺6

  岩王寺7  岩王寺8

 本堂の東側には見上げるばかりのサンシュを前に熊野権現を祀った鎮守社が建ち、裏側には庫裡の建物が建っていましたが、内部拝観は予約が必要とのことでした。

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    綾部の古木・名木100選のサンシュ         熊野神社

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    庫裡

 人里離れた山中にひっそりと時間を忘れたかのように佇むかや葺きの建物は懐かしく、感動的な風景でした。この岩王寺は『萩の寺』としても知れているところ、また萩の頃にその感動を求めて訪れてみたいと思います。
   

丹波 安国寺 ~ 足利尊氏ゆかりの寺 ~ 

 京都府綾部市は府の北部に位置し、舞鶴・若狭と京都・福知山を結ぶ交通の要衡として栄えたところ。また、鎌倉時代にこの地の豪族・上杉重房が足利氏の親族となったことから、足利尊氏の出生地といわれ、その尊氏が誕生した屋敷ののそばに 安国寺 は足利尊氏が釈迦三尊を安置、創建したゆかりのお寺です。安国寺は平安時代初期、恵心僧都(源信)作と伝わる子安地蔵菩薩を安置して光福寺としたことがはじまりで、その後上杉家の氏寺として発展、足利家と結ばれた尊氏の母がこの寺の地蔵尊のに祈願、里帰りの折、体を休める館にした塔頭のひとつ常光寺で尊氏が誕生したといわれています。。その後、夢窓国師の勧めに従い、全国二島六十六ケ国に国土安穏祈願、戦死者供養のために安国寺を建立、この 丹波 安国寺 はその第一に置かれ、隆盛を極めたといいます。

 のどかな里の参道を進むと、左手に『尊氏公産湯の井戸』があり、この地で尊氏が誕生したことがうかがえます。人影もなくひっそりとあいた境内に射し込む光が新緑の鮮やかさを一層引き立て、その木々に覆われた石段の先にポッカリと穴をあけたように山門が開いています。

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    尊氏公産湯の井戸                  

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     山門 

 山門を入ると仏殿、庫裏、方丈、鐘楼があり、茅葺きの仏殿と庫裏が深い緑の木立を背景に趣き深い姿で建っています。

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     仏殿(本堂)

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                                   扁額

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    庫裏                            鐘楼

 安国寺は江戸時代に山津波の洪水で建物一切が流失し、その後三代の住職によって仏殿、方丈、庫裏が再建されたといいます。仏殿の前には参拝者を出迎え出迎えてくれるかのように枝垂れ桜が枝をのばし、その横には復元された『清龍の庭』が作られ、仏殿の内部には安国寺造立の本尊として記念的作例といわれる釈迦三尊坐像、文殊菩薩、普賢菩薩が安置されています。名刹の安国寺には子安地蔵をはじめとする仏像のほか古文書、軸など多くの宝物が蔵されていて、その多くが文化財の指定を受けたものといいます。

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 また、境内に一角には開山の天庵妙受大和尚の遺骨と尊影を祀る開山堂があり、その右側には三基の宝筐院塔がたっています。これは尊氏、母清子、妻登子の墓で二代将軍義詮が建立したものといいます。

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     開山堂(正賡庵)                    母清子・尊氏・妻登子の墓           

 名刹でありながら禅寺とが思えない茅葺の懐かしい趣の本堂に見入り、若葉の香を秘めた風が流れる境内で鶯の声に聞き入っていると、身も心も洗われてくるような気が・・・
 たまたま、境内に来られた方に『桜や紅葉の頃はきれいですよ』と声をかけられ、その光景を見にまた来ようと・・・そう思いながらお寺を後にしました。

石清水八幡宮 ~ 男山山上で祀られる厄除開運の神 ~

 京都府八幡市にある 男山 は木津川、宇治川、桂川の三川が合流して淀川となるのを見下ろすところに位置し、古来から交通や軍事の要衡として様々なドラマを見つめてきた山。その山上にある 石清水八幡宮 は都の裏鬼門を守護する王城鎮護の神、伊勢神宮に次ぐ宗廟として朝廷に崇敬され、また弓矢の神・戦勝の神として武家の信仰も厚い社で知られています。
 『男山八幡宮』ともよばれていた 石清水八幡宮 の創建は平安時代の初め、貞観元年(859)、南都大安寺の僧行教が豊前国宇佐八幡宮にひと夏参籠して、八幡大神より『吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せよ』との御神託を受け、男山の峯に御神霊を奉上、その翌年に朝廷の命により八幡造の社殿(六宇の宝殿)を建立したことが起源といいます。

 京阪本線八幡市駅から東に少し進むと右手に石清水八幡宮の一ノ鳥居が見えてきます。鳥居の上にかかげられた扁額の文字は『松花堂弁当』の名で知られる石清水八幡宮の社僧・松花堂昭乗が平安の三蹟・藤原行成の書を書写したものとのこと。鳥居をくぐり、放生池を右手に参道を進むと、他の神社の御旅所に相当する頓宮殿の建物が朱塗りの回廊に囲まれて建っています。広々とした境内に若葉の香りを漂わせた風が流れ、思わず深呼吸・・・

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   松花堂昭乗書写の扁額が掲げられた鳥居     頓宮殿

 頓宮殿の境内を出ると右手に『徒然草』、『仁和寺にいたある法師が、念願であった石清水八幡宮への参拝に行き、賑わっていた山麓の神社やお寺を山上の本宮と勘違いし、本宮のお参りをせずに帰ってしまった』の逸話でで有名な 高良神社 が鎮座しています。かつて勘違いするほど賑わっていたという神社の周囲は人気もなくひっそりと鳥居がたち、古木に覆われた中に社がありました。

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    高良神社  

 高良神社から二ノ鳥居をくぐり、鳥の声を聴きながら竹やクヌギなどの生い茂る朽ち葉に覆われた表参道を歩けば、藪の中に今を盛りにニョキニョキとタケノコが顔を出しています。

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 心地よい風を受けながら参道の石段を上りつめた三ノ鳥居の先には、かつては競馬の出発地点であり、お百度参りの地点となっている『勝負石』の一ツ石が置かれています。そして参道の両側では南総門に向かう参詣者を出迎えてくれるかのように石灯籠が整然と並んでいます。

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 参道の中ほどにある書院の前には重森三玲作の海洋が表現された石庭が広がり、その一角にはこの神社で一番古いといわれる石灯籠があります。

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     書院石庭と石灯籠

 南総門を入れば、鮮やかな朱色の楼門がそびえ、社殿を取り囲むように廻廊が巡らされています。見上げた楼門には『八幡様』のお使いである『神鳩』が。

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 石清水八幡宮の豪壮な社殿は德川三代将軍家光により造営され、その多くが今年(平成28年)2月に国宝に指定されています。東門から本殿内に入ると社殿を囲む瑞籬は、極彩色で施された様々な動植物を主題とした彫刻で飾られていて、その細工の細やかさ美しさに感動  です。武家の信仰が厚かったといわれる社は、社殿が戦鍋や火災で焼失するたびに信長や秀吉が再建したといいますが、信長が寄進したという黄金の雨樋には、この社に対する信仰の厚さを感じ入ります。

 その社殿を見つめるかのように本殿の裏には数々の末摂社の社が並んでいます。

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    若宮殿社                         若宮社

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    校倉                            住吉社

 信長が寄進したといわれる信長塀に囲まれた境内に、若葉の頃の明るい光を浴びた朱塗りの社殿は眩しく、目に焼き付けられるような印象深いものでした。  

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                    信長塀の脇で遊ぶ鳩  

 この男山中腹にはこの宮の名の由来となった、冬に凍らず夏に涸れない霊泉『石清水』が湧きでていますが、そこはかつて行基が創建した石清水寺があったといわれています。また、その泉の近くには松花堂昭乗が晩年過ごしたといわれる草庵の跡も発掘されています。

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    石清水井・石清水社                 松花堂跡

 四季折々の野鳥、植物の生息している男山、山上の展望台からは壮大な風景を堪能することができます。

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     展望台から京都東山方面を望む

 石清水八幡宮には男山ケーブルで行くこともできますが、豊かな自然の中に生息している野鳥の声を聞き、植物を見ながら登った参道は身も心もリフレッシュできた最高の参詣となりました。 
 

瑞光寺 ~ 茅葺き屋根の本堂 ~

 京都市伏見区深草にある 瑞光寺 (元政庵 瑞光寺) は元政上人が草庵を結んだことに始まる日蓮宗のお寺。江戸初期の日蓮宗の高僧で知られる元政上人は、もともとは彦根藩に仕える武士でしたが、病弱なこともあって26才の時に職を辞して出家、日蓮宗・妙顕寺の日豊に師事して、33才で旧極楽寺のあったこの深草の地に称心庵を営み修行に励み、庵のそばに仏殿を開き、 瑞光寺 を開山したといいます。そして、父母の孝養に努め、修行の合間に詩歌を楽しみ、46才で生涯を終えたといいます。

 住宅街の一角にある瑞光寺、入り口には日蓮宗では珍しい『不許酒肉五辛入門』の碑がたち、ゆるやかな石畳の参道をあがれば、趣きある茅葺屋根の山門があります。

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 門を入った右手には三十番神社、白龍大弁財天と帝釈天王の社があり、その周囲では赤い幟が静かで趣のある境内の中にひときわ派手にたなびいています。

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    三十番神社                        白龍大弁財天と帝釈天王

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 その赤い幟の脇を進むと目が痛いような緑が広がり、若葉の香りが漂ってきます。

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 青空の下、初夏ともいえるような眩しい光の参道、その両脇に植えられたツツジの香りに導かれるように向かう茅葺きの本堂・・・丸みを佩びた茅葺き屋根の枯淡な風合いが懐かしくて暖かくて、親しみやすさを感じます。

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 本堂の中央には釈迦如来像が安置され、その奥には元政上人、両親、歴代上人の位牌が祀られています。その堂内の中に幾つかのうちわが飾られていましたが、これは親孝行な元政上人が両親は仰いであげたいと考案したと『深草うちわ』で、江戸時代には京土産を代表するものであったといいます。そのヒット商品も時の流れで明治末期に姿を消していましたが、近年に蘇り販売されるようになったそうです。

 通常は境内散策のみの瑞光寺、今回は特別公開といくことで聖観音立像や長屋王願経などの寺宝などが展示されていました。その聖観音立像は平安時代後期の作といわれるもので、かつてこの辺りは藤原氏の氏寺のあった極楽寺があったことからその縁で奉納された可能性が伝えられているそうです。

 学識豊かで、詩歌や文章に優れ、石川丈山や熊沢番山などとの交流を交えた元政上人は、自らが病弱であったことから父母に先立つことを恐れ摂生に努め、母親が亡くなった2カ月後に没してといいます。

 茅葺き屋根の本堂、四季の花に囲まれた閑静な境内、また訪ねてみたいお寺になりました。

 
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