尾道紀行 4 ~ しまなみ海道の寺社 ~

 広島県と愛媛県の島々を9つの橋でつなぐ しまなみ海道 、それぞれの島々に由緒ある神社仏閣、歴史を秘めた史跡が残されています。
 
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 その瀬戸内海は南北朝時代から室町・戦国時代にかけて、海の覇者・村上水軍の本拠地として名を轟かせた地域でもありました。中でも 因島 はその拠点となった所で、菩提寺となっている 金蓮寺 には多くの墓がたてられています。菩提寺から少し登ったところにある 因島水軍城 では因島村上水軍ゆかりの武具、甲冑が展示され往時をしのぶことができます。

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     菩提寺・金蓮寺にたつ墓石              因島水軍城

 因島から橋を渡った 生口島 にある瀬戸田は国産レモン発祥の地として知られていますが、ここには飛鳥時代から江戸時代にかけてつくられた代表的仏教建築の様式や手法で建立された 耕三寺 があります。耕三寺は耕三和上が母親の菩提追悼のために30年あまりの歳月をかけて建立した浄土真宗の寺院。

 耕三寺博物館と呼ばれる耕三寺境内、京都御所・紫宸殿の様式で造られた鮮やかな山門を入ると、法隆寺の楼門と同じ様式で造られた中門、その両側にある法隆寺斎院様式で造られた羅漢堂が建ち、堂内には500体もの羅漢尊像が安置されています。そして桃山時代の建築美が見られる礼拝堂が続き、石段を上ったところには室生寺の五重塔様式の塔を中央に左右に大阪四天王寺の金堂様式を基礎とした僧宝蔵、法宝蔵が建っています。

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     山門                            五重塔と法宝蔵                

 さらに石段を上ると日光東照宮にある陽明門を十年がかりで再現したという孝養門がそびえ立ち、極彩色の外観とそこに置かれている仏像の数には圧倒されます。孝養門越しに見える本堂は宇治平等院の鳳凰堂を手本に建立され、両側に建つ信楽殿と至心殿は京都市にある日野法界寺の阿弥陀堂を手法に建立されているそうです。滋賀石山寺の手法を用いた多宝塔、奈良新薬師寺の手法の鐘楼などがる全国の代表的建造物と四季折々の花に彩られた広い境内に感嘆でした。

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      孝養門                         本堂

  
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      多宝塔                         茶室・銀龍閣

 耕三和上がここ瀬戸田に住んでいた母を慰めるために建築した隠居所の潮聲閣は和洋折衷の書院つくりになっていて、そこからは静かな心休まる庭を眺めることが・・・

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     潮聲閣から見た庭                   未来心の丘

 また耕三寺博物館の一角の小高い丘の上には大理石を使った様々なモニュメントが造られていて、一気に日本から地中海に行ったような気分になります。青い空と白亜のモニュメント、遠くの望む瀬戸内の海に感動です 

 そしてこの瀬戸田で拝観したかったのが 向上寺 の五重塔。向上寺は室町時代初期に生口守平の開基、愚中周及の開山により臨済宗の寺院として創建、向上庵と号し江戸時代に曹洞宗に改められ現在に至っているといいます。本堂から石段を登ったところに建つ五重塔は永享年(1432)に完成。その和洋を基調とし唐草模様を取り入れた禅宗様式で、顆頭窓や内陣の須弥壇などが禅宗寺院の塔婆として貴重な遺構であることから国宝になっています。

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     本堂                            五重塔

 さわやかな香りが漂ってくるようなたわわに実を付けたレモン畑の中を抜け、多々羅大橋を渡ると 大三島 に入ります。

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 大三島は愛媛県今治市の最北に位置し、鎮座する 大山祇神社(おおやまづみじんじゃ) は推古天皇の創建と伝えられ、大山積神が主祭神として祀られています。日本総鎮守と呼ばれる神社は全国に一万社余りの分社を持ち、古代から山の神、海の神、戦いの神として朝廷や武将から尊崇を集めました。

 木の香りが残る総門を入ると広々とした境内の中央に樹齢2600年いわれる御神木の大クスが迎えてくれます。境内にはこのクスをはじめたくさんのクスが植えられていて『大山祇神社のクスノキ群』として天然記念物となっています。

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     総門                            御神木・乎千命御手植のクス

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     能因法師雨乞いのクス                 神門

 大クスに囲まれた境内には冷ややかな空気が漂い、回廊を廻らせた神門を入り拝殿で手を合わせると見も心も引き締まったように感じられます。

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     拝殿                            国宝館

 この大山祇神社には多くの武具類が奉納されていることで知られています。境内のなかにある宝物館では国宝・重要文化財の指定を受けた鎧、兜、刀剣が数多く展示され、まさに文化財の宝庫、書物や映像でしか見ることのなっかた品々を真近で見ることができて感動  です。

 好天に恵まれ、文人たちの愛した町の風景を楽しみ、多くの神社仏閣の参拝と思う存分満喫できた最高の旅でした。
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尾道紀行 3 ~ 古寺めぐり 3 ~

 尾道中心市街地の古寺、東西約3㎞の中に佇む個性豊かな25の寺院は石畳の路地で結ばれています。石畳の路地のところどころにある古寺めぐりルートの石柱を目印に東に歩いていくと坂を登りつめたところに 西郷寺 があります。鎌倉時代末期に遊行六代他阿一鎮により建立されたと伝わり、本堂は現存する時宗最古の建造物といわれ、内部は手を打つと冴えた音が響く『鳴き龍天井』が知られています。

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     西郷寺の山門                      毘沙門堂

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      時宗最古式を今に伝える本堂

 ひっそりとした西郷寺の境内を後に、石畳の道を行くと眼下にはきらめく海と町並みが、遠くにはしまなみ海道につながる緒のみと大橋・新尾道大橋の見え隠れする尾道ならではの光景が・・・この西郷寺から浄土寺山門前の石畳の道は『夕日の道』と呼ばれ、ここから海に沈む夕陽は幻想的とのこと、是非機会があれば見てみたいものです。

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 爽やかな風が肌をかすめる石畳の道に感動しながら進むとやがて 浄土寺 の赤い山門が見え、そのどっしりと構えた門にこの寺院の壮大さがうかがえます。

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 文化財の宝庫として知られる 浄土寺 は聖徳太子の開基と伝えられ、平安末期には後白河院の勅願所となり、その後鎌倉末期に奈良西大寺定證上人により再興された西日本屈指の名刹、境内全体が文化財となっているそうです。本尊・十一面観音菩薩に戦勝祈願した足利尊氏が、祈願の翌年に室町幕府を樹立したことから足利家ゆかりのお寺でもあります。現在の堂塔は地元の豪商道蓮・道性により再興されていますが、その多くが国宝や重要文化財になっています。

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      中世建造物の筆頭格といわれる本堂
  
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     日本三大名塔のひとつ多宝塔           洗練された美しさの阿弥陀堂

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     250年前の姿に復元された庫裏            唐門と方丈 

 本堂に拝観すると文化財の指定を受けた多くの御仏が安置され、展示されている絵画や足利家ゆかりの品々に見いてしまい
時のたつのを忘れてしまいそうでした。 方丈からは伏見城内にあったとされる茶室・露滴庵を望み、目の前に広がる浄土庭園は静寂さを漂わせています。

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     茶室・露滴庵                       浄土庭園

 そして境内では尾道石工たちが残した数々の石造物の名品や名景を堪能することができます。

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     供養塔                           開山堂からの風景

 七堂伽藍の境内全域が文化財になっている 浄土寺 は 『尾道 七佛めぐり』では必勝祈願のお寺であり、本堂前の『願掛け石』に願い事を念じながら回すことができたなら運が開けるといわれることから開運祈願に訪れる人も多いといいます。このお寺に参詣できたことで少しだけ運が開けていくかもとは虫が良すぎる  かと心のどこかでつぶやきながらお寺を後に・・・

 浄土寺境内に隣にある塔頭の 海龍寺 は『尾道 七佛めぐり』では芸妓上達祈願 の寺として知られています。案内によれば、西大寺の定證上人が西国巡教の途路、当時曼荼羅寺と呼ばれていたこの寺に住み、荒廃していた浄土寺を再興したと伝えられ、その後浄土寺の塔頭となり江戸時代に現在に 海龍寺 になったといいます。

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     海龍寺山門                         本堂

 境内にある人形浄瑠璃の文楽の供養塔は江戸末期、尾道の浜問屋の旦那衆が大阪から文楽師匠を招いて余暇を楽しみ、師匠の死後に追悼供養のために建立してとのこと。そして右側の経塚に念じながら撫でると参拝者の持ち前の才能が開花するといわれています。

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       文楽之墓と初代竹本弥太夫の墓

 古寺をめぐりながら歩いた尾道の町、そこには古き時代を残すノスタルジックな町並みと穏やかな尾道水道のきらめき、そしてあちこちで出会った可愛いネコの置物は楽しい旅の思い出を作ってくれました。満開の桜で彩られるという尾道、またその頃に訪ねてみたいと・・・

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尾道紀行 2 ~ 古寺めぐり 2 ~

 尾道を代表する坂道といえば千光寺新道が知られていますが、『天寧寺坂』も情緒あふれる坂道です。この坂道から眺める尾道の町も風情ある姿をみせてくれます。

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    情緒あふれる天寧寺坂                天寧寺坂から新尾道大橋

 この坂道にある 天寧寺 は『尾道 七佛めぐり』の病気平癒祈願のお寺です。寺縁起によれば、足利二代将軍・義詮が父・尊氏の遺志を継いで工費を寄進、普明国師を講じて開山されたと伝わる臨済宗の寺院で、創建当時は大伽藍を有し、室町時代中期までは京都五山十利のひとつとして西日本の登竜門であったといいます。その後、足利将軍の断絶とともに衰退し、江戸時代には曹洞宗に転宗、現在に至っているそうです。山門をくぐり境内に入ると枝垂れ桜、木蓮、牡丹等の花木を前に庫裏、本堂、五百羅漢堂などが建っています。

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    山門                            庫裏

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    本堂                            五百羅漢堂

 本堂に入るとすぐ左手に患っているところと同じ箇所を撫でると治るといわれる『びんずる様』通称『さすり仏』が祀られています。多くの人に撫でられているためか全身ピカピカに光り輝いていました。そして白壁の眩い羅漢堂には檀家の人々が寄進した五百羅漢像が整然と並び出迎えてくれます。庫裏の脇から山手にのぼるとそびえる三重塔(海雲塔)は創建当時から残る唯一の建物でで国の重要文化財になっています。

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 そして天寧寺から石畳に道を東に歩き、 福善寺 へ

 安土桃山時代、行栄法印の開基といわれる 福善寺 の境内は中世の山城『丹花城』の跡とのこと。山門の見事な彫刻と尾道三名松のひとつ『鷲の松』は見ごたえがありました。

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     山門の彫刻                       尾道三名松『鷲の松』

 福善寺から参道を登り大山寺へ

 『尾道 七佛めぐり』のひとつ 大山寺 は隣接する 御袖天満宮 の別当寺であったことから別名 天神坊 とも呼ばれ、合格祈願にご利益のあるお寺。 開基ははっきりしなてないようですが、平安時代・弘法大師入唐の折に海上安全、留学求法の成就を祈り給う霊場と記されているものがあることから、その当時にはすでに開かれていたといわれています。

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     大山寺境内                       本堂 

 境内にある『日限地蔵』は日を限り日参し、一心に願い事を念ずれば、心願成就の暁には軽々と持ちあがるといわれ別名『重軽地蔵』と呼ばれているそうです。また庚申堂の左脇にある『見てご猿  言うてご猿 聞いてご猿』のユーモアたっぷりの五猿には、なるほどとうなずいてしまいました。

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     日限地蔵                         五猿

 大山寺の境内に隣接する 御袖天満宮 は菅原道真が九州大宰府に赴くとき、尾道に上陸し土地の人々に接待を受けたことから感謝して、自らの着物の袖を破り自身の姿を描いて与えられたので、天神坊の境内にその袖の御影を祀る社を建立したことがこの神社の名の由来になっているとのこと。境内にある石牛は撫でると願いが叶うといわれる穴場スポット。そしてロケ地として登場した映画やテレビの場面も思い出されてどことなくなく懐かしさを感じてしまいました。

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     御袖天満宮参道                    御袖天満宮拝殿

 大山寺から石畳の坂道をのぼっていくと  西國寺(さいこくじ) の大きな草鞋のかかった仁王門が見えてきます。

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     大草履のかかった仁王門                 金堂

 西國寺は『尾道 七佛めぐり』では健脚祈願のお寺とのことですが、確かに一番上の三重塔まではかなりの上り坂に見えます    西國寺は天平年間に行基が創建したと伝わる古刹。1066年に焼失した本堂は白河院の勅命により再建され、現在に至っているそうです。山門の奥には広々とした参道を取り囲むように桜の枝が張りだし、石段を登りつめた先には金堂が建っています。金堂、鐘楼、霊英堂などがある境内からさらに石段を上ると持仏堂、不動堂、毘沙門堂、大師堂などが建っている境内、そして三重塔へ・・・尾道三山のひとつ愛宕山の山腹にある西國寺は尾道最大の寺院といわれるように広い境内です。そして境内からは尾道の町並みと尾道水道を一望して、澄み切った空の下で深呼吸・・・

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    持仏堂                           三重塔

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       不動堂と毘沙門堂

 桜の頃が一番賑わうといわれる尾道、ここ西國寺の桜の回廊も多くの人で賑わい参拝する人も多いとのこと。今はひっそりとした境内で色づき始めた桜の葉に満開の桜に思いを馳せながら・・・

尾道紀行 1 ~ 古寺めぐり 1 ~

 広島県尾道市は古くから港町として栄え、美しい町並みと情緒ある風景は多くの文学や映画の舞台となり、日本遺産の町に指定されています。そして北前船の寄港地であった尾道には、海運に携わる豪商たちの寄進により多くのお寺が建てられています。一度訪れてみたいと思っていた尾道に古寺をめぐる旅をしてきました。

 JR尾道駅から山手に向かう坂道をのぼって行くと、石造りの門が見えてきます。石の町尾道を象徴するその門は 持光寺(じこうじ) の山門で『延命門』とも呼ばれているとのこと。尾道にも昔から伝わる信仰があり、その信仰が宗派を超えてつながりやがて『尾道 七佛めぐり』となったといいます。この持光寺はそのひとつ『延命祈願』のお寺になっているそうです。

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     『延命門』と呼ばれる持光寺の石造りの山門

 寺縁起によれば 持光寺 は平安時代に弘法大師高弟・持光上人により草創された天禅寺と号した天台宗の寺。その後室町時代に善空頓了上人により浄土宗に改宗され、持光寺と改め京都東山の永観堂禅林寺の末寺になり現在に至っているそうです。

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     本堂                            観音堂

 『あじさい寺』といわれる持光寺の境内にはアジサイの花をはじめとする四季折々の花が植えられていました。中でも昭和天皇の喜寿の御祝に中国から贈られた『旱蓮木』は初めて目のする花木でした。中国では旱蓮木は生命力が強く、果実が多数成ることから子孫繁栄を表す喜びの木ということで『喜寿』と呼ばれているそうです。

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     酔芙蓉                          旱蓮木

 この持光寺で手にした粘土に願いを込めて作る世界に一つだけのほとけ様、『にぎり仏』の体験はできませんでしたが、御本尊に手を合わせ、現世安隠、後生安楽を祈願してきました。

 持光寺から眼下に尾道水道を見ながら光明寺へ。

 光明寺 は平安時代に円仁和尚により開基された天台宗寺院でしたが室町時代に浄土宗に改宗し、瀬戸内で括約した村上水軍の信仰を集めていました。豊臣秀吉の『海上鎮圧令』で水軍を捨てた武士が回漕問屋に生業を変えて檀家となり光明寺を支え、参道で出会った地元の人にうかがった話では墓地には海運業に携わった人々のお墓が並んでいるそうです。

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     光明寺の石段                     光明寺本堂

 光明寺から宝土寺(ほうどじ)へ

 融海上人の開山といわれる 宝土寺 境内には本堂、観音堂、鐘楼が建ち、その本堂の前にある五輪塔は融海の墓といわれているそうです。観音堂の横にはお寺の窯『無尽窯』があり尾道焼と呼ばれる陶磁器が展示されていました。

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     宝土寺本堂                       宝土寺観音堂

 情緒あふれる石畳と尾道ならでは坂道から望む風景に心も弾み、高く広がる青空に見下ろす尾道水道の眩しさ・・・その尾道を代表する坂道が千光寺新道。石畳の美しい坂道は映像やポスターにも多く登場しています。

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 千光寺新道の坂道をのぼりつめると舞台造りの本堂で知られる 千光寺 があります。千光寺は平安時代、空海により創建され源満仲(多田満仲)が再興したと伝わる真言宗のお寺で、『尾道 七佛めぐり』の開運厄除祈願で多くの参拝者が訪れています。坂道と石段を登りながら続く境内には毘沙門堂、観音堂、護摩堂、本堂、大師堂等が千光寺山の岩壁にへばり付く様に建てられています。

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     毘沙門堂                         本堂

 本堂からは眼下に尾道水道と尾道の町並み、遠くに瀬戸内海の島や四国の山並みを一望できる大展望が・・・

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 参拝者で賑わう大師堂、愛染明王が特別公開されている客殿の前には『日本の音風景100選』に選ばれた鐘楼が秋の陽に映え輝きを増していました。

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 寺縁起によれば、千光寺は境内に玉の岩と呼ばれる大岩があり、その岩の上ある光る玉が尾道の町や海を照らしていたといい、尾道を玉の浦、山を大宝山、寺を千光寺と呼び、千年も千里も末永く広く光るようにと開かれたとのこと。その千光寺には玉の岩の他にも夫婦円満を象徴する夫婦岩、玉の岩の宝珠、月の光を反射させていたといわれる鏡岩など岩があります。

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     玉の岩                          夫婦岩

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     鏡岩                           文学のこみち

 尾道は多くの文人が訪れ、愛した町としても知られています。尾道で小学生から女学校を卒業するまで過ごし、生涯この町を愛し続けた林芙美子、小説『暗夜行路』のな中で印象的に尾道水道を記し千光寺新道の近くに居を構えた志賀直哉など尾道ゆかりの作家や歌人がいます。千光寺から千光寺山頂まで続く『文学の小路』にはその文人たちの文学碑が並んでいます。

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     林芙美子の文学碑                  志賀直哉の文学碑

 文学のこみちから時折望める尾道の町と眩しく光る海・・・疲れも忘れさせてくれました。

弘仁寺 ~ 山寺の趣きを感じさせる『高樋の虚空蔵さん』 ~

 奈良盆地の春日山から三輪山の麓までまで続く大和の古代道路 山の辺の道 その沿線には名所・旧跡が数多く存在しています。『高樋の虚空蔵さん』と呼ばれ親しまれている 弘仁寺(こうにんじ) もその山の辺北道の中ほどの虚空蔵山の山腹にあります。資料によれば、嵯峨天皇の勅願により弘法大師が自刻の虚空蔵菩薩像を安置して開基したと伝わっています。戦国時代には松永久秀の兵火により伽藍の大部分を焼失、現在の建物は江戸時代の再興といいます。

 苔むした参道を登ってくると、手入れの行き届いた境内が広がり、重層の本堂と明星堂が並んで建っています。

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 本堂の外陣には奉納された算額が掲げられています。

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     本堂

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     明星堂

 弘仁寺の本尊は弘法大師作の虚空蔵菩薩像であることから、参拝することで智恵や知識が授かり、厄払いをする『十三詣り』に訪れる人が多いことでも知られています。

 山懐に抱かれた境内は時が止まったようにひっそりと静まりかえり、寺務所前で薄紫色の花びらを広げるシオンが風に揺れていました。

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 山の辺の道を歩く人の多くはこの美しく清楚な境内で休息するといいます。重厚な本堂のたたずまいが心に残る弘仁寺、季節を替えてまた訪れてみたいと思います。

圓成寺 ~ 運慶作の大日如来と楼門の影を映す浄土式庭園 ~ 

 奈良と柳生の里を結ぶ柳生街道沿いに、平安時代に流行した様式である浄土式庭園が築かれている寺院 圓成寺 があります。圓成寺の開創は天平時代と伝えられてていますが、史実的には万寿3年(1026)に命禅上人が十一面観音を祀ったことが始まりと云われています。圓成寺の主要伽藍は応仁の乱でほぼ失われてしまいましたが、ももなく再興され江戸時代には寺領235石を有する寺院であったといいます。明治になって衰退し、現在の境内の建物のみが残ったとのこと。

 柳生街道から少し石段を下ると目の前に見事な浄土式庭園が広がり、正面には緑豊かな木々を従えた楼門が池に美しい影を落としています。

   円成寺1

 平安末期に寛遍僧正が築いたといわれる庭は全国屈指の浄土式庭園として名高く、平安時代の趣を今に伝える貴重なものと云われています。少し色を付け始めた楓が映る池にはのんびりと甲羅干しをする亀、ゆったりと泳ぎまわる鯉、静寂な風景は時を忘れさせてくれます・・・

   円成寺3

  円成寺2  円成寺4

 ひと時の安らぎから醒め、石段を上ると右手には鮮やかな朱塗りの多宝塔が建っています。中に安置された運慶作の本尊大日如来座像の優美でゆったりとしたその姿は、浄土の世界に引き込まれていきそうな気持になってきます。

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      大日如来坐像の安置された多宝塔         

 豊かな緑と静かな山懐に抱かれた境内の中央には楼門を前に本堂が建ち、その横には護摩堂が建っています。

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     本堂(阿弥陀堂)

 室町時代に再建されたという本堂は舞台を付けた寝殿造りで、格天井を設けた須弥壇中央に阿弥陀如来坐像、それを守護する四天王像が安置され、その四方形の角には聖衆来迎二十五菩薩を描いた四本柱が配されています。

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     本堂から見た楼門                   護摩堂

 そしてこの境内で忘れてならない建物に春日堂・白山堂があります。安貞2年(1228)春日大社造営のさい、当時の大社神主藤原時定が旧社殿を寄進したものといいます。鎌倉様式の特色を残すこの社殿は全国で最も古い春日造社殿といわれ国宝に指定されています。

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      春日堂と白山堂

 拝殿と鐘楼を前に小高い位置に建つ春日堂・白山堂、並ぶように弁財天の祀られた宇賀神本殿があります。

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     拝殿                            宇賀神本殿

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     鐘楼                            ひっりと境内を見守る石仏

 緑深い境内は人影もまばらで、やがて訪れる紅葉の季節を息をひそめて待っているかのように静寂な空気に包まれ、折り重なった枝の間でひっそりと境内を見守る石仏・・・ここ 圓成寺 は四季折々に仏さまに逢いに来たいお寺になりました。

般若寺 ~ コスモスに彩られた古刹 ~

 秋を代表する花 コスモス は熱帯アメリカ原産で、日本に渡来したのは明治の初めといわれていますが、日本の風土によく溶け込んだこの花は秋の風景には欠かせない花となり、秋の季語にもなっています。花壇だけでなく空き地や野原で風に揺れるコスモスは『秋桜』とも呼ばれ、その名所は日本の各地にあります。奈良市郊外にある古刹 般若寺 は日本最古のコスモスの名所といい、 コスモス寺 とも呼ばれ、『関西花の寺25ヶ所霊場巡り』 第17番札所として知られています。

 寺伝によると 般若寺 は飛鳥時代の舒明天皇元年(629)、高句麗の僧慧灌の創建といい、天平7年(735)聖武天皇が平城京の鬼門を守るため『大般若経』を納め十三重石宝塔を建立したことが寺名の始まりとのこと。平安時代には学問寺として多くの学僧を集めて栄えるも平家の『南都焼き討ち』に遭い伽藍は灰燼し、鎌倉時代になって西大寺叡尊上人や弟子の忍性によって再興されたといいます。

 青空の下、瓦ぶきのシンプルな楼門の先にはピンクや白のコスモスに囲まれた参道が十三重石宝塔に向って続いています。鎌倉時代の再興伽藍の西門であったという楼門は一間二階建て瓦葺の珍しい形態を持ち、楼門遺構としては日本最古のもので国宝になっています。

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     国宝の楼門                       十三重石宝塔

 参道の脇には『南都焼き討ち』の総大将・平重衡の供養塔や『保元の乱』の謀首とされた藤原頼長の供養塔が風に揺れるコスモスの中でひっそりとたっています。

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     平重衡供養塔                      藤原頼長供養塔

 般若寺のシンボルともいえる十三重石宝塔は花に囲まれた境内の中で、どっしりとした重量感あふれる姿でその存在感を漂わせています。塔の初重軸部には薬師、釈迦、阿弥陀、弥勒が線刻されています。そしてこの塔の大修理の際には塔内から多数の納入宝物が発見され、境内の宝蔵堂で春と秋に特別公開されています。

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 コスモスやシオンなど秋の花々が咲く先には豪華で装飾性に富んだ般若寺型石灯籠を前に本堂が建ち、本尊八字文殊菩薩騎獅像が安置されています。

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     宝蔵堂                          一切経蔵

 十三重石宝塔の傍らにある建物は経蔵で、『太平記』にある『元弘の乱』の折りに、護良親王が唐櫃に隠れて難を逃れた話にでてくるのはこの経蔵とのこと。その近くにたつ笠塔婆は謡曲『笠塔婆』の題材になり、そこで語られる重衡ゆかりの桜の木もあります。

  般若寺9  般若寺4
     笠塔婆                          重衡ゆかりの桜

 奈良と京都を結ぶ交通の要所にあり多くの歴史を秘めた般若寺は、多くの句や歌も詠まれ境内にはたくさんの碑がたっています。

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     正岡子規の句碑                    森鴎外の歌碑
       般若寺のつり鐘ほそし秋の風            般若寺は端ぢかき寺仇の手をのがれわびけむ皇子しおもほゆ

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     コスモスに囲まれる鐘楼               コスモスの蜜に誘われたミツバチ

 境内には西国三十三ケ所観音石仏をはじめとするたくさんの石仏が置かれ、コスモスが風に揺れるたびに見え隠れする風景はなんとも微笑ましくて思わず足を止め見いてしまいます・・・

  般若寺8  般若寺16
     西国三十三ケ所観音石仏              地蔵堂に並ぶお地蔵さま

 晴れ渡った秋空、足下の石仏、そびえ立つ塔、見送ってくれたお地蔵さま、般若寺で見た風景に感動しながらお寺を後にしました。
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