清光院清水寺 ~ 舞台かの眺望と霊水の滝~

 天王寺七坂のひとつ 清水坂 は 清光院清水寺 にのぼる坂道であることが名前の由来といわれています。
  
   清水寺1
      清水坂

 寺伝によれば、清水寺は寛永17年(1640)に延海阿闍梨が、観世音菩薩のお告げを受けて、十一面千手観世音菩薩を安置して中興、京都の清水寺を模して建立したことから古くは新清水寺とも呼ばれていたとのこと。北・西・南側が崖なった高台に位置しており、舞台からは素晴らしい眺望が広がっています。

   清水寺3

 坂道をあがった所にはお寺らしき建物は見当たらず、扉に表札があるだけの清水寺は現在建て替え中。霊園の中を歩き、階段を下りた納経所が仮本堂になっていて、そこに本尊の十一面観世音菩薩は阿弥陀如来、勢至菩薩とともに祀られていました。清水寺は『新西国三十三カ所霊 客番札所』、『摂津国八十八か所霊場』、『大阪三十三観音霊場』の札所になっています。

   清水寺2

 境内の一角では大阪市内唯一の天然の滝「 玉出の滝 」が水を落としています。

  清水寺5  清水寺6

 この滝は四天王寺金堂下の青竜池から湧き出た霊水が流れ落ちているといわれ、霊験あらたかな地とされて、現在でも滝に打たれて行をおこなう、滝行場として多くの人がお参りに来られるそうです。滝の奥の石窟には不動明王が祀られており、『近畿三十六不動尊霊場』のひとつになっています。
 
 大阪にもあった清水の舞台、すぐ目の前に大阪のシンボルの通天閣が天に向かってそびえ立っていました。

   清水寺4
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勝鬘院(愛染堂) ~ 縁結びの「愛染さん」 ~ 

 大阪市天王寺区にある 勝鬘院(しょうまんいん) は本尊が良縁成就・夫婦和合で知られる愛染明王であることから「 愛染さん 」と呼ばれ親しまれている和宗のお寺です。資料によれば、推古天皇元年(593)に聖徳太子が四天王寺の四箇院のひとつ「 施薬院 」として開基されたことに始まり、太子がこの地で勝鬘経を人々に講ぜられ、お経に登場するシュリーマーラー夫人(勝鬘夫人)の仏像を本堂に祀られたことから 勝鬘院 と呼ばれるようになったといわれています。毎年6月30日から7月2日にかけて開催される「 愛染まつり 」は大阪三大夏祭りのひとつで、1400年も続く無病息災を祈る祭事として知られ、宝恵駕籠に浴衣姿の『愛染娘』を乗せ、練り歩く愛染パレードに街は賑わいます。

 天王寺七坂のひとつ 愛染坂 にある寺の入口には赤地に『開運 縁結び』と書かれたのぼりがたなびき、鮮やかな朱塗りの山門が迎えてくれます。

  愛染堂1  愛染堂2
     愛染坂                           山門

 山門をくぐり参道を進むと薬医門があり、柱には『西国愛染明王霊場』の木札が掛けられています。この勝鬘院は『西国愛染十七霊場』の一番札所です。

   愛染堂3
      薬医門

 境内に入ると左に大力金剛尊、右に七福神が祀られ、正面には金色に輝く慈父観音、慈母観音を前に金堂が建てられ、堂内には本尊の愛染明王、左右に薬師如来、勝鬘夫人(弁財天)、歓喜天などが祀られています。

   愛染堂7
      金堂

 薬医門近くには縁結びの霊木『愛染かつらの木』がそびえ、樹齢数百年といわれるかつらの木は、大阪大空襲で表面は焼けたものの生き残り、ノウゼンカヅラの枝が巻き付いた木はハート形の葉が茂り、夏にはノウゼンカヅラのオレンジの花を咲かせ訪れる人を楽しませてくれます。

  愛染堂4  愛染堂5
     桂の木 

 金堂前の境内には延命地蔵尊、魚藍観世音、不動明王、身代わり地蔵、身代わり観音などが祀られ、延命地蔵尊の脇にある『愛染めの霊水』は愛が叶うと伝わり、若い人に人気のスポットになっています。

  愛染堂8  愛染堂10
     延命地蔵尊                       魚藍観世音

  愛染堂11  愛染堂9
     不動明王                      如来塔を見下ろす身代わり地蔵・身代わり観音

   愛染堂6
     愛染めの霊水

 金堂の北側に建つ多宝塔は聖徳太子によって創建されたと伝わり、織田信長による石山合戦で焼き払われ、のちに豊臣秀吉により慶長2年(1597)に再建されたといい、大阪市内最古の木造建造物で重要文化財に指定されています。

          愛染堂12
             大阪市内最古の建造物の多宝塔

 境内の周囲には高いビルや高層マンションが並び、多宝塔の背にもビルがそびえる勝鬘院ですが、一歩中に入るとそこは別世界、穏やかな空間が広がっていました。

安居神社 ~ 真田幸村終焉の地 ~

 大阪市の中心部を南北に横たわる上町台地。南北に長く、東に比べて西側の勾配が急で段差は天王寺区の生玉町から逢坂まで続き、ここに「 天王寺七坂 」という風情あふれる坂道があります。その坂のひとつに「 天神坂 」があります。
  
   安居神社1

 坂の途中にこんもりとした森がありその中に 安居神社 があります。小彦名神と菅原道真公が祀られる神社は、菅原道真が大宰府に流され時に風待ちのために此処で休息をとられたことから 安居天満宮 とも呼ばれています。またこの神社は大阪夏の陣で活躍した 真田幸村終焉の地 と伝えられています。

   安居神社6 入口に立つ石碑

 住宅地の中にある神社は、かつて『天神森』とも称された景勝地といわれ、木々に囲まれ境内は現在でも都会の真ん中とは思えないほどの静さでひっそりと佇み、参道の入り口には梅鉢の紋が刻まれた鳥居がたっています。

  安居神社3  安居神社2

 鳥居の石段を上がると本殿があり、木漏れ日の境内には摂社の稲荷神社、金山彦神社が祀られたいます。

   安居神社4

   安居神社5

  安居神社8  安居神社9
     稲荷神社                         金山彦神社

 本殿の脇には『真田幸村戦士之碑』が立ち、その横に真田幸村の銅像があります。

   安居神社7

 猿飛佐助や霧隠才蔵ら真田十勇士を従え、大阪夏の陣では徳川家康の本陣まで攻め込み、家康を追いつめた真田幸村は多くの軍記物や小説に創作され、多くの人々に知られる存在となりましたが、この安居神社で最後の時を迎えた幸村は廃墟同然となった大阪城をどのような思いで見つめていたのだろうかと・・・ゆったりと腰を下ろした幸村の銅像を見ていると、どこか安堵感を漂わせていましたが。
 

四天王寺 ~ 聖徳太子ゆかりの寺 ~

 お寺といえば京都や奈良のイメージがありますが、大阪は日本で2番目にお寺の多いところなのです。その中でも、天王寺区のある 四天王寺 は今から1400年以上も前の推古天皇元年(593)に 聖徳太子 が建立した日本最古の官寺。「 日本書紀 」 によれば、物部守屋と蘇我馬子との合戦で勝利した聖徳太子は、仏教根本精神の実践の場として仏教修行の道場である「 敬田院 」、病者に薬を施す「 施薬院 」、病者を収容し癒やす「 療病院 」、身寄りのない者や年寄りを収容する「 悲田院 」を建て、その後、寺の中心となる中門、五重塔、金堂、講堂が建てます。中門、五重塔、金堂、講堂が南北一直線に並び、中門と講堂を結ぶ回廊が五重塔と金堂を方形に囲む配置は「 四天王寺式伽藍配置 」と呼ばれ日本では最も古い建築様式のひとつになっているそうです。

 谷町筋にある石の鳥居は日本三大鳥居のひとつで、創建当時は木造でしたが永仁2年(1294)に石造に改めたのが現在の鳥居です。鳥居の中央の扁額には「釈迦如来転法輪処当極楽土東門中心(お釈迦様が説法を説くところであり、ここが極楽の東門の中心であるの意味)」の文字が刻まれています。

    四天王寺1
        日本三大鳥居のひとつ石の鳥居

 石の鳥居の先には朱塗りの鮮やかな極楽門(西大門)がたっていますが、かつては西門の西に浄土があるという信仰があり、沈む夕日をこの門から拝む人でごった返していたといいます。

   四天王寺2  四天王寺4
     極楽門                           仁王門

 極楽門をくぐり、仁王門(中門)を入ると五重塔、金堂、講堂が一直線に並んでいます。

   四天王寺6  四天王寺7
     五重塔と金堂                       講堂

 大阪の市中にある四天王寺は再三の兵火と災害などにより焼失と再建を繰り返し、この中心伽藍は昭和36年(1963)に再建されていますが、堂塔の位置は創建以来ほとんど変わっていないといいます。そして金堂には四天王寺の本尊である救世観世音菩薩が、講堂は堂内が夏堂と冬堂にわかれ、夏堂には阿弥陀如来坐像、冬堂には十一面観世音菩薩が安置されています。

 中心伽藍の東側には太子殿(聖霊院)があります。前殿と奥殿からなり、前殿には聖徳太子十六歳孝養像を安置されたいます。

  四天王寺8
      太子殿の前殿と奥殿

  四天王寺9  四天王寺10
    奥殿にある猫の門

 『四天王寺さん』と呼ばれ、多くの庶民に愛されているお寺の境内には中心伽藍、太子殿(聖霊院)の他に六時堂、布袋堂、阿弥陀堂、亀井堂、大黒堂などの御堂、太鼓楼、北鐘堂、南鐘堂が建ち並んでいます。

  四天王寺13  四天王寺11
    六時堂と石舞台                      阿弥陀堂

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    近畿三十六不動尊霊場の亀井堂           太鼓楼

  四天王寺15  四天王寺12
    北鐘堂                           南鐘堂

 六時堂の前にある石舞台で4月22日に行われる「 天王寺舞楽 」は、聖徳太子が仏教とともに日本に伝来した舞である伎楽も仏教儀式に不可欠なものとして習わせたと伝わり、千数百年の歴史を超えて今も舞楽法要が執り行われています。

 聖徳太子にゆかりが深く、篤い庶民信仰に支えられている四天王寺は人の絶えることがない都会の中の古刹です。
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