常照寺 ~ 名妓・吉野太夫ゆかりの寺 ~

 京都市北区の鷹峯三山の丘陵を西に望む地にたつ 常照寺 は本阿弥光悦が土地を寄進し、その子光瑳の発願によって、元和2年(1616)に日乾上人を招いて開創した僧達の学問所、鷹峯壇林(学寮)の跡で、山城六壇林のひとつとして広大な境内に大小の堂宇が並び、多くの学僧が勉学にいそしんでいた所です。その常照寺は天下の名妓とうたわれた 吉野太夫 (二代目)ゆかりの寺でもあります。吉野太夫は本名・徳子といい、幼女の頃からその美貌が隣近所でも名高く、その上に聡明で、14才で遊里の名妓の代表名である吉野太夫の名を継いだといいます。諸芸全般に優れた吉野太夫は本阿弥光悦の縁故で日乾上人に帰依し、自らの巨財を投じてこの常照寺に朱塗りの山門を寄進したといいます。その吉野太夫に因み、4月の第三日曜日には吉野太夫供養が行われ、大夫道中が開催されています。

 紅葉で知られる源光庵、光悦寺から東に数百メートル進むと鮮やかな紅葉が目に入りその下で『壇林』と書かれた石柱が立ち、『吉野桜』と呼ばれる桜並木の参道の先では吉野太夫寄進の山門 吉野門 が参拝者を迎えてくれます。

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      鮮やかな紅葉の常照寺参道

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     桜の花弁に覆われた参道               落葉の舞うの参道

   常照寺4
      『吉野門』と呼ばれる山門

 吉野門をくぐると右手には巨石でつくられた帯塚が、正面に本堂、その奥に書院が建っています。

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      本尊の十界大曼荼羅の置かれた本堂 

 本堂から境内に広がる紅葉の林を左手に進むと寺の鎮守社・常富大菩薩、その先に三体の鬼子母神像と十羅刹女を祀る鬼子母尊神堂があります。

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     紅葉に包まれた境内

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    常富大菩薩                        鬼子母尊神堂

 本堂から裏手の起伏の多い庭をめぐると聚楽亭、遺芳庵の茶席があり、遺芳庵には吉野太夫が好んだという大丸窓(吉野窓)が配されています。

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     聚楽亭                          遺芳庵

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                    吉野太夫が好んだといわれる『吉野窓』

 本堂の右裏手には墓地があり、その中央に開山廟が建ち日乾上人のお墓が祀れ、吉野太夫の遺言により葬られた墓は日乾上人の廟の裏手にあります。

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     開山廟                          吉野太夫の墓

 名妓・吉野太夫は華やかな世界から26才で身を引き、文雅風流の道にいそしむ京の豪商灰屋紹益の妻となり、紹益は光悦を中心とする芸術家の集いに、徳子は日乾上人に仏の教えを学ぶために、しばしば鷹峯を訪れていましたが、38才で病のためこの世を去りました。そして二人のロマンスは後世演劇や歌舞伎に戯曲化され多くの人が知ることとなりました。
 
 鷹峯は京都の中心地からは少し離れていますが、四季折々の風情に出会え、古の文化人を偲びながらの古刹めぐりも堪能できる素晴らしいところです。
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光悦寺 ~ 紅葉に彩られた芸術村の古刹 ~ 

 京都市北区高峯は江戸初期に茶、陶芸、絵画などの分野で活躍した 本阿弥光悦 が徳川家康より拝領した地に、一族縁者をはしめ種々の工芸職人を引きつれて芸術村を形成したところです。紅葉の名所として知られる 光悦寺 は本阿弥家先祖供養に設けた位牌堂が、死後に日滋上人を開山とする日蓮宗光悦寺となったとのこと。

 鷹峯街道から山門につづく石畳の参道はお寺というより風情ある邸宅にうかがうような雰囲気が漂ってきます。

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    下り坂になっている石畳の参道           紅葉に覆われた参道

 光悦寺は寺としては珍しく、山門から少しずつ傾斜を下って行きます。色鮮やかな紅葉が参道を覆い射し込む光との調和に感嘆の声が響き渡り、それはため息に変わってただ見とれるばかり・・・

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       山門
     
   光悦寺12
       参道を覆う鮮やかな紅葉

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    渡り廊下でつながっている本堂            茅葺の鐘楼

 境内に入り、本堂に通じる渡り廊下の下ををくぐるとそこはお寺の風景が庭園に変わります。古池のほとりを歩き奥に進むと 三巴亭の茶室、その南側には大正時代に再建された 大虚庵茶席 があります。大虚庵は 光悦垣 (臥牛垣)と呼ばれる垣根で囲まれています。ゆるやかに曲線をえがき、竹を斜めにして菱型をつくるように組んだ独特な垣根は、枝がからまり、落葉に足元をしずめ、その光景はまるで一幅の絵を見ているような・・・

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    三巴亭                           大虚庵

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        大虚庵を囲む光悦垣(臥牛垣)

 境内には他に 了寂軒、本阿弥庵、徳友庵、騎牛庵、自得庵の茶室が点在しています。

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    了寂庵                           本阿弥庵

 鷹峯三山が望める境内は四季折々の風情が楽しめ、手入れの行き届いた庭園に咲く草花に心が癒されます。

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      境内から望める鷹峯三山の一角鷹ケ峯

 見上げる空には光が織りなす芸術的な紅葉が広がり、人々の賑わいを避けるようにひっそりと佇む光悦の墓は苔むした墓標に時の流れを感じます。

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      青空に広がる紅葉

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    光悦の墓                         子、孫他一族の墓

 赤く染まった山々と自然の美が一体となった光悦寺、一年を通して一番賑わう季節でありながら吹き抜ける風も鮮やかな紅葉も心和むひと時をもたらしてくれました。

園城寺(三井寺) ~ 歴史ロマンと貴重な文化財を有する大寺 ~

 滋賀県大津市の長等山の麓にある 園城寺 (三井寺) は近江八景のひとつ「 三井の晩鐘 」で知られる湖国を代表する古刹で、古くから東大寺、興福寺、延暦寺と並ぶ日本四箇大寺のひとつに数えられています。お寺の歴史は壬申の乱で敗れた弘文天皇(大友皇子)の子、大友与多王が建立され、天武天皇より「 園城 」の勅額を賜り「 長等山園城寺 」と称されたことにはじまります。その後、比叡山の智証大師円珍が園城寺初代長史となり、天智、天武、持統の三天皇の産湯に用いられた霊泉から「 御井(みい)の寺 」と呼ばれていたものを「 三井寺 」と改めたといいます。そして今年は、宗祖・智証大師の生誕1200年で様々な記念行事が開催されており、久しぶりに三井寺の拝観に行ってきました。

 琵琶湖を背に境内に向かうと、正面玄関にあたる檜皮葺の仁王門(大門)が運慶作と伝わる金剛力士像とともに迎えてくれます。門をくぐると右手には釈迦堂[食堂)、正面には国宝の金堂が見えてきます。

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    室町中期建立の仁王門                室町初期建築の釈迦堂

 参道を進み石段を上がると目の前に金堂、左手には「 三井の晩鐘 」で知られる鐘楼があります。この中にある鐘は宇治の平等院、高雄の神護寺の梵鐘とともに日本三銘鐘に数えられ、荘厳な音色は山内をはじめ琵琶湖方面まで聞こえてきます。

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    「三井の晩鐘」で知られる梵鐘

 三井寺の本堂にあたる金堂は豊臣秀吉の遺言で北政所が慶長4年(1599)に再建したもので、檜皮葺の建物は何度見ても大きさと風格に圧倒されます。さすが桃山時代を代表する建物  この堂には秘仏本尊で天智天皇が信仰されていたといわれる弥勒菩薩像や多くの仏像が安置されています。

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   北政所再建による国宝の金堂

 金堂を出た左側には三井寺の由来になった霊泉の湧く閼伽井屋がたっており、泉を護る覆屋の正面上部には左甚五郎作といわれる龍の彫刻がほどこされています。

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    三井寺の由来となった霊泉              左甚五郎作と伝わる龍の彫刻

 閼伽井屋から少し上がっていくと霊鐘堂の建物があり中には「 弁慶の引摺り鐘 」が置かれています。伝説によると奈良時代の作といわれる梵鐘は、俵藤太秀郷が三上山の百足退治のお礼に龍宮から持ち帰ったと伝えられ、その後、比叡山との争いで弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げた撞いてみると、イノー、イノー(帰りたい)と響いたので谷底に投げ捨ててしまったと伝えられています。その先にたっている禅寺風の建物は高麗版一切経を納める一切経蔵で、戦国大名・毛利輝元から寄進されたといいます。

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    弁慶の引摺り鐘                     一切経蔵

 そして今回特別に公開されている智証大師坐像(御骨大師、中尊大師)、黄不動尊立像を拝見するために唐院に。唐院は智証大師の御廟を中心とする一郭の総称で、智証大師の法脈を伝える道場として重要かつ神聖な場所とのこと。灯籠が並び、石垣が積まれた参道から四脚門を入ると密教を伝承する道場の灌頂堂、智証大師坐像、黄不動尊立像を祀る大師堂、三重塔の伽藍が建ち並んでいます。この一郭には凛とし多空気が流れているような・・・

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    唐院の参道                      国宝の智証大師坐像が安置されている大師堂

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    灌頂堂                           三重塔

 特別公開されている大師堂に入り、智証大師坐像と黄不動尊立像を拝観。平安時代の作である坐像にほどこされた色彩も残り、見つめていると身が引き締まってくるような気高さを感じます。

 境内は紅葉が進み鮮やかさを増した風景にになっているのに、山に近いせいかそれとも大寺の風格がそうさせているのかどことなくひんやりとした空気が漂ってきます。そこに突然現れたPRキャラクターの「 べんべん 」クン、ほら貝を手に参拝者に愛嬌を振りまいてくれました。

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     べんべんクン                      湖国十一面観音音霊場札所の微妙寺

 西国三十三箇所霊場や神仏霊場など多くの札所のある三井寺のなかのひとつ微妙寺は湖国十一面観音霊場の一番札所になっています。現在十一面観音立像は向かいに開館した三井寺文化財収納庫に展示されていました。

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    毘沙門堂                         西国三十三カ所札所の観音堂

 木立が茂る中でひときわ鮮やかな極彩色に塗られた優美な毘沙門堂、その先の石段を上がると西国三十三カ所札所の観音堂があります。後三条天皇の病気平癒を祈願して創建されたと伝わる観音堂の本尊は如意輪観音坐像で、今年は特別公開になっています。右膝をたてて、両足裏を重ね合わせた座り方をされた観音様はなんとも慈悲深く優美で見ているだけで心が安らいできます。琵琶湖や大津の町並みを眺望することのできる境内には観音堂を中心に観月舞台、百体堂、鐘楼、絵馬堂などの諸堂が立ち並び、四季を問わず観音詣でに訪れる訪れる人でにぎわっているところです。

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 広大な三井寺の山内には他にも薬師如来をまつる水観寺、鬼子母神を祀る護法善神堂や行者堂などがたっています。

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    水観寺                          護法善神堂

 文化財の多い三井寺において、本堂に隣接する光浄院客殿、唐院に隣接する勧学院客殿はともに国宝で、狩野派の障壁画で飾られ華麗な桃山文化を見ることができます。庭と調和した日本建築は海外の評価も高いといわれています。

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    光浄院                          勧学院

 度重なる戦火に見舞われ焼失した三井寺は徳川家康や北政所などによって復興され、山内には今も桃山時代の建築美を誇る堂塔に子院、多くの国宝、重要文化財の寺宝、名園が残されていて、歴史を訪ねるとともに高台からの琵琶湖や大津の町並みの眺望、そして疏水の桜、新緑、紅葉と四季折々の風景に出会えるお寺です。

雨宝院(うほういん) ~ 西陣の聖天さん ~

 京都の街の表通り歩いているとふと路地が目に入り、その路地に足をふみれるとひっそりと佇んでいる寺社が数多くあります。織物の町・西陣の地、上京区智恵光院通上立売上ル聖天町にある 雨宝院 (うほういん) も 西陣聖天 と呼ばれ地元の人になじみ深いお寺のひとつです。地元の人に『 花の寺 』と呼ばれ親しまれている雨宝院は、平安初期、嵯峨天皇が病気になった時、弘法大師が天皇の等身大の歓喜天像をつくって祈願すると平癒され、その功績により大師は天皇の別荘であった時雨亭を賜り、開基として雨宝堂(大聖歓喜寺)としたことが始まりと伝えられています。

 智恵光院通から上立売通を西に入ると西陣聖天、大聖歓喜天、大聖不動明王などと書かれた提灯がかけられた山門が右手に立っています。

    雨宝院1

 山門を入ると色づき始めた樹木に覆われた境内があり、その中に幾つものお堂が軒を並べて建てられています。

    雨宝院8

 本堂に歓喜天(聖天)像が、藤原初期の作といわれる千手観音立像は観音堂に、大師堂には阿吽あせかき弘法大師像が安置され、大黒天、弁財天、庚申堂・・・様々な仏様、神様が入り混じった境内はかなりにぎやかな空気が流れていました。

  雨宝院3  雨宝院4
     本堂                            観音堂

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     大師堂                          弁財天

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     不動明王                         庚申堂・大黒天

 隠れた桜の名所といわれる境内では本堂前に八重咲きの『歓喜桜』、黄緑色の花をつける珍しい『御衣黄桜』があり、春には訪れる人を楽しませてくれることでしょう。また久邇宮朝彦親王が参拝した際ににわか雨をしのいだ松の木も『時雨の松』と呼ばれ、境内の一角に。紅葉の始まったばかりの京都で立ち寄った雨宝院、いいお寺でした 
 

美山町散策 ~ 日本の原風景を残すかやぶきの里 ~

 京都府南丹市美山町は京都府のほぼ中央に位置する山里。由良川の源流である美山川が町の中央を流れ、その川沿いに昔ながらの かやぶき民家 が残り、日本の原風景をとどめるのどかな田園風景が広がっています。なかでも多くのかやぶき民家が残る北集落はその風景を後世に伝えたいということから国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

   美山1
      清流で鮎が有名な美山川(由良川)

   美山2
      重要伝統的建造物群保存地区 美山かやぶきの里

 美山川沿いから眺めるかやぶきの里の風景は日本人のみならず多くの外国人も訪れることで知られ、この日もアジア系欧米系の人たちを見受けました。
 
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      心を癒やすかやぶきの里の風景

 北集落の入口には目印のように昔懐かしいポスト、その先にはお地蔵さんが・・・
 
   美山4

 少し上り坂になった道を上がり振り返ると、昔話に登場するような素朴な風景が目の前に広がりあちこちから歓喜の声が聞こえました。苔に覆われた茅葺きの屋根、風に揺れるススキの穂、赤く色づいた柿の実、ゆったりと流れる時間・・・すべてが優しく心が穏やかになってくる山里がそこにはありました。

   美山5
      絨毯のような苔に覆われた茅葺き屋根

 歩いているうちに目についた小さな小屋、これは類焼防止のため全戸に設置された放水銃で、春と秋に点検の一斉放水が行われるとのこと。何度も目にしたことのあるかやぶきの里に水が放たれる美しい光景はここにあったのです 

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      全戸に設置されている放水銃

 昔の生活用品や道具を展示した民俗資料館やかやぶき民家を利用した民宿、喫茶、土産店などを廻りながらすごした かやぶきの里 はどこか懐かしくはじめてとは思えないような風景に出会えるところでした。

 北集落から少し西の方に足をのばして島集落に。ここにはかやぶき民家を再利用した美術館と郷土資料館があります。

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     美山かやぶき美術館                  美山郷土資料館

 築150年の入母屋造りのかやぶきの民家を改築したという美術館はモダンでありながら温かみのある雰囲気を漂わせて、硝子戸の縁側にはいつまでも座っていられるような心地よさでした。

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 秋晴れに恵まれた美山の散策はただひたすらのんびりとそして忘れかけていた日本の原風景に出会えた心の癒されたひと時でした。

      

常照皇寺 ~ 悲運の天皇が開山された花の寺 ~

 紅葉の名所、高雄から周山街道を北上すると道の両側には真っすぐに天に向かって伸びる杉の山が続き、あたりには芳しい杉の香りが漂ってきます。北山杉の里、中川は川端康成の『古都』の舞台となったところ。美しい杉の山を過ぎるとのどかな山里が広がってきます。京都市右京区京北井戸町、この山里の一角に動乱の歴史に巻き込まれた悲運な天皇が開山された禅寺 常照皇寺 があります。南北朝時代、北朝の初代光厳天皇は元弘の乱ののち、皇位につきますが建武の中興で廃位させられるが、新政が二年半で崩壊し、上皇として復活される。しかし、足利氏の内紛によりまたしても幽閉の身となられた。動乱の世に身をさらされた上皇は夢窓疎石を崇敬されて禅宗に帰依し、いっさいの俗世からのがれ最後の地として選ばれたここに開創されたのが常照皇寺です。

  山門から一直線に伸びた参道はゆるやかな坂道で、人気のない参道には少し葉の色を染めたモミジが秋の気配を漂させて・・・

  常照皇寺1  常照皇寺2
    山門                            参道

 坂道を登りつめると勅額門がひっそりと参道を見守るかのようにように立っています。

  常照皇寺3  常照皇寺4
    勅額門                           桓武天皇御宸筆の表札

 門をくぐると右手に碧潭池が広がり、石垣の上には門を閉ざした勅使門が。

  常照皇寺5  常照皇寺6
    碧潭池                           勅使門

 石垣に沿って左側の入口から中に入ると鐘楼があり、その先に庫裏、書院、方丈、開山堂(怡雲庵)が並んで建っています。

  常照皇寺7  常照皇寺8
    鐘楼                             庫裏

 庫裏を入り、書院、そして襖や障子が開け放たれた方丈には明るい日差しが入り込み心地よい風が吹き抜けていきます。方丈の前にはあまりの美しさに後水尾天皇が車を戻してごらんになった所から「 御車返しの桜 」と呼ばれる名桜が苔の上に大きな幹を広げ葉を揺らしていました。

   常照皇寺9
     方丈

  常照皇寺11  常照皇寺12
    御車返しの桜                      方丈前の木漏れ日  

   常照皇寺10
     方丈から開山堂にかけて広がる庭園

 方丈から開山堂へは庭を見ながら禅定池の上を橋回廊を渡って行きます。光厳天皇の木像が安置されている開山堂の床は敷瓦で作られていて、歩くたびにカタカタと静寂な堂内に響きひんやりとした冷たさが足元に漂ってくるような・・・ 

   常照皇寺14
     光厳上場の木像が安置されている開山堂(怡雲庵)

 開山堂の前には国の天然記念物に指定されているしだれ桜の「 九重桜 」、御所から株分けされた「 左近の桜 」があり、花のシーズンには多くの人が見物に訪れ賑わいをみせるそうですが、紅葉前でもあるこの日は人影もまばらでそこには端正で静かなお寺の姿がありました。

   常照皇寺13
     九重桜と左近の桜が植えられた境内

 このお寺を開かれた光厳上皇は、二年あまりで崩御され境内である背面の山に御廟がつくられ自らが開山された常照皇寺を静かに見つめておられるのでは・・・

   常照皇寺15
     光厳上皇の御廟

 静かなお寺を望んではいるものの、名木といわれる桜には是非一度お目にかかってみたい  人込みを覚悟の上で春に再訪することを誓って常照皇寺を後にしました。
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