鞍馬寺と由岐神社 ~ 義経伝説の息づく鞍馬の深山幽谷 ~

 京の北方、鞍馬山の山中にある 鞍馬寺 は平安京の北にあたることから 王城鎮護の寺 として古くから崇拝を集め、参道の中にある 由岐神社 は鞍馬寺の鎮守社で、この地から京都における 義経伝説 が始まる。

 鞍馬寺 は宝亀元年(770)に鑑真和上の高弟鑑禎上人が霊夢に導かれ、毘沙門天をこの地に祀ったのに由来し、延暦15年(796)に藤原伊勢人が伽藍を建立、千手観音も合わせて祀って北方鎮護の道場にしたという。宗派は法相宗、真言宗、天台宗と改宗されたが、昭和22年(1947)に 鞍馬弘教 を開宗してその総本山となり、毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王天の三尊を三身一体として尊天(本尊)としている。

 叡山電鉄・鞍馬線の終点鞍馬駅の改札を出ると、大きな天狗が出迎えてくれる。

           鞍馬寺1 鞍馬駅のシンボル天狗さま

 名物の木の芽煮の香が漂う土産物店の並ぶ道を行くと、石段の上に朱塗りの楼門が見えてくる。

                    仁王門 鞍馬寺2

 これが鞍馬寺の仁王門で、ここから本堂までの険しい山道がはじまる。ケーブルカーで多宝塔まで登ることもできるが、清少納言が『枕草子』 の 「近うて遠きもの」 の中で 「鞍馬のつづらをりといふ道」 と記した九十九折参道を上ってみることに

 仁王門から参道を10分程上ると、由岐神社 がある。京都三大奇祭のひとつに数えられる『鞍馬の火祭』は氏子が松明を担いで練り歩き、神輿を御旅所へ渡御する由岐神社の例祭で、毎年10月22日に行われる。鞍馬山の斜面に沿って建てられた拝殿は 割拝殿 と呼ばれ、中央に通路を設けた珍しい形式をしていて、拝殿の左右は神楽の舞台のような造りになっている。

   鞍馬寺3
                       豊臣秀頼が再建した珍しい割拝殿

 拝殿を抜けると『願かけ杉』とよばれる巨木の杉が訪れる人を見守っているかのようにそびえ、石段を上り切ったところに本殿がある。

           鞍馬寺4 参道の『願かけ杉』

 本殿の近くには古木に覆われた中に義経公供養塔が立っているが、ここは牛若丸と呼ばれていた7才から10年間住んだ東光坊跡といわれる。

    東光坊の跡にたつ義経公供養塔 鞍馬寺5

 九十九折の参道は杉木立に囲まれ、昼なお薄暗く真夏でもひんやりとした空気が漂い、今にも木の上から天狗が飛び降りてきそうで不気味な雰囲気がする。ところどころで射し込んでくる木漏れ日にほっとするような・・・

   鞍馬寺6  鞍馬寺7
              新緑の頃の参道                          紅葉の頃の参道

 中門を過ぎ、ようやく辿り着いた本殿金堂は標高410mの山の中腹にあり、見晴らしの良い境内からは遥か彼方まで見渡せる素晴らしい山並みを堪能することができる。境内に併設されている鞍馬山霊宝殿では国宝の毘沙門天や仏像を拝観できるほかに、大自然の宝庫である鞍馬山の自然を見ることができる。

           鞍馬寺8 本殿金堂

 霊宝殿の脇の寄贈され移築された与謝野晶子の書斎を過ぎて、鞍馬寺の奥の院魔王殿に向かう。

 「冬柏亭」と呼ばれる与謝野晶子の書斎 鞍馬寺9

 奥の院魔王殿に至る道には牛若丸のいくつもの修行の跡を見ることができる。『義経息継ぎ水』は東光坊から奥の院への修行に通う途中、この清水を汲んでのどの渇きをうるおしたと伝わり、岩盤が固く地下に根を張れない杉の根が張り出した『木の根道』は天狗と兵法の稽古をしたところと伝わる。

           鞍馬寺10 義経息つぎの水

   鞍馬寺14  鞍馬寺15
                         杉の大木の根が露出して造られた木の根道

 木の根道には千年近い樹齢といわれる『大杉権現』、ひっそりとたたずむ『義経堂』、『僧正ガ谷不動堂』がある。奥州衣川で無念の最期を遂げたのち、魂は鞍馬山に戻ったといわれ、義経公は護法魔王尊の脇侍『遮那王尊』としてこの『義経堂』で祀られている。『僧正ガ谷不動堂』は謡曲の鞍馬天狗が牛若丸とであったといわれるところ。

   鞍馬寺13  鞍馬寺12
                  義経堂                            僧正ガ谷不動堂

 さらに鬱蒼とした木の根道を行くと、森の中に見えてくる建物が鞍馬寺の奥の院『魔王殿』である。『魔王殿』には650年前、人類を救済するために金星からやってきたと伝わる護法魔王尊が祀られている。

                奥の院魔王殿 鞍馬寺16

 山の中にある魔王殿は霊気に包まれて神秘的で神々しい。杉木立の間から差し込む光、時折耳にする鳥のさえずりも心地よく、身も心も洗われるような気持ちになってくる。
 義経が天狗と暮らしたといわれる鞍馬山中は自然いっぱいの所でした。
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五個荘金堂を巡る 2 ~ 歴史ある社寺を歩く ~

 滋賀県東近江市五個荘金堂の町を東西に通る『 祭・馬場通り 』に巨石の石垣に囲まれ、樹齢数百年を数える杉が茂る森がある。その鎮守の森の中にある神社が高皇産霊神や菅原道真公を祀る 大城神社 由来によれば、推古天皇の御代厩戸皇子(聖徳太子)がこの地に金堂寺を建立され、その護法鎮護の為に創建されたのが始まりであるとのこと。その後、観音寺城の五寅の方角(北東の鬼門)にあたり、近江の守護職佐々木氏の守護神として信仰されたという。

    五個荘7
                    大城神社の前にある道幅の広い『祭・馬場通り』  

 『祭・馬場通り』に面して立っている近江商人・外村市兵衛氏から寄進された石の大きな鳥居を入ると、荘厳な雰囲気が漂う境内に拝殿、本殿、絵馬堂、社務所、曳山庫などが建っている。梅雨空と高い木々に覆われた静かな境内に実も心も引き締まってくる・・・

   五個荘8  五個荘9
      
   五個荘10  五個荘11

 静寂な神域を後に神社の前から一直線に通る『祭・馬場通り』を西に進むと 金堂 の始まりと伝えられている 安福寺 があり、境内に本堂の建物が残っている。

           五個荘5 安福寺の本堂

 安福寺から鯉の泳ぐ水路に沿って通る道が『 寺前・鯉通り 』である。
  
    五個荘3

 『寺前・鯉通り』と『祭・馬場通り』の角に建っている 浄栄寺 で、聖徳太子がこの地を訪れた際、不動坊という僧とともに大きな金堂を建て、これにより村の名を金堂としたといわれる。この時聖徳太子と行動をともにした不動坊は金堂を造った後にここを去り、、不動坊は不動明王の化身とされた。この不動明王を祀るために不動院を建立したという。その後、不動院は朽ちて無くなり、宝治元年(1247)に浄栄法師が寺院を再興して浄栄寺にしたという。

                    浄栄寺 五個荘4

 浄栄寺に並んで大きな屋根の建物と鯉の泳ぐ水路に沿って楼閣ある寺が 弘誓寺(ぐせいじ) である。弘誓寺は那須与一の孫・愚咄坊(ぐとつぼう)の開基といわれ、江戸時代には末寺を25カ寺を持つ中本山だったという。那須与一に由来した瓦に扇の紋の入った表門を入ると、宝暦14年に完成したという大屋根の本堂が迎えてくれる。時代を代表する荘厳な本堂は比叡山延暦寺の根本中堂に続いて滋賀県下2番目の大きさを誇り、国の重要文化財になっている。 

           五個荘1 扇の紋の付いた瓦のある表門
  
            大屋根が目印の本堂 五個荘2

 近江商人ののふる里・五個荘は、白壁・舟板張りの土蔵、風情豊かな町並みが残りロケ地として使われることも多い。

 ひっそりとたたずむ蔵や屋敷は日本の原風景をみているようで懐かしく、セピア色の町は優しく心を癒やしてくれる・・・
 時代をタイムスリップしたような五個荘は心のふる里かもしれない。
            

五個荘金堂を巡る 1  ~ 白壁と舟板塀の土蔵の続く近江商人のふる里 ~

 滋賀県東近江市 五個荘 は 日野、 近江八幡 とともに 近江商人 を多く輩出したところで知られる町である。近江商人とは近江を本宅・本店とし、他国へ行商した商人の総称で、個別には、日野商人、八幡商人、そして五個荘商人等と地域名で呼ばれていた。五個荘はその五個荘商人のふる里で、五個荘の真ん中にある金堂地区は、陣屋と社寺を中心に形成された農村集落と近江商人が築いた意匠の優れた歴史的景観を保存しているとして、国の 重要伝統的建造物群保存地区 に選定されている。町の中は集落の南北に通る『 寺前・鯉通り 』、東西に通る『 祭・ 馬場通 』の主要街路に沿って商人本宅が立ち並ぶ。近江商人の本宅は広大な敷地を舟板塀で囲み、二階建ての主屋を中心に離れや土蔵、納屋を建て池や築山を配した日本庭園を持つのが特徴で、雄壮豪華な大邸宅ではなく質素倹約を旨とし、『 売り手よし買い手よし世間よし 』の 三方よし の精神を受け継ぐものという。

    五個荘6
                      寺前・鯉通りにある白壁・舟板塀の商人本宅

 五個荘ではいくつかの近江商人屋敷が公開されている。湖国の生んだ作家外村繁の生家でもそのひとつで、明治40年(1907)に呉服木綿問屋外村家の三男として生まれた外村繁は、大学在学中に梶井基次郎や中谷孝雄らと同人雑誌『青空』を創刊し文学を志すも、父の死により家業を継ぐが数年後、弟に家業を託し上京、再び作家活動に入ったという。屋敷の蔵の中には外村繁に関する資料や書籍などが展示されていている。

           五個荘13 外村繁邸

 座敷の前の庭先に一風かわった目の開いた狸の焼き物が据えられているが、これは蔵や家を守るための守護狸で、大きくくり抜かれた二つの目は『 社会情勢を見通せる人になるように 』との教訓を与えて置かれたものという。
 
  五個荘15   五個荘16
       蔵と座敷に面した日本庭園                     くり抜かれた目がかわいい守護狸 

 また屋敷内の一角には『 川戸 』と呼ばれる水路を引き込んだ屋根つきの洗い場があるが、これは生活用水として使用されているほか、防火用水や魚も飼うことためにも使われるとか。

            屋敷内にある『川戸』 五個荘14

    五個荘19
                      公開されている商人屋敷が並ぶ花筏通り

 外村繁邸と花筏通りを挟んだ向かい側には外村宇兵衛家の屋敷がある。外村宇兵衛は明治時代の全国長者番付にも名を連ねるなど近江を代表する豪商であったといい、屋敷は家業の隆盛とともに新増築を重ね主屋、納屋、蔵、書院、大工f小屋など十数棟がたてられていたという。屋敷は伝統家屋博物館として生活用品や商家の調度品などが展示され、五個荘商人本家の生活文化を垣間見ることができる。

  五個荘17   五個荘18
                                 外村宇兵衛邸

 外村宇兵衛邸の先に公開されている屋敷は、明治から昭和初期にかけけて朝鮮半島や中国大陸に多くの店舗を構え『 百貨店王 』といわれた『 三中井商店 』の五男・中江準五郎邸がある。近江商人の本宅の典型として整備された屋敷には五個荘の伝統的な土人形の小幡人形や日本各地の土人形が展示されていてその愛らしさにこころが和む・・・

           五個荘20 中江準五郎邸の池泉回遊式の庭

 また五個荘では毎年『 商家に伝わるひな人形めぐり 』というイベントがあり、公開されている近江商人屋敷では御殿雛など家宝のひな人形をはじめ、江戸から平成までのお雛様を一同に展示される。滋賀県特産の近江上布を着せた創作人形などの珍しいものも見ることができる。

  五個荘21   五個荘22
                           白壁の屋敷や蔵が並ぶ五個荘金堂

 町を散策しているとあきんど通りの一角に珍しい門のある寺がある。五個荘金堂は江戸時代大和郡山藩領のひとつで、近江国内に多くの領地を有していた郡山藩は、飛地支配のために金堂に陣屋を置いていた。陣屋の向かいにあった勝徳寺は大和郡山藩柳沢家の供養堂であったことから、明治の廃藩置県後、陣屋の長屋門を移築されたと伝わっている。門の扉には柳沢家の紋所・四つ花菱があり、名残を見ることができる。

            五個荘23 あきんど通り

  陣屋から移築された門のある勝徳寺 五個荘24 

大蓮寺 ~ はすの花に包まれた観音霊場 ~

 霊場巡りのひとつ 洛陽三十三観音 は広域で巡礼が困難な 西国三十三観音霊場 に代わるものとして、平安時代末期に後白河天皇によって定められたことが起源となっているが、一時中断され、2005年に復活された霊場巡りである。京都市左京区東山二条にある 大蓮寺 も平成の復興においてその札所となった寺院である。
 伝承によると開山された深誉上人が伏見の町を歩いていたとき、荒れ果てたお堂に金色に輝く阿弥陀如来を見つけたが、誰も供養する者のいないことに心を痛め、慶長5年(1600)に 大蓮寺 を建立してこの阿弥陀如来を安置した。その後この阿弥陀如来が慈覚大師作のといわれる真如堂の本尊阿弥陀如来であることがわかり、返還するよう命じられた。残念に思った深誉上人は二十一日間念仏を称え続けていると、成満の朝に阿弥陀如来像が二体に分かれていた。そこで真如堂と大蓮寺で一体ずつ安置することになった。その阿弥陀如来は安産にご利益がある仏様で、後光明天皇が寺に夫人の安産祈願を命じたことから『 安産祈願の寺 』として信仰を集めるようになったという。

           大蓮寺1

 安産祈願の旗がたなびく山門に洛陽第八番観音霊場の札とユーモラスな『 走り坊さん 』の画がかかげられている。

     大蓮寺2

 『 走り坊さん 』とは明治から大正にかけてお寺に訪ねるのが困難な妊婦さんのため、安産のお札を京都中走りながら宅配しという大蓮寺18世旗玄教のことで、托鉢をしては貧民に施ししたので『 今一休 』と呼ばれていた。お寺には健脚で知られていた僧にあやかり、足腰健常の御守りが置かれている。

 山門を入ると境内一面に花はすの鉢が並べられ、寺名のような大輪の花が見事に咲いている。真夏の太陽の下で天に向かって咲く大輪の花はなぜか神秘的に感じる・・・仏像の台座の蓮華模様といい、はすの花を持つ観音さまといい、はすは仏教とのかかわりが深い花でお寺に良く似合う。

     大蓮寺4

  大蓮寺5  大蓮寺6

 はすの花を前に本堂があり、『 あんさん阿弥陀 』の石柱がある。 

    大蓮寺3

 また、本堂の前に礎石が置かれているが、これは平安時代から室町時代に白河にあった六勝寺のひとつ 法勝寺 の礎石という。

                          大蓮寺7

 はすの花が最盛期を迎えるこの季節に一度は訪ねてみたい寺院です。

護浄院(清荒神) ~ 日本最初の火除けの本尊を祀る寺 ~ 

 京都市内を流れる鴨川にかかる橋のひとつに荒神橋がある。この橋の付近は白川通を経て近江に通じる『京の七口』のひとつで吉田口、志賀道口とよばれていた。荒神口と呼ばれるようになったのは橋の西方に寺が移ってきてからのようだ。その寺が通称 清荒神 と呼ばれる 護浄院 である。本尊である 三宝大荒神尊 は『火の用心』『災難除け』にご利益があるとされ、人々の信仰を集めている。
 お寺の由緒によると護浄院の開基は宝亀3年(772)に光仁天皇の皇子・開成皇子が仏門に帰依し、摂津勝尾寺で修行中に感得され、自ら模刻した荒神尊を清師に祀ったことがはじまりという。室町時代に京都高辻堀川の東に荒神尊を遷座、慶長5年(1600)に現在の地に移ったという。

           護浄院1

                          護浄院2

           護浄院3

 門を入ると横に長い本堂の建物がある。堂内には福禄寿、准胝観世音、不動明尊、延命地蔵、大歓喜天、薬師如来が安置されているがこれらの仏像の多くは御所の内に安置されていたもので、東京遷都の折にこの寺に移されたものという。中でも福禄寿は『京の七福神』、准胝観世音は洛陽三十三観音のひとつになっている.。

    護浄院4 
           
    准胝観音が祀られている観音堂 護浄院5

 本堂の向かいの鳥居を入ると『無垢の井』と呼ばれる清浄水の湧く井戸があり、三宝大荒神堂がある。

           護浄院7

    護浄院8

                          護浄院6

 護浄院は代々の天皇の勅命により鎮護国家、玉体安穏を祈願するために建立された勅願寺で、境内には光格天皇の胞衣塚や浄蔵護摩修練の跡などがある。

廬山寺(ろざんじ) ~ 紫式部ゆかりの寺に咲く桔梗 ~

 丸太町通から今出川通に向かって寺町通を歩いていくと京都御苑の白壁の塀の上に緑深い木々が続く。その一角に通りに面して門を開いた 廬山寺 がある。この地にはかつて 紫式部の邸宅 があり、源氏物語 はここで執筆されたといわれる。廬山寺は正式には 廬山天台講寺 という天台系圓浄宗の大本山で、慈恵大師良源(元三大師)が天慶年間(938~47)に北山に創建した與願金剛院にはじまるり、応仁の乱、信長の比叡山焼き討ちにも遭遇したが、天正元年(1573)に正親町天皇の勅命を受けこの紫式部の邸宅址に移転されたという。

 寺町通から門の奥にみえる建物は開山の元三大師を祀る元三大師堂である。 大師堂には本尊の元三大師像とともに毘沙門天像、薬師如来像、不動明王像などが安置されているが、中でも毘沙門天は『京都七福神』のひとつになっていている。

           廬山寺1

 また廬山寺は2月3日の節分会に行われる『 鬼の法楽(鬼おどり) 』でも知られている。これは開祖の元三大師が宮中において300日の護摩祈祷おこなったおり、悪鬼を追放させた故事にちなんでいるといい、大師堂の前に造られた舞台に剣や斧を持って登場する赤、青、黒の三鬼を護摩火と紅白の豆と餅で退散させて、開運をはかり、新しい節を迎えるという法会行事で、多くの人々で賑わう京の冬の代表的行事になっている。

   廬山寺2  廬山寺3
         元三大師堂                             大師堂の表で参拝者を迎える元三大師の木像

 大師堂の奥にある本堂は仙洞御所よりの移築といわれ、阿弥陀三尊像が安置されている。本堂の前には紫式部にちなんだ 源氏の庭 がある。白砂と緑濃い苔の庭には秋の七草のひとつキキョウが植えられている。秋の七草でありながらキキョウは6月下旬から咲き出し、8月から9月頃までと花期が長い。白砂がひきつめられた庭に雲をかたどったような苔が散らばり、その上に凛としてたたずむキキョウの紫は気高く美しい・・・紫式部が描いた平安の雅が偲ばれる。

     廬山寺5
            雲をかたどったような苔の中に咲く桔梗

   廬山寺7  廬山寺6
      凛とし多姿たたずむ桔梗に・・・                  苔の中には『紫式部邸宅址』と石碑が・・・ 

 そして本堂の裏庭にも季節の花がひっそりと咲いている。

   廬山寺8  廬山寺9
      コバルトブルーが眩しい紫陽花                  池を覆うように葉を広げたギボウシ                 
 街の中にありながら廬山寺の境内は静寂さに包まれている。真夏のひと時、時折肌をかすめる風を感じながら眺める庭は身も心もすがすがしく感じる・・・
 洛陽三十三所観音霊場の札所でもある廬山寺、機会があれば是非訪れて頂きたい。         
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