法金剛院 ~ 待賢門院ゆかりの蓮の寺 ~

 関西花の寺第13番霊場 で知られる 法金剛院 は JR嵯峨野線・花園駅から西に少し行ったところにある 律宗・唐招提寺 に属している。この寺は平安時代の初め右大臣清原夏野が山荘として建て、死後、寺として双丘寺(ならびがおかてら)と称したことに由来する。次いで、文徳天皇が大伽藍を建て天安寺とされた。現在の 法金剛院 となるのは、平安時代末、鳥羽天皇の中宮で後白河、崇徳天皇の生母 待賢門院 が天安寺を復興されたときである。

     法金剛院・表門 山門

             中門 法金剛院・中門

 中門から参道を進むと目の前に苑池が広がり、蓮の寺と云われるように池一面、蓮の葉で覆われていた。花の見ごろである7月上旬あから8月にかけては早朝から多くの人が開門を待っているとのこと 

     法金剛院・苑池 蓮で覆われた苑池

 境内にもたくさんの種類の蓮鉢が並べられ訪れる人の目を楽しませてくれる。花の時期を過ぎた今は最後の蕾が鉢の中で出番を待っていた。

     鉢の植えられた蓮の花 法金剛院・蓮

 池のほとりを行くと礼堂、仏殿があり、仏殿には本尊・阿弥陀如来が置かれている。平安時代の作で蓮弁には豪華な彫刻がほどこされ、藤原仏を代表する丈六阿弥陀如来という。まじかで見ることができて、温かみのあるこの仏像は何度見ても心が穏やかになる優しい仏像に思える。他にも珍しい僧形の文殊菩薩、坐像の十一面観世音菩薩など寺宝が置かれている。

  法金剛院・礼堂と仏殿

 また仏殿の奥には地蔵堂があり、ガラス越しではあるが地蔵菩薩を見ることができる。

        法金剛院・地蔵堂

  四季折々の花で彩られた庭園は待賢門院が極楽浄土として造園させた「 池泉廻遊式浄土庭園 」で、西行はじめ多くの歌人がこの庭園の歌を残している。

 西行は待賢門院を深く思慕していたといわれ、かなわぬ恋を
      なんとなく 芹と聞くこそ あわれなれ 摘みけん人の 心知られて
 待賢門院が亡くなった際には
      紅葉みて 君が袂や しぐるらむ 昔の秋の 色をしたひて
を残しているという。

 また池の北側の「 青女の滝(せいじょのたき)」は巨岩を並べた雄大なもので名滝として知られている。またこの滝の前にはミズヒキソウが群生しており、初秋の頃になると茎の先の細長い枝に付いた赤と白の小さな花を風に揺れる風情ある光景を目にすることができる。
  
   法金剛院・青女の滝 青女の滝

 五位山を背にした庭園は蝉の声が響き渡り緑の木々から通り抜ける風にほんの少しだけ初秋を感じる・・・
 静かな園内はまさに別天地・・・

   岩肌に並んだお地蔵さん 法金剛院・お地蔵さん
    
   法金剛院・庭園 出番を待つモミジ

      木々に囲まれた庭園 法金剛院・庭園

 門の外には電車が走り、さらに交通量の多い道路が走っているのに、一歩中に入るとは五位山を背に広がる苑池を中心に深い緑に囲まれた法金剛院は、春の待賢門院桜と呼ばれる枝垂れ桜に始まり、花菖蒲、アジサイ、蓮、紅葉、山茶花に椿と一年中何かの花にめぐり合うことができる花の寺。極楽浄土を模したという浄土の庭を、五位山にある御陵から待賢門院はどんな思いで眺めているのだろうか・・・この静かな庭でゆったりとした一日を過ごしてみたいと思う。

 花データ 

 ミズヒキソウ タデ科 多年草
       
  花穂の姿を水引に例えてこの名で呼ばれる。花期は8月から10月、日本全土に分布し日陰になるような場所を好む。生け花の花材や茶花としても使われる。
                           
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大雲院 ~ 京の町を一望できる祇園閣 ~

 円山公園の南西に「 祇園祭 」の山鉾に似た高閣がそびえているが、この 祇園閣 が境内に建てられているのが 大雲院 である。通常は非公開であるこの寺院は期間限定で公開される。

 大雲院 の歴史は天正15年(1587)に正親町天皇の勅命により織田信長、信忠親子の菩提を弔うために、貞安上人を開山として御池御所に建てられ、信忠公の法名に因み 大雲院 と名づけられたという。その後、寺域が狭まり豊臣秀吉が寺町四条に移し、さらに商業繁華になったため 祇園閣 のある真葛ケ原に移転し現在に至っている。

 行楽のシーズンは賑わうこの界隈も真夏の今は通る人もまばら・・・

    大雲院・山門 山門

 山門から参道を行くと鐘楼がある。

                大雲院・参道

    大雲院・鐘楼 桃山時代の鐘楼 

   本堂の外に置かれた涅槃像 大雲院・涅槃像

 この鐘楼は豊臣秀頼が北野天満宮に寄進したものを移築。昭和48年に完成した本堂には阿弥陀如来像が安置背れている。

 そしてこの寺院最大の見どころが本堂の裏にある祇園閣。 この祇園閣は明治から昭和初期にかけて活躍した大倉喜八郎氏が建立したもので、三層からなる高閣は屋根の先端には金鶏が取り付けられ、一層から三層の通路壁面には 中国・敦煌莫高窟 に描かれている壁画を模写したものが描かれている。

            大雲院・祇園閣

 近代建築の傑作といわれる祇園閣からは京の町が一望できる大パノラマが広がる。

  大雲院から八坂の塔 清水、八坂の塔方面

      比叡山、知恩院方面 大雲院から比叡山

 京の町の中からの眺望はなかなか機会がないが、ここは気軽に町並みを一望できるとっておきのスポットです   
   

信州小布施紀行 4 ~ 西證寺 優しい眼差しの鳳凰図 ~

 小布施駅から北西に行ったところにある 西證寺 は特産の栗の畑に囲まれて建つ浄土真宗のお寺。
 資料によると門信徒とともに歩み続けてきたという寺は、明治と大正の火災で多くを焼失、そのたびに門信徒の尽力により再建されたという。石碑のある入口から参道に入ると、大きな桜の木が茂り涼やかな風情を感じさせてくれる。緑美しい参道の先に、唯一火災から焼失を免れたという鐘楼があり、現在も昼と夕方に時を告げる鐘を鳴らされている。訪れた時も丁度、昼時の鐘の音があたりに響き渡っていた。

   西證寺・参道 桜の木が茂る参道

          鐘楼と本堂 西證寺・鐘楼と本堂

 お許しを得て本堂に入れせて頂く。そして目にするのが、外陣の格天井に描かれた花、鳥、達磨、天女など百枚の絵 
 
   西證寺・天井絵

 ご案内頂いた住職ご夫妻によると、日本画家、水墨画家・大瀧巨峰 画伯の門弟の寄贈によるもの。大瀧画伯はこの寺の門徒で、内陣のご本尊の折上天井には画伯が描かれた鳳凰図と天井画がはめ込まれている。そこで門弟の人たちも寄贈を申し出たという。ピンク色をした優しい眼差しで描かれた鳳凰画は、見る方向により表情が異なった見えるので不思議 

   西證寺・鳳凰図

                西證寺・天井絵2

 優しい眼差しの鳳凰の下に安置された阿弥陀如来像に手を合わせ心穏やかな日々を願う・・・

     大瀧画伯作の衝立

  西證てら・衝立  西證寺・衝立2

 今回は4ヵ所のお寺の拝観となったが小布施にはまだ多くの古寺がある。これを機会に四季を通じて花を愛でながら信仰の里小布施を歩いてみたいと思う。

  

信州小布施紀行 3 ~ 玄照寺 三門と日本庭園 ~

 信州小布施の西南部を流れる松川河畔の林の中に静かにたたずむ 玄照寺 は曹洞宗の古刹。杉木立が涼しげな参道を行くと六地蔵尊が迎えてくれる。食い違いの塀を通して風格のある三門の屋根が見えてくる。

   玄照寺・六地蔵尊

                玄照寺

 参道から見るよりも大きく威厳を感じる三門は、寛政11年(1799年)に6年の歳月をかけて完成されたという。

 
   玄照寺・山門

 二層造りで、人物像、龍、唐獅子などの繊細な彫刻がほどこされ、左右には仁王像が安置されている。

             元正寺・山門2 

   玄照寺・回廊  玄照寺・仁王像

 手入れのゆきとどいた境内は静寂の中に蝉の声が響きわたる。

   玄照寺・境内

 正面には大正時代に再建された本堂が・・・中には清凉寺式釈迦如来像が置かれてる。

   玄照寺・本堂

 そしてこの寺も町のオープンガーデンに登録されており、本堂横の日本庭園は池を中心に針葉樹の間に花木が植えられ、自然豊かな庭に心が和んでくる。また、庭園の後ろを時折走りゆく電車が懐かしさを感じさせてくれた。

   玄照寺・日本庭園

  
 

信州小布施紀行 2 ~ 浄光寺 がん封じの寺 ~

 「 雁田の薬師さん 」と呼ばれ地元民の信仰が厚い 浄光寺(じょうこうじ) は岩松院と同じ雁田山のふもとにある真言宗の古刹。がん封じ、良縁成就のパワースポットとしても人気の寺である。

 創建は奈良時代あるいは1069年ともいわれるが、詳細は不明であるが国の重要文化財に指定されている 薬師堂 は1408年に建立されている。

 かの小林一茶はここにも訪れたようで門前の四辻の前には一茶の句碑がたっている。
  
   浄光寺・一茶句碑  山寺や 畳の上の 栗拾ひ
  

 山門の前には現代風なディスプレーが・・・

               浄光寺・境内2

 山門入口には

   浄光寺・境内

 大きな木々の覆われた山門には左右に仁王像が置かれている。この仁王像は紅白になっている 

   浄光寺・山門

                    浄光寺・仁王像

 仁王門をくぐり、石の敷き詰められた参道の奥に目指す薬師堂がある。蝉しぐれが奏でる杉の木立に囲まれた参道にはところどころに石仏がありなかなかの風情・・・

    浄光寺・参道

  浄光寺・参道2  浄光寺・参道3

 薄暗い参道を登りつめると、まばゆい夏の光を浴びた茅葺の薬師堂が建っている。

  浄光寺・薬師堂

 小窓からは本尊の薬師如来と十二神将を拝観することができ、がん封じ、ぼけ封じ、合格祈願とそれぞれのご利益を求めてこの薬師堂を訪れる。いつの時代もお薬師さんは様々な願いを叶えてくれる庶民の味方の頼もしい仏様かもしれません。

信州小布施紀行 1 ~ 岩松院 葛飾北斎ゆかりの寺~

 長野県上高井郡小布施町は 「 北斎と栗の町 」と称される。近年は個人のお宅の庭を解放した オープンガーデン が盛んで季節の花を見学に訪れる 「 花の町 」 として人気の観光スポット。町の中心エリアにある 葛飾北斎 の肉筆画や北斎が描いた天井画を備えた祭屋台を展示した 北斎館 の周辺は沢山の人でにぎわっている。 また、小布施は 信仰の里 でもあり、多くの古寺や石仏が町の中に点在している。今回は小布施の古寺を訪ねることに。

 小布施の古刹で全国的に知られている 岩松院(がんしょういん) は北斎館のある中心エリアから東に行った雁田山の麓にある。この寺の資料によると岩松院は鎌倉時代末の1322年に開山され、開山当時は浄土系の寺のようであったが、その後1472年に曹洞宗に転宗、岩松院と改められたという。しかしその後衰退し、さびれていた寺を再興させたのは関ヶ原の合戦で徳川方に与し、安芸広島の城主となっていた 福島正則 である。徳川幕府の策略によりこの地に流された正則は小布施の治水対策に貢献したといわれ、この岩松院裏手の石垣の上に霊廟が祀らている。

   山門 桜の木の奥に山門が・・

 境内  境内2
                  

       福島正則の霊廟 福島正則の廟
                 
 この寺院の最大の見どころは 「 富嶽三十六景 」や「 北斎漫画 」で知られる 葛飾北斎 が描いた 「 八方睨みの鳳凰図 」 である。北斎は地元の豪商 高井鴻山(たかいこうざん)の招きにより、1842年初めて小布施を訪れ、その後も再三訪れて名画を描いている。本堂の天井に岩絵の具で描かれた鳳凰図は、当時88才の画家が描いた作品とは思えない迫力に満ちていて、唯々感服するばかり  このまばゆいばかりの極彩色の鳳凰図は色あせることなく今も多くの人を圧倒させている。その他本堂には福島正則の遺品、高井鴻山の書などが展示されている。

   本堂 八方睨みの鳳凰図が描かれている本堂

 そして、信州で忘れてならないのが俳人 小林一茶 一茶もまたここ小布施の地に足しげく通い、岩松院にも訪れていたという。

 一茶の句で有名な
  
  痩せがへる まけるな一茶 是にあり

 その句碑が本堂の裏にたてられている。庭の片隅の小さな池には春先に蛙の群れが集まり 蛙合戦 を繰り広げるのだとか。静かな山麓に広がる蛙の合唱はさぞかしにぎやかなことだろうと・・・

   蛙合戦の池 蛙合戦の池


 この寺院も町のオープンガーデンに登録されていて、境内には四季折々の草花や花木が植えられ訪れる人を楽しませてくれる。また霊泉清水が涌く弁天池から雑木林がひろがり散歩道として楽しめ、さらに北の尾根は信州の自然を満喫できる登山やハイキングコースとなり、遠く北信五山を望むこともできるという。

 弁天池清水  雑木林
          弁天池清水                    散策が楽しめる雑木林 


 ~参考データ

 福島正則の墓は彼が創建した京都の 妙心寺塔頭・海福院 にある。ここには「賤ヶ岳戦い」で一番槍として功績をあげた正則の「槍」が保存されている。但し海福院は通常非公開だが特別拝観がある。

   岩松院・海福院

                岩松院・正則の墓


 
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