建仁寺 両足院 ~ 半夏生の寺 ~ 

 栄西禅師により創建された 建仁寺 は京都最初の禅寺として知られ、足利義満によって京都五山の第三位にされた大寺院。山内には塔頭も多くあり 両足院(りょうそくいん) もそのひとつであり、今から650余年前に龍山徳見禅師により創建された。創建当時は「知足院」と称していたが、室町時代の再建にあたり、仏の別号「両足尊」にちなんで「両足院」と称するようになったという。

 山門を入ると白砂と青松の美しい「唐門前庭」が迎えてくれる。

  両足院・山門

                両足院・参道

  両足院2

 石と苔の、松が植えられた方丈前庭を見ながら書院に向かう。
 両足院は庭園の見事なことでも知られていて、書院の前には京都府の「名勝庭園」に指定されている池泉回遊式庭園の大庭園がひろがっている。

  両足院

 池辺には 半夏生 が群生しており、緑の中に白く化粧した葉が梅雨空に映えて美しい。

 両足院・半夏至2  両足院・半夏至

 また池の北側には「水月亭」(左側)と「臨池亭」(右側)のふたつの茶室が並んで建てられている。「水月亭」は織田有楽斎のの茶室・如庵の写しとして建てられた茶室、「臨池亭」は大村梅軒好みの茶室という。茶室でお茶を頂きながら眺める庭園は・・・わびさびの世界はあまりわからないが風情があり優美な空間がなんとも心地良く感じられた。

  両足院・茶室

 期間限定ではあるが、梅雨の頃に目に鮮やかな白と緑の半夏生の葉が美しい庭園を散策し、風情ある茶室でお茶を楽しめる 両足院 はオススメの寺院である。  
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藤森神社 ~ 紫陽花祭 ~

 伏見区深草にある 藤森神社 は平安京遷都以前から祀られている古社である。社伝によると神功皇后が新羅より凱旋後、旗と武器を納めたことがこの神社の始まりという。また「 菖蒲の節句(子供の日)発祥の神社 」として知られ、節句に飾られる武者人形には藤森の神が宿ると伝えられ、菖蒲は尚武に通じ、尚武は勝負に通じると言われ、勝運を呼ぶ神として信仰を集めている。

 奥行きの深かい南参道では5月5日の「 藤森祭 」の駈馬神事の曲乗りが奉納される。

  藤森神社・南門 南参道

 拝殿、本殿と続き、本殿は宮中賢所の建物を賜ったもので、現存する賢所としては最古のものという。

  藤森神社・拝殿 拝殿

             本殿 藤森神社・本殿

 本殿の東には神社の始まりといわれる旗や武器を納めた「 旗塚 」がある。ここにある注連縄をまかれたイチガシは「 いちのきさん 」と親しまれ、お参りすると腰痛が治るといわれ、新撰組隊長の近藤勇も参詣して治癒したと伝えられているそうだ。

  藤森神社・旗塚 旗塚

 旗塚の横にある不二の水は地下100メートルから湧き出る水で、沢山の人が水を汲みに来れていた。

           不二の水 藤森神社。不二の水

 また、本殿の裏側には大将軍社、八幡宮社、祖霊社、七宮社などが祀られている。

 藤森神社・大将軍社  藤森神社・八幡社
    大将軍社                        八幡宮社

 境内を廻り終え見ごろを迎えた紫陽花苑に・・・
藤森神社は紫陽花の名所として知られ「 紫陽花の宮 」とも呼ばれている。境内二か所にある紫陽花苑は6月中旬から7月上旬に紫陽花祭が開かれ、蹴鞠奉納や催しなどが行われ多くの人で賑わう。

  藤森神社・紫陽花苑

                藤森神社・紫陽花苑2

  藤森神社・紫陽花苑3

 紫陽花には雨が似合うが、雨の少ない今年は花もみずみずしさが少ないような気もしたが、それでも季節の風物詩として紫陽花は圧倒的な存在感を漂わせていた。
 

台湾紀行 4 ~ 台湾郊外を巡る 鶯歌・三峡・九份 ~

 台北郊外には MRT(地下鉄)や鉄道、ローカルバスを利用して気軽に行ける個性的な街がたくさんある。今回は台湾最大の陶磁器の街 鴬歌、古き面影を残す 三峡、栄華のロケ地やモデル地として今また脚光を浴びているレトロな風情が漂う 九份 を訪ねた。

 オウムに見える石「 鶯歌石 」があることから名がついたという 鴬歌 は陶磁器の街。歩行者専用の道路の両側には皿や茶器、甕などを売る店が立ち並んでいて、店内をのぞきながらの街の散策は楽しい。

  鶯歌・陶磁老街 ヤシの茂る陶磁老街

      店の前にあふれる甕 鶯歌・陶磁老街2


 三峡 は新時代後半に淡水河の水運を利用し、物資の集散で栄えた町。三峡渓にかかる 長福橋 には台湾らしい造りの休憩所が設けられている。行った時はなかったがここには多くの屋台が並ぶという。

    三峡・長福橋 休憩所

 橋の前方には台湾で最も美しい彫刻を誇るといわれる 清水祖師廟 が見える。この廟は北宋の英雄・陳昭応を祀っているとのこと。

  三峡・清水祖師廟 清水祖師廟

  美しい彫刻がほどこされた天井 三峡・清水祖師廟2

 建物の内部を埋める彫刻に圧倒される・・・
 赤レンガ造りの家屋が並ぶ三角湧老街は清水祖師廟の広場から少し入ったところにある。異国の中に迷い込んだような建物が並んでいるが、ここは日本統治時代に建てられたもの。種物の中には駄菓子、おもちゃ、土産物店やデザートや飲茶などの食べ物の店が並び、まるで縁日のような雰囲気。のどかな時が流れていた。

  三峡・三角涌老街 土産物店として使われている建物 

古き面影が残るレンガつくりの建物 三峡・三角涌老街2


 台北からは東の端になる 九份 は坂道や階段の多い小さな町。もともとは9戸しかなかった小さな集落で、交通が不便なため品物を補充するときに毎回全戸分9セットを買うので九份と名が付いたという。この小さな集落は19世紀末金の採掘が開始されたことに伴い町が発展、日本統治時代に最盛期を迎えた。しかし金鉱が閉山される急激に衰退した。忘れられたこの町は1989年映画「 非情城市 」のロケ地となり再び脚光を浴びるようになった。ノスタルジックな風景に魅せられた若者を中心に多くの人がここを訪れるようになった。

  九份・ロケ地   九份・街の風景
    非情城市のロケ地となったレストラン             レトロな風情が漂う 

 また近年には公式でないようだが 宮崎アニメの「 千と千尋の神隠し 」のモデルにもなったといわれる湯婆婆の家、千尋たちが迷い込み両親が断りもなしに店に並べられた食べ物を食べて豚になった商店街が人気を呼び沢山の人であふれていた。               

  九份・モデル地 湯婆婆の家のモデルといわれる

               人であふれる基山街 九份・基山街

 町の全景がが見渡せる展望台の観海亭からは海が見え、天気の良い日には与那国島がかすんで見えることもあるとか。夜景も美しいこの町はタイムスリップしたようでなつかしいところだった。

 短い時間に駆け足で回った台湾一周は、天気に恵まれ、美しい景色、懐かしい風景、南国の美味しいフルーツあり、飲茶ありの大満足の旅だった。聞いてはいたが確かに台湾の人々は親日家の人が多く、日本語を話す人も珍しくなかった。また機会があればゆっくりと台湾を廻ってみたいと思う。
   

台湾紀行 3 ~ 台北 ~

 台湾随一の大都会・台北。1885年、台湾が中国の台湾省になったと同時に、行政の中心地を台南から台北に移り、1895年の下関条約により日本の植民地統治が開始されると、急速に近代化が進められたという。近代的なビルの間を駆け抜ける単車の数には唯々驚いてしまったが・・・

  台北・風景2 街の風景

     単車であふれる夜の街 台北・風景2

 市内には誰もが一度は訪れるがそのすべてを見るのに8年以上はかかるといわれる 国立故宮博物館、今や台北のシンボルとなっている TAIPEI101 など多くの観光スッポトがある。 中正紀念堂 は故蒋介石を記念して建てられた広大な公園の中にあるモニュメント。しかしこの白亜の巨大建造物は近い将来には取り壊されるのではとのうわさもあるとか 

  台北・中正記念堂 白亜のモニュメント

 信心深い台湾の人々が足しげく参拝する歴史ある廟や寺は、霊験あらたかな神様が祀られているパワースポットになっている。お参りの際は願い事だけでなく、心の中で自分の氏名、住所、生年月日、職業などの自己紹介を忘れずにとのこと。訪れた 龍山寺 は台湾で最も古い仏教寺院で極彩色で彩られた本殿などは庶民からの寄附で建てられたものという。

  台北・龍山寺 台湾最古の龍山寺

 参拝客や観光客でにぎわう本殿 台北・龍山寺2

 また忘れてならないのが毎夜開かれる縁日のような夜市。とくに台北・士林観光夜市は台湾で一番有名な夜市で、規模も大きく見て廻るだけでも楽しい。

 台北・観光夜市2

                台北・観光夜市

 台北・観光夜市3

 ゲームに群がる子供や若者、洋服やアクセサリーに見入る女性、お土産を探す観光客、夕食をする家族連れと様々な人たちであふれている。台北をはじめ台南、高雄、花蓮とあちこちの夜市を訪れたがどこもかしこも楽しかった。

 また丁度週末というめぐりあわせで思いがけず 建国花市 をみることができた。建国南路のガード下で開催される週末限定の市場で観葉植物から苗木、雑貨、食料品など売られている。日本ではあまり見ることのない南国の花や日本でも馴染みのある草花が所狭しと並んでいて、見飽きることなくひとつひとつの店に入ってしまった。台湾では今日本の盆栽も人気があり、小さな入れ物に入った松や楓が棚に沢山並べられていた・

        馴染みある草花 台北・建国花市

  台北・建国花市2 日本の花が・・・

 新しさと古さが入りまっじた台北は楽しい街の印象を残してくれた。               

台湾紀行 2 ~ 高雄~花蓮 ~

 台湾南部最大の都市 高雄 は経済と貿易の都市で、高雄港は巨大なコンテナ船が行きかう。町の西側にある 寿山 からは高雄の街が一望できる。

  鷹尾・高雄港 高雄港

 この寿山の中腹に 高雄忠烈祠 があるが、ここはかつて高雄神社があった場所で忠烈祠に行く途中には大きな鳥居が残されている。

  鷹尾・寿山公園 忠烈祠

 また公園になっている周囲には熱帯三大花木のひとつ 鳳凰木 が見事な花をつけていた。

   朱色の花が印象的な鳳凰木 高雄・鳳凰木

 高雄のシンボルともいえる 左営蓮池潭 は市街地から北に行ったところにあり、ほとりには 龍虎塔春秋閣孔子廟 などが色鮮やかな奇抜な建物が建っている。

  高雄・蓮池潭(龍虎塔) 龍虎塔

            春秋閣 高雄・蓮池潭(春秋閣)

 湖に沿ってはいくつもの廟があり観光客や参拝客でにぎわってた。

  高雄・蓮池潭(慈斎宮) 慈済宮

 高雄からさらに南下、中央山脈の南端を横断して台湾東部の町へ。夏の光を受けた太平洋が眩しくそして雄大さを感じながら 台東 へ・・・台東からは花蓮まで 花東公路(海線)と呼ばれる公路が海岸に沿って走っている。この辺りは風光明敏なリゾート地で洋風な民宿などが多く点在している。中でも 三仙台 は日本統治時代から景勝地として知られる珊瑚礁の海岸。3人の仙人が休んだといわれる島には 八箋橋 で渡ることができ、青く澄んだ海には珊瑚の姿が見えてリゾート気分を楽しむこともできる。

  三仙台 
         珊瑚礁の海岸が広がる三仙台

            八撰橋 三仙大(八仙橋)

  三仙台(民族舞踊) 原住民族(アミ族)の民族舞踊

 花東公路(海線)をさらに北上すると台湾を代表する景勝地・太魯閣渓谷がある。険しい断崖はかつて珊瑚礁の海底が隆起してできたもので、その石質は大理石からなる。ここからは大理石を侵食してできた川の断崖の間をぬうように走る東西横貫公路で台中に行くことができる。

         太魯閣 

  太魯閣3 

                太魯閣2

 太魯閣では雄大な山並みと緑の美しい渓谷に感激 

 花データ

~ 鳳凰木(ホウホウボク) ~ マメ科 落葉高木 マダガスカル島原産

 熱帯地方の街路樹として植えられている。日本では沖縄県で見られる。開花期は6~10月

台湾紀行 1 ~ 台中~台南 ~

 台湾は日本の九州よりやや小さいが中央を通る北回帰線を挟んで、北が亜熱帯、南は熱帯とひとつの国の中に二つの気候帯がある。エリア的には台北を中心とした北部、台中を中心とした中西部、高雄を中心とした南西部、原住民の人口比率が高い東部に分別されている。雨が多いといわれる台湾一周は快晴に恵まれた旅だった。

 先ずは、昔懐かしい日本 が残る台湾中西部から

 台中は碁盤の目状の市街地があるため「 台湾の京都 」と呼ばれることもあり、また台湾の中で一番気候にに恵まれたビジネスの町でもある。訪れた 宝覚寺 は台中の名所として最初に挙げられる禅寺。庭にあるユーモラスナ顔をした黄金色の巨大な弥勒大仏は予想以上の大きさにビックリ  鳥が鼻の下にすぐ巣を作ってしまうことから「鼻くそ大仏」とも呼ばれているとのこと。また、台湾では数少ない仏教寺院ということで、日本統治期間に台湾中部で亡くなった日本人墓地がある。

 台湾・宝閣寺2   台湾・宝覚寺
    
 台湾・胡蝶蘭   台湾・タイサンボク

 寺院の庭にはある木の下には胡蝶蘭の花がつられ、タイサンボクの花が満開になっていた。     

 台中から南東にある 日月潭 は台湾を代表する風光明媚な観光地。人造湖の中に浮かぶ島から東側が太陽、西側が三日月に似ていることから日月潭という名がついたという。湖の北岸いある 文武廟 には孔子、文昌帝君、関羽、岳飛が祀られている。

  台湾・文武廟2 廟内の狛犬は台湾最大

        煌びやかな廟内 台湾・文武廟2

  台湾・文武廟(絵馬) これは台湾の絵馬 

 文武廟の前も日月潭を眺める絶景のビュースポットと思っていたが、孔子廟の上から眺めた日月潭の素晴らしさは・・・

  台湾・日月潭

 オレンジ色の文武廟の屋根瓦とその向こうに見える湖と山々の色彩対比が印象的。

 曲がりくねった山道を下り、さらに南下していよいよ北回帰線を通過  いよいよ熱帯地域に

  台湾・北回帰線

 「 台湾の古都 」といわれる 台南、ここは台湾で一番早く開発され地域で、歴史的に価値ある史跡が残る文化の街。中でもオランダ人が建設した 赤崁楼 は一番歴史の古い史跡である。長崎生まれの 鄭成功 がオランダを駆遂し、政治の中心としたこの楼閣もオランダ時代や鄭成功政権時代の面影はなく、今は緑に囲まれ、日本風の庭園が美しい観光地になっていた。

   台湾・赤崁楼 緑に映える赤崁楼

         鯉が戯れる池 台湾・赤崁楼2

 台中を中心とした中西部にはたくさんの日本の痕跡や日本人の痕跡が残り、昔懐かしい日本を思い出すことができた。 
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