平泉寺白山神社 ~ 杉の老木と青苔に覆われた中世の大宗教都市 ~

白山信仰の拠点寺院として中世・一大宗教都市であった 平泉寺(へいせんじ) は明治の神仏分離令により 白山神社 となった。司馬遼太郎氏の「 街道をゆく 」や 白洲正子氏の「 かくれ里 」に登場するこの神社にあこがれを持ち続けていた。長年の思いがかないようやく福井県勝山市にある 平泉寺白山神社 を訪れることに。

 平泉寺は養老元年(717年)越前の僧・泰澄 によって開かれたといわれる。

  白山神社・石畳道

 杉の老木が並ぶ菩提林と石畳の参道は 日本の道100選 になっている。結界の入口である一ノ鳥居から中に入ると左手に社務所があり、 旧玄成院庭園 の石柱がある。旧玄成院は昔白山の別当(長官)がいたところで、ここの庭園は室町末期の管領細川高国の作庭といわれる。枯山水の様式とのことだが、長い歳月を物語るように石組や灯篭をも苔に覆われていた。木漏れ日が差し込み水けを帯びた苔の光が何とも言えず美しかった。

 白山神社・一ノ鳥居  白山神社・旧玄成院庭園
    一ノ鳥居                         旧玄成院庭園 

 木漏れ日に青葉が眩しい参道は悠久の世界に誘われていくよう・・・時折聞こえる鳥の囀りが胸に響く・・・

      白山神社・参道 木漏れ日の参道

 そんな参道を進むと、御手洗池 が左手にある。開祖である泰澄大師がこの地を訪れた際、この池によって神妙の池であることを知り白山を開いたことから 平泉寺発祥の地 といわれている。

   平泉寺発祥の地 御手洗池 白山神社・御手洗池


 ゆるやかな勾配の石段の参道に戻り二ノ鳥居に向かう。この屋根の付いた鳥居はかなり珍しいもので、若い人たちにパワースッポトとして人気があるらしい。

  白山神社・二ノ鳥居 屋根の付いた二ノ鳥居

 そしてその鳥居をくぐると目の前に木陰を埋める苔の庭があらわれた。ビロードのような苔は木の根の上にも広がり、季節や天候により色を変えて苔の絨毯として訪れる人の目を楽しませてくれているのだろう。この苔の境内は かおりの風景100選 になっているとのこと。

  白山神社・境内2

                白山神社・境内

 苔の庭の広がる奥に拝殿がある。

  白山神社・拝殿 拝殿

 さらに「 平泉寺六千坊 」の頃の名残りであろう石垣や山野草が咲き乱れる参道を進むと本社に着く。

          坊跡の石垣 白山神社・石垣

 白山神社・ウラシマソウ  白山神社・ホウチャクソウ
    ウラシマソウ                      ホウチャクソウ

   白山神社・本社 本社
 
 そして本社から拝殿の前に広がる苔と樹林が木漏れ日の美しさに改めて感動 

 さらに登り三之宮に辿り着く。

                白山神社・三之宮

 三之宮の裏には白山登山口との標識があったのでここから霊峰白山への道が続いていくのだろう。

 1300年の歴史の宿る平泉寺白山神社は予想以上に神秘的であり、苔と木漏れ日に癒される場所だった。是非季節を変えてもう一度訪ねてみたいと思う。
 

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長建寺 ~ 島の弁天さん ~

 江戸時代、伏見は京と大阪を結ぶ交通の要所として栄え、多くの船客や船頭で賑わっていた。 「 島の弁天さん 」 でよばれる 弁財天長建寺 は元禄時代に伏見奉行の 建部内匠守政宇 が一寺を建立したのがはじまりという。京阪電車の中書島駅から東へ3分ほど歩いた東壕川のほとりにあり、紅色の土塀に囲まれた龍宮門はかつてこのあたりが遊郭であったといわれるだけに華やかさを感じさせる佇まいだ。

  長建寺・龍宮門

 境内に入ると左側に「町に時を知らせた」という梵鐘がある。

       長建寺・鐘楼
  
 灘と並ぶ酒どころの伏見は名水の地として名高い。長建寺の 閼伽水(あかみず) もそのひとつで本堂の脇にある。

 長建寺・閼伽井

 「島の弁天さん」とよばれる長建寺の本尊はもちろん弁財天である。弁財天は弘法大師が日本に伝えて広く信仰されるようになったといわれる。妙音をもって衆生を喜悦させる天で、大梵天の妃であるともいわれ、人々に幸福と子孫を与えるとされる。また、七福神の一つとして水に関係して地に祀られている。

   弁財天が祀られている本堂 長建寺・本堂

 新緑の美しい境内には幾つかの奉納された灯篭などがあり四季折々の花木とともに目を楽しませてくれる。

 長建寺・境内3  長建寺・境内2
  新緑の境内                       建部内匠守政宇が奉納した灯篭
 
 長建寺・境内4  長建寺・境内

 長建寺の前は観光用に復活された十石舟の乗り場になっている。酒蔵の立ち並ぶ伏見の街並みを眺めながら舟での散策はここでしか味わえない楽しみのひとつだ。

               長建寺・十石舟乗り場

  長建寺・十石舟

 柳が揺れる川べりを歩きながら、鳥羽伏見の戦いや坂本竜馬ゆかりのスポットをめぐるのも楽しいのでは・・・

大野神社 ~ 金勝(こんぜ)の庄 総社 ・ 「嵐」ファンのパワースポット ~

 栗東市荒張にある 大野神社 は社伝によると金勝山上にある 天台宗の古刹・金勝寺 の鎮守として平安時代後期に創建され、金勝荘の総社になっていた。本殿の祭神は菅原道真公。菅原道真公が金勝寺に参向された折にこの神社に滞在された由縁から道真公を祀った社が創建されたという。
 そして今、この地元の氏神であった神社がにわかに脚光をあびている。国民的アイドル「嵐」のファンの「聖地」になっていて、週末ともなれば沢山の女性ファンが訪れ、絵馬や「嵐」の5人のイメージカラーの御守りを買い求めるのだという。

         大野神社・記事 新聞に掲載された記事

 鶯の声がする参道を境内に向かう。

 大野神社・参道 参道  

             境内 大野神社・境内

 国の重要文化財に指定されている楼門は、滋賀県内の社寺の楼門中で最古の木造建造物で、平安時代末期の様式を残した鎌倉時代初期のものという。

   大野神社・楼門

 祝詞の響く中を参拝する。

 大に神社・拝殿   大野神社・本殿

 拝殿の横に掛けられた沢山の絵馬は・・・

   大野神社・絵馬

 奉納されている絵馬のほとんどが「嵐」に関するものに唯々、驚く 
「学問の神」・「農耕の神」・天候を司る神」・「勝負事の神」と由緒略紀には書かれていたが・・・

 境内には摂社として出雲大神・恵比寿大神・八幡大神の三神が一体となった社・三社殿(出雲社)があるが、この社は室町時代の建造という。

 大野神社・三社殿
 
 また、境内の一角に造られた建物では神仏習合時代の本地仏で、神主の屋敷内にあったが故に神仏や廃仏毀釈を免れた、十一面観音立像・脇仏をみることができる。

  大野神社・仏像

 のどかな里の神社がある日突然、パワースポットになるとは祭神の菅原道真公もビックリの珍事だろう。

桑實寺(くわのみてら) ~ 天智天皇ゆかりの寺 ~

 近江八幡市安土町にある 桑實寺 は繖山の西側山腹にある天台宗のお寺。安土考古博物館から歩くこと15分ぐらいで、参道入り口の山門に着く。

   桑實寺・山門

 桑實寺の歴史は古く、天智天皇の勅願寺院として白鳳6年(西暦678年)に創建になる。縁起によれば、志賀の都に疫病が流行し天皇の皇女阿闍姫(のちの元明天皇)も病にかかり、病床で琵琶湖に瑠璃の光が輝く夢を見た。その話を聞かれた天皇が 定恵和尚(中臣鎌足の長男)に法会を営ませると琵琶湖中から薬師如来が現れ皇女の病も治ったったため、この薬師如来を本尊とし定恵和尚により開山されたという。桑實寺の寺名は定恵和尚が唐より桑の木を持帰り、この地で日本最初に養蚕技術を広められたことのちなんでいる。また、足利第十二代将軍義晴が三年間仮幕府を開いた手らでもある。

 山門から苔むした石段が続く。

  桑實寺・石橋  桑實寺・参道
   
 若葉や春の草花に迎えられながら石段をのぼるとしだいに幽寂な空気に包まれてくる。往時には二院十六僧坊があったそうで、参道のところどころにそれらしき跡がみえる。

  桑實寺・坊跡  桑實寺・宝泉坊

 戦国時代の戦火に遭うことのなかった本堂は南北朝時代のままの姿を今に残している。この中には秘仏である本尊薬師如来像、大日如来坐像が安置されている。

  桑實寺・本堂
 
                桑實寺・野洲方面

 この境内には三重塔も建てられていたというが、今は大師堂(経堂)残っているだけである。

  桑實寺・境内

            大師堂 桑實寺・大師堂

 西国薬師第46番霊場となっている桑實寺は苔むした石段とそれを取り囲む四季折々の草花や花木の楽しめるお寺のひとつです。

 
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