石馬寺 ~ 聖徳太子開基の伝承をもつ古刹 ~

 琵琶湖の東方、東近江市五個荘は近江八幡、日野と並んで「 近江商人のふるさと 」として知られるところ。石馬寺 はその西にある繖山(きぬがさやま)東側の明神山の山腹にある臨済宗の寺である。寺伝によれば、今からおよそ1400年前の推古2年(西暦594年)聖徳太子 が鎮護国家、興隆仏法の道場を求め近江を巡賜中、繖山の山麓で馬が動かなくなったたので松の木につなぎ山に登り、寺地を定め下山すると、馬は池に沈みすでに石と化していた。これが寺の由来となり「 石馬寺 」と号されたという。山門跡の脇には伝承となった池跡が残っている。

  石馬寺・大門址
        
 石馬寺は聖徳太子の創建以後、法相宗、天台宗と転宗し、近江源氏・佐々木氏の菩提寺となり栄えたが、織田信長の観音寺城攻めの戦禍を受けて廃墟となった。その後、徳川家光の命により雲居禅師が再興した。

                石馬寺・石柱
  
「 かんのん坂 」は古より多くの人々が信仰を求めて歩いた参道である。深い緑に覆われた「 乱れ石積み 」のこけむした石段の両脇には僧坊跡の石垣があり往時が偲ばれる。

  石馬寺・参道

 さらに石段を登ると 六所神社 の石柱と鳥居があるが、石馬寺はの右手の坂を登りつめたところにある。禅寺の凛とした佇まいの玄関には大きな衝立が置かれていた。

                石馬寺・書院玄関

 書院前には白洲正子氏の「 かくれ里 」で称賛される断崖を借景とした石庭が広がる。この石庭は石馬の縁起を描いているとのこと。白砂のうえに置かれた石、季節ごとに変化するであろう断崖の景色に思いをはせて石庭を眺めていると、心が癒されてきた。

  石馬寺・石庭

 大佛宝殿には藤原、鎌倉時代に造られた阿弥陀如来座像や十一面観世音菩薩立像が置かれている。十一面観音菩薩の穏やかな顔に、多くの人がこの山道を登ってくるのわかる気がした。また、木造役行者像は各地にある行者像の中でも最もすぐれたものといわれているだけあって、すばらしい存在感を与えてくれる。
 新緑に覆われた境内は静寂そのもので、時折聞こえる風の音と鳥の声が心に響き穏やかな気持ちになっていく・・・

  石馬寺・境内 大方丈前

     新緑に包まれた行者堂 石馬寺・行者堂

 また境内のあちこちには薄紫をおびたシャガの花が咲き、よりいっそう山の中の寺の雰囲気漂い、いつかまたここを訪れたいとの思いにかられながら新緑の石段を下りてきた。

  石馬寺・シャガ

 花データ 

 シャガ アヤメ科 多年草

 沢沿いの林下などのややうす暗いところに生え、群生することが多い。スギ林の下などあまり日の当たらない所でもよく花を咲かせる。花期は4~5月

 参考データ

 繖山は昔から人々に癒し、力を授けるパワースッポトといわれ、この山にある石馬寺観音正寺教林坊 の三つのお寺を巡り「 幸せ石の御守り 」をつくることができる。
            
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蓮華寺 ~ 南北朝 悲劇の舞台 ~

 旧中山道62番の宿駅であった 番場宿 は長谷川伸の戯曲「 瞼の母 」の主人公忠太郎の生まれ故郷とされたことでよく知られている。この宿にほど近いところに 蓮華寺 がある。資料によると1400年ほど前に聖徳太子が創建、当時は 法隆寺 と称された大寺であったが落雷で焼失し、鎌倉時代に 一向上人 迎えて「 八葉山蓮華寺 」と改称して開山。歴代天皇の帰依厚く、花園天皇より勅許を賜り寺紋として菊の紋の下賜された。

  蓮華寺・勅使門 勅使門

 この静かな寺が南北朝の悲劇の舞台となったのは元弘3年(1333) 六波羅探題・北条仲時 は足利尊氏に京都で敗れ、北朝の天皇、上皇を奉じて中山道を下り鎌倉へ向かう。しかし番場の宿場に着いた時、南朝軍に囲まれ奮戦するも及ばず、ここ蓮華寺本堂前庭で仲時以下四百三十余名が自刃。その血はさながら川のように流れたといわれる。時の住職がその菩提を弔い、名前や年齢、法名を記したのが「 陸波羅南北過去帳 」で重要文化財として所蔵されていて、宝物庫で写しを見ることができる。

            本堂 蓮華寺・本堂

 蓮華寺・墓石 供養墓碑

 新緑の木々に覆われて並ぶ墓碑には胸に迫るものがある。

 玄関前には歌人・斉藤茂吉の歌碑がたてられている。斉藤茂吉は、蓮華寺49世佐原和尚の門弟で、何度もここを訪れ病床の和尚の世話もされていたのだそうだ。

  蓮華寺・歌碑 斉藤茂吉の歌碑

   松風の 音聞くときは 古の 聖の如く 我は寂しむ

 許可を得て本堂の中を写させていただいたが、本尊が二尊で鎌倉時代の作になるという。
 
 蓮華寺・本堂内

 本堂の横には季節の花が植えられた裏山を借景とした庭園が作られていて、春はミツバツツジが華やかさを添えてくれる。

  蓮華寺・庭園
        庭園を借景に咲くミツバツツジ

                蓮華寺・ミツバツツジ 満開のミツバツツジ

 新緑に包まれた本堂の裏手には樹齢700年の巨木がそびえ立っているが、「 一向杉 」と呼ばれる古木は開山の一向上人が荼毘にふされた跡に植えられたといわれ、この寺の歴史を見続けている生き証人かもしれない。

  蓮華寺・新緑 
    目にも鮮やかな境内の楓
 
         蓮華寺・一向杉 一向杉

 また、この杉の横に立てられている 番場忠太郎地蔵尊 は 瞼の母 の作者である長谷川伸氏の建立とのこと。

  蓮華寺・忠太郎地蔵尊

 悲劇の歴史を持つこの寺は今は静かに時を刻み、季節の花々とともに訪れる人を優しく迎えてくれる風情豊かな寺である。

圓通寺 ~ 比叡山を望む借景庭園 ~

 修学院離宮を造られた 後水尾天皇 は、修学院離宮を造営する以前に 岩倉長谷幡枝 の三箇所に別荘を持っておられた。その 幡枝御殿 を寺院としたのが 圓通寺 である。資料によると、臨済宗妙心寺派に属する寺で後水尾上皇が 修学院離宮 に移ったのち、子である霊元天皇とその乳母文英尼に御殿と庭園を下賜され、文英尼が寺とし、霊元天皇の勅願寺となったとのこと。

 のどかな住宅地の中に新しく造られた門を進むと参道が見えてくる。

   圓通寺

                圓通寺・参道

 あたしく整備された参道の奥にある苔に覆われた山門から露地庭が広がる。

   圓通寺・山門
 
                圓通寺・境内
 
 建物の中に入り、大きく開け放たれた方丈に座って眺める比叡山を借景とした枯山水平庭は静寂であり、中腹から山頂まで遮る物のない広がりを見せる比叡山に霊気を感じる。

   圓通寺・庭園

 苔の庭には40ほどの大小の石が置かれ、苔庭の端にきれいに刈り込まれた低い生垣、その先に立つ数本の杉の木、その間から望まれる霊峰比叡山。後水尾天皇は比叡山を望むことのできる山荘の地を求め、自らあちらこちらをに出向いておられたといわれる。その中のひとつがここ幡枝御殿で、現在の圓通寺庭園となっている。

   圓通寺・庭園2

 人気のない方丈に時折聞こえる小鳥の声は無我の境地から目覚めさせてくれる。そして思うのは、東に向いたこの方丈から明けてくる比叡の山と、朝日の射し込む苔の庭はどんなものなのかと・・・
圓通寺、四季折々の風情をあじわいに訪ねてみたい寺院のひとつである。 

実相院 ~ 床もみじの美しい山裾の寺 ~

 実相院 は叡山電鉄・鞍馬線の岩倉駅から岩倉川沿い北に20分くらい歩くと、赤い欄干の付いた目無橋にでる。その橋から見える白い築地塀に囲まれた建物が、皇室にゆかりの深い「 実相院門跡 」になる。

  実相院・桜
 
 資料によると鎌倉時代の寛喜元年に、近衛基通の孫・静基権僧正を開基とし、紫野に創建されたのがはじまりで、応仁の乱による荒廃を経てここ岩倉の定まった。江戸初期、足利義昭の孫・義尊の時代に母が後陽成天皇に仕えて天皇家とのゆかりが深まり、後水尾天皇や東福門院たちが磐座にしばしば御幸に訪れるなど華やかな時代を迎えたという。その後、皇孫の入室が続き、大宮御所の建物を賜ったとのこと。

 石段の上に建つ大宮御所の承秋門の移築である四脚門はさすがに風格のある重厚な門。

  実相院・山門

 大宮御所の移築となる本堂(客殿)には、本尊の不動明王と並び歴代の天皇の位牌も置かれていた。内部は狩野派の絵師による襖絵がめぐらされ、御所の風格あるたたずまいを見ることができる。また、江戸時代約260年間の歴代門主の日記の一部が展示されていて、幕末の実相院ならではの記録はロマンや興味をかき立てられる。

                実相院

  実相院・境内

 客殿の前に広がる比叡山を借景にした白砂が美しい庭には、満開の枝垂れ桜が春の光をうけながら風にそよいでいた。

  実相院・庭園2

                実相院・庭園

 また、裏山の景色に溶け込んだ山水庭園は楓などの若葉が芽吹き始めていた。この寺の参拝客に人気のある「 床緑 」「 床紅葉 」は客殿の「滝の間」の床を磨きあげて山水庭園の木々を映している。新緑、紅葉の頃に限らず、季節ごとに床に映し出される木々はどれも見ごたえがあり美しい。

  実相院・庭園3

                実相院・庭園4

 比叡山を眺めながらのんびり歩く山裾の道は春には最適な散策コース、是非一度訪ねてみてください。

2013 桜紀行 2 ~ 妙満寺 境内に広がる桜圓 ~

 京都市左京区岩倉にある 妙満寺 は 日什大正師(にちじゅうだいしょうし)が開祖された 顕本法華宗(けんぽんほっけしゅう) の総本山である。また、「 安珍・清姫の鐘 」を安置されている寺、「 雪月花 」三名園のひとつ「 雪の庭 」が復元されていることでも知られている。さらに境内のしだれ桜が見事というので訪ねることに。

  妙満寺

 5月から6月にかけて咲くツツジや杜若に縁どられた放生池の橋を渡ると山門がある。

       妙満寺・山門

 山門をくぐり大書院の前に広がる 桜園 は満開の桜

  妙満寺・桜園

       妙満寺・大書院前

                妙満寺・桜園2

 京都の桜の名所は人であふれているだろうに、この見事な桜を見ているのほんの数人だけ。もったいないようなうれしいような・・・

 広い境内は陽ざしにあふれ明るく、古さを感じさせるものは何もない。昭和43年い寺町二条から移されたというからかなり新しいのだが。その境内で目を引く巨大な仏舎利大塔。インドのブッダガヤ大塔を型どったものとしては日本初の建築という。

      妙満寺・本堂


             妙満寺・仏舎利大塔

 本堂の入口に「比叡山をここから眺めるのが良い」と書かれていたので試していると・・・

  妙満寺より比叡山

 そしてもうひとつのお目当てである「 雪の庭 」は本坊にある。比叡山を借景とした枯山水庭園は江戸初期の俳人・松永貞徳の造営の造営による。

  妙満寺・庭園

              妙満寺・庭園2

 人気のない書院に座り眺める枯山水の庭に、薄色のヤマザクラが春の光に溶け込み心地よさを感じるひと時でああった。書院の隅には「 安珍・清姫の鐘 」が置かれていたが、紀州道成寺の鐘が何故京都岩倉の地にあるのか。資料によると「 秀吉根来攻め 」の際に、竹藪に埋めてあったこの鐘を掘り起し、京都に持ち帰り、怨念解脱のため妙満寺に奉納したという。現在では、道成寺を演じる芸能人はこの金に芸道精進を依願するのだという。

 洛北にある妙満寺は行きやすい場所ではないが、人も少なくゆっくりと散策するには最適なところ。是非一度訪ねて頂きたい。

 参考データ

 安珍・清姫伝説とは
  平安時代、思いを寄せた僧「安珍」に裏切られた少女の「清姫」が激怒のあまり蛇身に変化して、道成寺の釣鐘に隠れた「安珍」を鐘ごと焼き殺したという話

 後にこの話が脚色され、能楽や歌舞伎、長唄、舞踊など古典舞曲「道成寺物」となっている。   

2013 桜紀行 1 ~ 智積院 ~

 春の訪れは桜の開花とともに始まる。ソメイヨシノしだれ桜山桜御室桜など様々な種類の桜がある京都は時期をずらして長い間楽しむことができるのも特徴のひとつである。街中が桜色になり、ほのかな香りが漂う京の街は花を愛でる人であふれ季節でもある。
 今回訪れた 智積院 は七条通りの東のつきあたりに広大な寺域を誇る真言宗智山派の総本山。豊臣秀吉に滅ばされた紀州根来山の学頭寺院であった智積院の再興である。この地は秀吉が息子・鶴松の菩提を弔うために建立した 祥雲寺 が前身で、秀吉の没後、僧・玄有が徳川家康に願出て与えられ智積院と改名されている。

 広い通用門から中に入ると目の前には見事なしだれ桜があらわれた。その色鮮やかさに感嘆の声がこだまする。

  智積院・桜

 正面に建つ金堂までの参道も桜が迎えてくれる。

    智積院・桜3

                智積院・桜2

  智積院・金堂2 金堂 

 ゆったりとした境内に講堂、金堂、金堂の右横には明王殿が並び、左に少し入ったところに大師堂が建てられているが、堅苦しい印象はなくまるで大学の構内のような雰囲気を持っている。

                智積院・明王殿 明王殿

  智積院・大師堂 大師堂

 ここ智積院には見どころのひとつが収納庫に納められている国宝の 長谷川等伯一門 が描いた障壁画である。長谷川等伯は桃山時代を代表する絵師で、絢爛豪華な独自の画風は近代の画壇にも大きな影響を与えたといわれる。特に等伯の描いた「 楓図 」、26歳の若さで生涯を閉じた息子の久蔵が描いた「 桜図 」は日本の代表する壁画として知られている。「桜図」は金雲を背景に桜の木を描き八重咲きの桜を撒き散らした大胆な構図で春爛漫を表している様。

 もうひとつの見どころが庭園である。中国の廬山の景色を模して造られたといわれ、桃山時代の特性である自然石のみを用い、刈込が主体の庭であるが、奥にある大木でまるで深山の中にあるかのような気にさせられる。植込みの種類が多いので四季折々楽しめるが、特にサツキの頃は一段と艶やかになる。

  智積院・庭園

 
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