源光庵 ~ 禅の境地を表現する窓からの紅葉 ~

 京都・鷹峯 は江戸時代、本阿弥光悦 が 徳川家康 から拝領された地に一族や工匠を率いて芸術村を築いた地。その一角にある禅寺 鷹峯山寶樹林源光庵 は、室町時代初頭に 臨済宗大本山大徳寺 の徹翁国師が隠居所として開創したが、江戸時代・元禄期に加賀大乗寺の卍山道白禅師が再興し、現在は 曹洞宗 に属している。

 紅葉した木と凛とした北山杉に囲まれた参道から境内に入ると、見事な色に染まったカエデが目に入り感嘆の声が響き渡る  
 
  源光庵・表門    

               源光庵・紅葉

 紅葉の木、落ち葉の絨毯の中に立つ北山杉を見ながら進むと丸窓の付いた楼門が現れる。

  源光庵・境内

               源光庵・山門

 楼門からは正面に本堂があり、庭には大きなカエデの木。

  源光庵・本堂

               源光庵・紅葉2

 元禄時代に建てられたという本堂には、この源光庵の名を世に知らしめた二つの窓がある。『 悟りの窓 』と名付けられた丸窓、『 迷いの窓 』と名付けられた角窓。悟りの窓は円型に「 禅と円通 」の心を表し、円は大宇宙を表現。迷いの窓は「 人間の生涯 」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表しているという。

 源光庵・悟りの窓  源光庵・迷いの窓
                  紅葉真っ盛りの悟りと迷いの窓

       源光庵・悟りの窓2
        柔らかな光の射し込む春の悟りの窓

  源光庵・悟りの窓と迷いの窓

また、この本堂内で是非見ておきたいのが『 血天井 』といわれる、伏見桃山城の遺構。1600年、伏見桃山城を守っていた徳川家康の忠臣・鳥居元忠が石田光成の軍勢に敗れ、残った三百八十余人が自刃した血の跡の残る板材を用いた天井で、足の指跡、手型跡と当時の鮮烈な戦いを今に伝えている。本堂の廊下の隅に置かれた鳥居元忠の位牌が祀られている。

 入口の掲げられている木板 源光庵・案内

 本堂裏には枯山水の庭園が北山を借景として作られており、紅葉とサザンカの花が行く季節を見るようであった。

  源光庵・庭園

 そして赤や黄色の色鮮やかな紅葉に満足し切っていたのに、本堂の横の落ち葉で覆われた地面に光が差し込んでスポットライトのような景色には何度もシャッターを切ってしまった。

  源光庵・落ち葉

 さすがに、今年最後の紅葉に境内や本堂は人であふれ、いつものようにゆっくりとふたつの窓からの景色を楽しむことは叶わなかったが、今年の締めの紅葉を楽しむことができて大満足 
 紅葉の季節を除けばひっそりとした本堂で心いくまで過ごせるお寺、早春にふたつの窓から見える山茶花は何とも言えない風情がありオススメです。


参考データ

 京都にある伏見桃山城の遺構のある寺院

   東山の養源院、大原の宝泉院、西賀茂の正伝寺、宇治の興聖寺
スポンサーサイト

宝筐院 ~ 紅葉の境内を歩く ~

 京都・嵯峨野 といえば数多くの紅葉の名所があり、多く人が訪れる人気のエリアである。その中でも、清凉寺の門前からほど近い 宝筐院(ほうきょういん) はすこし前までは 隠れた紅葉の名所 といわれていた。しかし今ではかなり知られた紅葉の名所になってししまった。それでも境内を染めるカエデの色合いや敷き詰められた苔の上に舞い落ちた木の葉の風情はに惹かれて、毎年、紅葉の季節になると一度はここを訪ねてしまう。遠い昔の嵯峨野の趣きが今でも残っている数少ないお寺なのではないだろうか・・・
寺伝によると 宝筐院 は平安時代、白河天皇の勅願寺として創建された 善入寺 が元々で、南北朝時代に無窓国師の高弟 黙庵 が再興、黙庵に帰依していた室町幕府2代将軍・足利義詮 の菩提寺となり義詮の院号であった 宝筐院 となったという。さらにこの寺を菩提寺としているのが、足利方と対立していた小楠公といわれる 楠木正行 である。この楠木正行もおなじく黙庵に帰依しており、四条畷の戦いで戦死するとこの寺に葬られたのだ。今紅葉に彩られたこの場所には、南北朝の武将が敵味方がともに眠りについているのである。

 山門を入ると目の前に鮮やかな紅葉が広がる。

   宝筐院

 色鮮やかな紅葉と苔に覆われた庭を見ながら石畳を本堂へ

               宝筐院5

 言葉で表現でいないようなカエデの赤と青い空が続く境内

   宝筐院2

 色のグラデーションに引き込まれそう

               宝筐院7

 本堂から額縁のように見る庭園

   宝筐院8

 木々の間に見える本堂には住一面千手観世音菩薩立像が安置されている。 

               宝筐院9

   宝筐院6

 ところどころには趣きある灯篭が・・・

              宝筐院3

 本堂の横にある枯山水の庭園

   宝筐院・庭園

 スポットライトのような秋の柔らかな木漏れ日が苔と枯れ葉を映す

              宝筐院4

 参拝者が多くなったとはいえ、まだまだゆっくり紅葉を見ることができる 宝筐院 は嵯峨野には欠かせない紅葉の名所、是非一度訪ねてみてくだい。

仁和寺 ~御室八十八か所~

 洛西・双ヶ丘の北に建ち、世界遺産のひとつである 仁和寺 は 『 御室御所 』 とも呼ばれ、京都でも最高位の 門跡寺院。平安時代に光孝天皇が『 西山御願寺 』として着工され、その遺志を継がれた 宇多天皇 によって完成された。宇多天皇は退位後、出家して仁和寺を住坊にされ、真言密教の修行に励まれた。御室とは宇多法皇の 御座所 を意味し、周辺地域も御室と呼ばれるようになったという。以来、明治維新まで皇族が門跡となられ、御室御所と呼ばれ親しまれている。
 
   仁和寺・参道

 ゆたかな緑に包まれた境内には宸殿、白書院、黒書院からなる御所風な 御殿 や、京都御所の紫宸殿を移築した 金堂 、観音堂、五重塔が立ち並ぶ壮大で優美なお寺である。京都の花見を締めくくる背丈の低い桜の花は 『 御室桜 』と呼ばれ多く人で賑わう。そんな桜の脇を過ぎると、西門がある。その門をでた先に『 御室八十八か所 』の入口がある。

   仁和寺・御室の桜 紅葉の御室桜
 
      御室八十八か所入口 仁和寺八十八か所・入口

仁和寺・成就山、御室八十八か所 とは御室八十八か所霊場と呼ばれる巡拝コースのことで、1827年当時は 四国八十八か所 への巡拝が困難であったため、仁和寺29世門跡済仁法親王の御本願により四国八十八か所霊場の お砂 を持ち帰り、仁和寺の裏山に埋め、その上にお堂をたてたのが始まりといわれる。3㎞にわたる山道には札所が設けられ、それぞれのご本尊・弘法大師がお祀りしてある。

   仁和寺八十八か所・第一番 第一番札所霊山寺

 第一番札所霊山寺から山道に入る。春に登った時は芽吹き始めた青葉が目に沁みたが、紅葉の始まった今は青空に映えた赤や黄色がの紅葉が迎えてくれる。

    色鮮やか紅葉の参拝路 仁和寺八十八か所・紅葉
 
平坦な道があるかと思えば、少し登りになった参拝路。お堂にたどりつき、お参りして一休み・・・・

   仁和寺八十八か所・お堂 それぞれの札所 

参拝路はほとんど木立の中に囲まれていたり草が生い茂っていたりだが、数か所で愛宕山や、京都市内を見ることのできる眺望を得られるのがうれしい。

        愛宕山を望む 仁和寺八十八か所・愛宕山

   仁和寺八十八か所・札所 紅葉の参拝路

ようやく辿り着いた成就山山頂・第48番札所浄土寺

        成就山山頂 仁和寺八十八か所・成就山山頂 
  
山頂を後に、残りの札所を目指す。札所の数字が増えて、第八十八番大窪寺に到着

 仁和寺八十八か所・第八十八番 第八十八番大窪寺

ここで結願   ごくろろさまでした。 

 約3キロの道のりは、2~3時間で回れる適度なハイキングコースになっている。途中、かなりキツイ所もあるが、小鳥のさえずりや、四季折々の風景を愛でながら歩けば あっ という間に八十八か所の巡拝ができ身も心も充実した気持ちが得られると思う。是非、この季節、身近な場所で八十八カ所を楽しんでみてはいかがですか  

浄土院 ~湯たく山茶くれん寺~

 京都には正式な名より 通称 で呼び親しまれるお寺が多くある。たとえばよく知られているのが、くろ谷さん と呼ばれる 金戒光明寺六角堂 と呼ばれる 頂法寺釘抜き地蔵 呼ばれる 石像寺世継地蔵 と呼ばれる 上徳寺 などである。
千本今出川通りに面した 浄土院 もその一つで、境内も狭く入り口に立つ石柱と表門があるだけで見過ごしてしまいそうなお寺に、実は歴史に残るエピソードがある。たまたま今回、いつもは閉じている門が偶然にも開かれており、堂内を拝観させてもらえることができたので紹介したい。 

 浄土宗の尼寺で般舟院の隠居所として創建されたという 浄土院 は、別称『 湯たく山茶くれん寺 』といった方が馴染みがあるかもしれない。入口にある石柱にもその名が刻まれている。

     浄土院・石柱 「湯たく山茶くれん寺」と彫られた石柱

この「 湯たく山茶くれん寺 」の由来は、豊臣秀吉が北野天満宮境内で催した「 北野大茶強調文 」に向かう途中、この寺に立ち寄りお茶を所望した際にが、住職が自身の茶道の未熟さを恥じて白湯ばかり献じたことから 『 この寺では、お茶を所望しているのに白湯ばかり出して、お茶をくれん。湯たくさん茶くれん 』 と言われ、「湯たく山茶くれん寺」と呼ばれるようになったのだという。その際に使われた銀水は今は枯れて、井戸の跡だけが残されたいた。

 浄土院・井戸  銀水の湧き出た井戸

 井戸跡近くに咲いていた秋明鞠の花 浄土院・境内

 本堂には重要文化財の指定を受けている 阿弥陀如来像 が安置されている。これは平安時代後期に造られた木造漆箔像というが、その輝きは少しも色あせておらず柔らかな表情を見せてくれた。さらにこの本堂で見過ごせないのが、屋根の上に置かれた陶製の焼き物像だ。焼き物を携えた 寒山像、ほうきに乗った 拾得像 は安土桃山時代の陶工・楽家の初代長次郎作といわれる。

   浄土院・本堂3 表門よりみる本堂

 耳だ如来像が安置されている本堂 浄土院・本堂2

   浄土院・本堂
         巻物を携えた寒山像(右側) と ほうきに乗った拾得像(左側)

 『湯たく山茶くれん寺』こんなエピソードを持つお寺、機会があればのぞいてみてください。
   

参考データ
  
  寒山(かんざん)、拾得(じっとく)とは唐の時代に居たとされる風狂の僧で美術工芸の題材によく用いられている。

教林坊 ~山裾のかくれ寺~

 近江八幡市安土町にある 教林坊 は 繖山(きぬがさやま) の山裾にあり、わびさび の 幽玄の世界 を表現したかくれ里、石の寺聖徳太子 の開基とも伝わる由緒ある寺院で滋賀を愛した 白洲正子 さんの『 かくれ里 』にも登場する。2千坪といわれる境内は鬱蒼とした山林、竹林に囲まれ、江戸前期の茅葺の書院、小堀遠州 の作と伝わる庭園は 池泉回遊式。木漏れ日と木々の風の音に包まれながらの散策は体も心も癒し、穏やかな時を与えてくれる。しかしこの由緒あるお寺が、私たちを癒やしの世界に導いてくれるような姿にになったのはつい最近のことだという。昭和50年ごろに無人になってしまったお寺は荒れ寺となり、庫裏の屋根には杉の木は生え本堂は雨漏りで護摩堂は水浸しとなっていたのを、現在住職をされている方が骨身を削りここまで復興されたという。そして、今では滋賀を代表するの紅葉スポットのひとつとなり、巨石の庭園は沢山の竹林との絶妙なコントラストで幽玄の世界を堪能させれくれている。また、ライトアップされると庭園はさらに引き込まれるような美しさを見せてくれる。

 秋の柔らかな日差しが差し込むなだらかな 参道 を登って行くと 茅葺の表門 があり、その屋根を覆うように竹の枝が伸びている。大きな壺に入っている竹杖が何とも風流だ。

   教林坊・参道 土の香りのする参道

         茅葺の表門 教林坊・山門

 広い境内は山あり、谷あり、小川ありとさながら山道を歩く気分。登り口の鄙びた 土蔵 に何とも懐かしさを感じる。その土蔵を見下ろすように立つ紅葉や竹が木の葉を散らす景色はまるで絵画の様だ。

   教林坊・土蔵 土壁の蔵

 教林坊・山林  教林坊・竹林
                     紅葉を始めた境内の木々

 散策路ををゆっくり回り降りてきたところに 本堂 があり、庭園 が広がっている。

   教林坊・庭園 木漏れ日に浮かぶ苔の庭

       石の連なる庭 教林坊・庭園2

   教林坊・庭園3 植込みの木が映える庭
  
   せせらぎの聞こえる庭園 教林坊・庭園4

 足元に咲くツワブキの花や色好き始めた千両、万両の木に風情を感じ、差し込む光に生きる喜びを感じ何か得をした気持ちになっていた。歩いて回る庭園も良いが、書院の中から見る庭園も趣きがあって時間の過ぎるのを忘れてしまいそうであった。

 身も心も癒されて、また新たなパワーが涌いてくるような山裾の 教林坊 は秋におすすめのお寺のひとつです。
プロフィール

ポピーランド

Author:ポピーランド
FC2ブログへようこそ!

アクセスカウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR