西教寺 ~明智光秀一族の墓所~

 大津市坂本は、比叡山の麓という意味から名づけれた石積みのある里坊(延暦寺の僧侶の隠居所)の門前町。西教寺 はその里坊を北に歩いた比叡山三塔の一つ、横川への登り口にあり、天台真盛宗 の総本山である。
西教寺は聖徳太子が創建され、その後、慈恵大師・恵心僧都が復興して念仏道場としたと伝えられる。以後荒廃していたが、室町時代に真盛上人が入寺、真盛宗を開き 戒称二門不断念仏の根本道場とした。しかし、1570年の 織田信長の比叡山焼き討ちの余災で焼失したが、その後、坂本城主であった明智光秀や紀州徳川家の尽力により再興された。

 総門をくぐると、モミジに覆われた参道がまっすぐに延び、両側には塔頭が並う。参道の正面には勅使門があり、その脇に宗祖大師殿、奥の小高くなった所に本殿客殿書院などが回廊で結ばれている。また、宗祖大師殿の庭からは琵琶湖を望むことができる。

  西教寺・参道


 重要文化財に指定されている本堂は総ケヤキの入母屋造りで荘厳な風格を漂わせ、内陣には本尊の阿弥陀如来座像が安置されている。また、境内の建物の屋根には幾つもの猿の木像が置かれているので、それを探すのも楽しい。

西教寺・本堂  西教寺・屋根瓦の猿
 本堂                          屋根に置かれた猿

 本堂から開会楼で結ばれた客殿は伏見城から移築されたもので、内部の襖は狩野派による人物花鳥が描かれており見どころの一つ。また、西教寺には4つの庭園があり、それぞれ異なった趣きを持っているので見ごたえがある。中でも庫裏の南側の枯滝様式の庭園と客殿西側の庭園は安土・桃山から江戸時代の作庭といわれる。 

西教寺・客殿庭園  西教寺・本坊庭園
客殿庭園                        書院庭園

 西教寺は明智光秀とのかかわりが深いこともあり、明智光秀一族の墓所も境内にある。最近作られただが、光秀の辞世の句碑もあった。

西教寺・明智光秀辞世の句
     光秀の辞世の句  

滋賀の紅葉のスポットの一つでもある西教寺は参道のモミジのトンネル、境内のイチョウの木と紅葉を堪能できる所。是非一度訪れて頂きたいお寺です。

 
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大豊神社 ~珍しい狛ネズミ~

 大豊神社 は哲学の道大豊橋を渡るとすぐに参道に入る。この参道の両側には季節の山野草や花木が植えられ、花好きの人にとっては楽しみが尽きない場所。特に椿の名所、しだれ梅は京都随一といわれている。

 大豊神社・椿2  大豊神社・椿
                            椿の頃

 ムラサキハナナ  大豊神社・黄梅
 ムラサキハナナ                 4月末の頃                   黄梅
 
    大豊神社・ムクゲ 真夏の頃 ムクゲ

 大豊神社は、宇多天皇の病気平癒のため創建され、応神天皇菅原道真が祀られており、鹿ケ谷一帯のの産土神として信仰を集めている。椿ケ峰を背にしたこじんまりとした本殿や拝殿、大国社稲荷社日吉社愛宕社がある。そして珍しいのが、本殿に狛獅子、大国社に狛ネズミ、稲荷社に狛キツネ、日吉社に狛サル、愛宕社には狛ワシが置かれていること。それぞれに愛嬌があり、見ていて楽しい 

   大豊神社・拝殿


 大豊神社・狛獅子  大豊神社・稲荷社
 本殿の狛獅子                     稲荷社の狛キツネ    

  大豊神社・大国社 大国社の狛ネズミ

 健康福徳酒造の神様である大豊神社には、自然のがそのまま残り、すがすがしい気分にさせられる。
哲学の道沿いには名だたる寺社が多く集まっているので参拝者も少ないようだが、静かで花の多いこの神社は京都の寺社の中でも好きな寺社の一つで、年に何度か訪れ、楽しませてもらっている。

 花データ

ムクゲ~ アオイ科 落葉低木
 インド、中国原産で日本には奈良時代に渡来。夏から秋にかけて、白、紫、赤などの花を付けて夏の茶花としても欠かせない。庭木としても広く利用される。ムクゲには多彩な品種があり、花の咲き方も一重咲き、半八重咲き、八重咲きがある。

延暦寺 ~諸堂をめぐる~

 滋賀県と京都府にまたがる比叡山に立つ延暦寺は言わずと知れた日本仏教の発祥地。延暦4年(785)に伝教大師最澄上人が開いた天台宗の総本山で1200年の歴史を持つ。織田信長によって全山焼き討ちされたが、豊臣秀吉や徳川家康家光によって再興された。また、開山以来、法然親鸞栄西道元日蓮など各宗派の名だたる開祖が修行を行った地でもある。比叡山は根本中堂を中心とした東塔釈迦堂を中心とした西塔横川中堂を中心とした横川、と三つの地域に分けられ、これらの三塔の諸堂を総称して延暦寺といわれる。

 東塔は比叡山三塔の中心で最澄が最初に入山した比叡山発祥の地。さわやかな風が吹く境内を入るとそれぞれの宗派を開かれたお祖師像が安置されている大講堂があり、国宝の根本中堂は少し下った地に立っている。延暦寺の総本堂である根本中堂には、秘仏薬師如来をまつる宝前に開山以来『不滅の法灯』が光り輝いている。その他、戒壇院文殊楼法華総持院阿弥陀堂など多くの堂塔が集まっている。

  比叡山・大講堂 お祖師像が安置される大講堂

  比叡山・根本中堂 「不滅の法灯」の灯る根本中堂

 比叡山・戒壇堂  比叡山・法華總持院
  戒壇院                         法華總持院

 美しい杉木立と静寂な空気につつまれた西塔は最澄の弟子・円澄が開いた地。豊臣秀吉が三井寺から移してきた釈迦堂を中心に伝教大師の御廟である浄土院、「弁慶のにない堂」と呼ばれる常行堂法華堂、一般の人々の修行道場・居土林などがある。人影もまばらな西塔はやすらぎと神秘の世界へ導いてくれるエリア。

  比叡山・釈迦堂 釈迦堂

  比叡山・浄土院 伝教大師御廟である浄土院

 比叡山で北に位置する横川は西塔から4㎞北あるエリア。木漏れ日の中を尾根づたいに歩くと平地では考えられない心地よい風が肌をかすめる気持ちよさ 真夏とは思えない(

  比叡山・横川に続く道

 西塔と横川の中間点ほどにある玉体杉千日回峰行者が御所に向かい玉体加持の祈祷をするため玉体杉と呼ばれている。ここで一休みして杉の大木に見入ると、差し込む光が神々しく見えた()気のせい()眺望もすばらしい

  比叡山・玉体杉 玉体杉

 奥比叡ドライブウェイを右に左に見ながら進む東海道自然歩道から横川の参道に入ると、ひとしお霊峰の感が漂ってくる。ここは最澄の弟子・円仁(慈覚大師)が開いた地である。竜ヶ池を過ぎてまず目にする朱塗りの鮮やかな舞台づくりの横川中堂。他におみくじを考え出したとされる慈恵大師(元三大師)の住居跡と伝えられる元三大師堂、恵心僧都の住居跡である恵心堂などがある。

  比叡山・横川中堂 鮮やかな舞台を持つ横川中堂

  比叡山・恵心堂 木立の中にひっそりたつ恵心堂

 東塔、西塔、横川と三つのエリアを回り、それぞれに異なった趣きで比叡山を堪能することができたて改めて、比叡山を素晴らしい聖地と感じた。花の咲き競う春、新緑と日暮や涼風の流れる夏、伽藍が紅葉に染まる秋、しんしんとした冷気と雪の舞う冬、四季折々の風景を楽しみながら比叡を散策したいと感じた一日だった。 
 

参考データ

  比叡山で延暦寺の参拝のとともに、季節の花々や眺望を楽しみながら散策できるエリアのおすすめ

 「ガーデンミュージアム比叡
 比叡山山頂にあるフランス印象派画家たちの作品をモチーフにした庭園美術館。季節の花々やハーブが咲く園内に陶板で再現されたモネ、ルノワール、ゴッホなどの絵画が展示されている。絵や花を楽しみながらのびわ湖や京都の雄大な眺望は心を癒やしてくれる。

 比叡山・ガーデンミュージアム  比叡山・ガーデンミュージアム2
 プラタナスの広場                   花の庭

立木観音 ~700段の石段の先に~

 瀬田川沿いを南に行ったところにある立木山安養寺は別名・立木観音と呼ばれ『厄除け観音』として親しまれている。立木山中で光る霊木を見つけた弘法大師がその木から作ったといわれる観音様。この時、弘法大師が42歳の厄年だったことから厄除け観音として信仰されたという。また、新西国三十三箇所20番の札所でもある。平安時代前期創健というこの寺へは700段の石段を登らなければ参拝することができない。

       立木観音・登り口

  立木観音・参道
   蝉の声に包まれた参道

蝉時雨を聞きながら、見え隠れする瀬田川を眼下に、たどり着いた境内は予想以上に狭い。本堂の前には弘法大師が霊木を見つけた際に、『観音菩薩の化身であった白鹿の背に乗って瀬田川を跳んで渡った』という伝承に由来し、鹿に乗った弘法大師像がたたずんでいた。

  立木観音・本堂
   本堂

  立木観音・弘法大師
   鹿に乗った弘法大師

 本堂からさらに少し石段を登ると小さな鐘楼があり、ここで鐘をひとつきして厄を落とす。

  立木観音・鐘楼

 鐘楼からさらに上に登り奥の院まで。汗をかきながらの参拝はかなり気持ちよく、ご利益があるのでは・・・


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