勧修寺 ~氷室の池に咲く睡蓮~

 京都市山科区にある勧修寺は昌泰3年(900年)に醍醐天皇が母・藤原胤子の菩提を弔うために創建された門跡寺院。築地塀に沿わせた桜の参道の先に表門がある。境内には本堂書院宸殿観音堂があるだけで、あとはずべて庭で、古刹というよりも、広々として開放的な庭園の印象の方がが強く感じられた。

 この庭園は氷室池を中心とした池庭と書院南の平庭の二つに分かれている。
池庭は『勧修寺氷室池園』は「氷室池」を中心に造営されていて、周囲の山を借景に、広大な自然美を楽しむ「池泉庭園」である。古く平安時代には、毎年1月2日にこの池に張られた氷を宮中に献上し、その氷の厚さで一年の豊凶を占ったと言われている。この季節、池は緑に覆われ、その間から顔をのぞかせた赤や白の睡蓮の花の何とも可愛らしいこと() また、中の島を隔てて見える観音堂は新緑に映えて一枚の絵のように見えた。

  勧修寺・睡蓮 
       睡蓮に覆われた氷室池

       勧修寺・観音堂 観音堂

もう一つ、書院南側に広がる平庭には多種の花木が植えられており、苔むした飛び石を踏みながら鮮やかさを増した紫陽花や半夏生を見ながらの散策は風流なひと時を過ごさせてくれる。

勧修寺・アジサイ  勧修寺・タイサンボク
 紫陽花                        泰山木(タイサンボク)

 さらにここで見逃せないのが樹齢750年といわれる「ヒノキ科」の常緑灌木・『ハイビャクシン』 
『黄門様』で知られる水戸光圀公の寄進で勧修寺型灯篭』といわれる灯篭を覆うように生えた巨木には圧倒されてしまう。

  勧修寺・ハイビャクシン
       灯篭に覆いかぶさるハイビャクシン

また、一面一木のハイビャクシンの途切れたあたりにある『老梅の木』これは『臥龍の老梅』と呼ばれ、江戸時代に京都御所から移植されたものだという。親はすでに枯れ、根だけが残り孫が生長して幹を絡めながら支え合っている。早春の頃にはその枝に花を付け人々を楽しませてくれることだろう。

  勧修寺・臥龍の梅
       
 春から夏の花菖蒲、睡蓮、藤、八重桜、泰山木、秋の紅葉、早春の梅と境内に植えられた植物を楽しみながら拝観できる勧修寺は『花の寺』ともいえるかもしれない。


花データ

睡蓮~ スイレン科 水生多年草
 水位が安定している池などに生息。睡蓮と蓮はよく混同されるが、違いとしては、基本的に葉に切れ込みのある方が睡蓮、切れ込みのないのが蓮。花が水面に咲くのが睡蓮、水面より上の方で咲くのが蓮。
滋賀県草津市立水生植物公園みずの森にある『ロータス館』は睡蓮や蓮をはじめとした水生植物のテーマ館。印象派の巨匠モネの睡蓮の絵を再現したスロープ、スクリーンに映し出されたロタースの生態、水面に咲く睡蓮や蓮の花など様々なロータスの世界を楽しむことができる。7月中旬~8月初旬には公園の裏にある日本最大スケールのハスの群生を見ることができる。

  勧修寺・ハスノ群生
       烏丸半島のハスの群生

紫陽花~ ユキノシタ(アジサイ)科 花木
 アジア、北アメリカに分布する低木で、名前の由来は藍色の花が集まるという意味の「あづさあい(集真藍)」が変化したものといわれる。属名の「ハイドランジア」はギリシャ語の「水の器」のこと。土のPH(酸性度)により花の色が変わり、「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」といわれる。現在日本には多くの種類のアジサイがあるが、これは鎖国時代に、オランダ商館員として来日したドイツ人医師シーボルトが、スパイ容疑で日本追放になった時に持ち帰ったアジサイが、ヨーロッパで様々な品種改良が加えられたことによるもので、アジサイの学名にある「Otaksa]は愛した妻への愛情が込められているといわれる。 

泰山木~ モクレン科 常緑高木
 北米中南部原産。葉の表面には光沢があり、裏面は毛が密集した錆色をしており、梅雨の頃に大きな白い花を咲かせ、公園や街路樹、仏閣などに植えられている。
 
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天寧寺 ~彦根城から五百羅漢の寺へ

 彦根といえば、まずは彦根城から
約260年にわたって藩政を治めた彦根藩の居城で、琵琶湖八景の一つ「有明・彦根の古城」に挙げられ国の特別史跡に指定されている。太鼓門櫓西の丸三重櫓天秤櫓など貴重な遺構が残り、現存する国宝の天守閣は姫路城松本城犬山城とここ彦根城だけである。城の北東にある旧大名庭園の『玄宮園』は大池を琵琶湖に、周囲は『近江八景』を模しており、花の香りに蝉しぐれ、紅葉、雪景色と四季折々の風情を味わうことができる。

彦根城  彦根・ハンゲショウ
彦根城天守閣                     水辺のハンゲショウ  

  彦根・玄宮園
       玄宮園からの彦根城
         
 彦根城とともによく知られた存在がもう一つ。「ゆるキャラ」界のトップに君臨する『ひこにゃん
近年のゆるキャラブームの火付け役として知られている彦根市のマスッコトキャラクターで、現在は登場スケジュールをももつ偉大な人物()である。お目にかかるのもなかなか難しいが、思わずほほが緩むポーズはなんとなく気持ちが穏やかになってしまう
  
  彦根・ひこにゃん

 彦根城からは少し離れた場所にある、井伊家ゆかりの寺院のひとつ天寧寺
井伊直弼公の父である彦根藩11代藩主・直中公が、自らの過ちで手打ちにした腰元と初孫の菩提を弔うため創建した曹洞宗の寺院。『五百羅漢』の寺とも呼ばれ、羅漢堂には、直中公が京都の仏師駒井朝運に彫らしめた羅漢様がズラリと並んでいて、その姿に圧倒される。五百羅漢の中には、必ず自分が探し求める人の顔があるという。「亡き親、子供に会いたくば、五百らかんの堂に籠れ」といった伝承も広く知られている。また、中根金作氏作庭のインド仏跡の石による『らかん石庭』も見どころのひとつで、中央の大きな石はお釈迦様、まわりの十六の石は十六羅漢さまを表しているとのこと。

彦根・天寧寺2  彦根・天寧寺
羅漢堂                          らかん石庭

 山門の脇には直弼公の供養塔もあり、中には桜田門外で襲撃された時の血染めの衣装などが納められているという。また、彼の参謀格であった長野主膳村山たか女の碑もあり、幕末の一幕を感じる場所でもあった。境内にはが多く植えられ、初秋には見ごろを迎えることだろう。

花データ

ハンゲショウ(半夏生・半化粧)~ドクダミ科 多年性落葉草本植物
 名前の由来は、半夏生の頃に花を咲かせる説と、葉の一部を残して白く変化する様子からの説がある。日の当たる湿地などに群生している。京都の建仁寺塔頭・両足院は、別名「半夏生の寺」とも呼ばれ、6~7月に「半夏生の庭園特別公開」で水辺に咲く涼しげなハンゲショウを鑑賞することができる。
 
  両足院
     両足院・「書院南庭」のハンゲショウの群生

バルトの国々 ~エストニア・首都タリン

エストニア はラトビア、ロシアと国境を接し、バルト海とフィンランド湾に面している。中世の空気を今に伝える首都・タリンは、かつてソ連の一地方都市だったが、現在は多くの観光客が行き交う北欧に開かれた『バルトの窓』となっている。また、大相撲の 把瑠都関 の出身地ということもあって、日本人には一番馴染みのあるバルト三国の国かもい知れない。タリンもやはり他のバルトの国と同じように、旧市街と新市街に分かれている。さらに旧市街は、支配者や貴族が居を構えた『山の手』と商人や職人たち市民が築き上げた『下町』に分かれたいる。山の手の中心 トームペア は高さ約24mの丘で、何か所かある展望台からは市街を見下ろすことができる。

  エストニア・展望台から 
              トームペアの展望台から

13世紀前半に建てられた騎士団の城・トームペア城は『のっぽのヘルマン』と呼ばれる塔を持ち、現在は政府と国の議会に使われている。トームペア城の正面にあるアレクサンドル・ネフスキー聖堂は帝政ロシアによって建てられた ロシア正教教会。エストニアにはロシア系の人が多く住んでいることもあり、『聖霊降臨祭』 というこの日は多くの信者でにぎわっていた。

        エストニア・アレキサンドル ネフロスキー教会 アレキサンドル・ネフスキー聖堂

 山の手から坂道を下りてくると、市民が治めた下町の中心地『ラエコヤ広場』にでる。タリンの主なイベントはほとんどがこの場所で行われるという。丁度『タリン祭』の期間ということもあり、沢山の人がステージのショーを楽しんでいた。この広場にある旧市庁舎は北ヨーロッパに唯一残るゴシック様式の建物。また、この広場の周辺には聖霊教会聖ニコラス教会や現役ではヨーロッパで最も古いといわれる市議会薬局などがある。

エストニア・ラエコヤ広場  エストニア・聖霊教会
  ラエコヤ広場と旧市庁舎                聖霊教会 

        エストニア・聖ニコラス教会 聖ニコラス教会

 ラエコヤ広場から北に向かっていくと高い塔が見えてくるが、この建物が旧市街で一番高い塔を持つ聖オレフ教会。またこの近くにある城壁は、建設当時の姿を最も残しているものだという。他にも、ブラックヘッドの会館大ギルドの会館、旧市街で最も有名な中世の住宅を改築し、現在はホテルとなっている三人姉妹などの建物がある。この「三人姉妹(スリー・シスターズ)ホテル」は天皇皇后両陛下やエリザベス女王がエストニアをご訪問された際にお泊りになったホテルとのこと。昼食のランチにもにもエンペラーズ・ランチの名が付いていた 

エストニア・聖オレフ教会  エストニア・城塞
聖オレフ教会                       城壁

 タリンの見どころは城壁に囲また旧市街に集中しているんで周り易く、予想外に時間が出来てしまったので、新市街も散策。こちらは旧市街と異なり、エストニア劇場官公庁など20世紀初めに建てられた建築が多く、近代ヨーロッパ的な表情を見せている。また、近年発展が著しいビジネス街が広がる一角で、見つけたスシ・バー『スシ・キャット』 以前テレビの番組の中で紹介されたのを見たことがあったが、実際にこの目で見てビックリ バルトの国々では結構 『スシ』 のお店を見かけたが、こちらは日本のアニメ文化の骨頂のようなお店だった

   エストニア・スシ キャット

 近郊の見どころとのことで訪れたエストニア野外博物館は、17世紀から20世紀初頭のエストニア各地の木造建築が当時のままの姿で移築されていた。それを見て驚いた()のはまるで日本の田舎のような造りの家に桶などの生活用品の数々・・・これが外国()と思ってしまうほどだった。

   エストニア・野外博物館

 最期に、バルトの国々を旅して感じたことは  が多くのどかだったこと。まだまだ発展途上の国々だが、思っていた(失礼かも)以上に近代的だったことにビックリするとともに感動した。そして、何よりも『春麗しき』と言うが花の美しかったことが最高の旅の思い出かも・・・ マロニエ花、菜の花、ライラックの花、リンゴや梨などの果物の花などなど・・・また、機会があったなら訪れてみたいと思う。

   エストニア・街角の花
    どこの街にも咲いていたライラック・・・春爛漫 


花データ

ライラック~ モクセイ科 落葉樹
 フランス語では リラ と呼ばれ、ヨーロッパ原産で春に 紫色・白色などの花を咲かせ、香水の原料ともされる。日本では『さっぽろライラック祭』がよく知られている。 

バルトの国々 ~ラトビア・首都リーガ,ルンダーレ宮殿、スィグルダ

 ラトビアの首都・リーガは人口70万人を抱えるバルト三国では抜きん出た大都市。旧市街と新市街の境には運河が流れ、それに沿って緑豊かな公園が帯のように続いている。13世紀末にハンザ同盟に加盟し、急速に発展した町には教会や商家などが造られ、旧市街を彩る建築はこの頃に建てられたものが多い。

ラトビア・リガ旧市街  ラトビア・リガ旧市街2
 市庁舎広場からの聖ペトロ教会             旧市内の風景

 また、帝政ロシア期には「ヨーロッパへの窓」として大都市に成長、新市街にはユーゲンシュティール(ドイツ語でアールヌーヴォー)様式の優雅な建築が次々と建てられた。

            ラトビア・ユーゲンシュティール建築群

 リーガの旧市街を一望するには聖ペテロ教会の塔に登るのをオススメ
高さ72mの塔からの見晴らしは素晴らしい

 ラトビア・聖ペテロ教会より旧市街

 旧市街には他に、リーガ大聖堂、大時計や数々の彫刻、レリーフだ飾られたブラックヘッドの会館、中世の住宅の三人兄弟猫の家(ラトビア人ということでギルドの加入を拒否されて商人が目の前の大ギルド会館にお尻を向けた猫を屋根の上に取り付けた)、かつての城門のスウェーデン門城壁など多くの見どころがある。

 ラトビアの見どころとしては、リーガから1時間半ほど行ったところにあるルンダーレ宮殿は『バルトのヴェルサイユ』ともいわれる、バッロク様式の豪華な宮殿。ルンダーレ宮殿はロシアの女帝アンナに愛さたビロン公の夏の宮殿として建てられ、宮殿内部は、ロココ調の装飾に埋まった贅を尽くしたものになっている。宮殿南側に広がるフランス庭園には春から夏の花が咲き乱れていた。

ラトビア・ルンダーレ宮殿  ラトビア・ルンダーレ宮殿庭園

 また、『ラトビアのスイス』とも呼ばれる、スィグルダは深い渓谷と豊かな緑に包まれたリゾートタウンとしてにぎわいをみせている。赤いレンガが周囲の緑に映えて美しいトゥライダ城、度重なる戦争で被害を受け城門だけのこるスィグルダ城跡グートゥマニャ洞穴の赤砂岩は「寄せ書き」で埋め尽くさていたのが印象的だった。

ラトビア・トゥライダ城塔から  ラトビア・スィグルダ城跡
 トゥライダ城                      スィグルダ城跡

 
 かつては「バルトのパリ」と呼ばれた首都・リーガの町並みがソ連時代には手荒く扱われたそうだが、独立後、修復されつつある建築、心休まるスィグルダの緑、豪華絢爛なルンダーレ宮殿とラトビアを堪能した旅は大満足だった

バルトの国々 ~ リトアニア カウナスからシャウレイ

 中世の面影を残すリトアニア第二の都市カウナスは、旧市街新市街がある。新市街は独立広場を起点に延びるライスヴィス通りがその中心。新市街を貫くにぎやかな並木道には、カフェや店が一直線に軒を並べていて、若者たちのパフォーマンスを見たり、店をのぞいて歩いたりと楽しめるし、日本では想像がつかないほどの長い並木道の散歩はまるで森林浴をしているようだ。

カウナス・ライスヴェス通り  カウナス・夕暮れのパフォーマンス

並木通りの突き当りにあるのが聖ミカエル教会。晴天のこの日は夜の7時でもこの青空に白い建物が美しく映えていた。

           カウナス・」聖ミカエル教会

 旧市街の中心となる市庁舎広場はゴシック様式バロック様式の建物に囲まれている広場。旧市庁舎は『白鳥』に例えられる美しいバロック建築、ギャラリーや博物館に使われている建物はゴシック建築と、昔と変わらない佇まいを残している。

カウナス・市庁舎広場  カウナス・ベルクナースの家
 市庁舎広場と旧市庁舎                  ペルクーナスの家

 13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐため造られた城、カウナス城はもともとは台形の城壁に4つの塔を持っていたが、現在は修復されて塔と城壁の一部、城郭の名残りのみになっている。城内で見かけた役者さんがなぜか、ピッタリはまって見えたのは衣装のせい(

カウナス・カウナス城  カウナス・俳優さん

 カウナスを後シャウレイへ。シャウレイは北部リトアニアの経済、文化の中心地で、十字架の丘の町として知られている。『十字架の国』と呼ばれることもあるリトアニアだが、確かにここを訪れてみれば納得できる。大小無数の十字架が立ち並ぶさまは圧巻というより壮絶に近い。近年、十字架建立はますます盛んになって現在も膨らみ続けているという。

  シャウレイ・十字架の丘

 十字架の丘を過ぎてラトビアのリーガへ。バルト三国は山がなく、ひたすらに広がる平原と森が続く。この時期、至るところに広がる菜の花の黄色の世界・・・()その景色のすばらいさに感動。ちなみに、これらの菜の花はオイルとして使用されているとのこと。

  リトアニア~ラトビア

 リトアニアには多くの湖や湿地帯があり湿度が高いと聞いていたが、好天に恵まれさわやかな気候の中での観光は最高。中世の雰囲気を漂わせた旧市街、新たに欧米の雰囲気を取り入れた新市街の両方を見ることができたのが何よりも旅の収穫に

 

バルトの国々 ~リトアニア・首都ヴィリニュス

今回は番外として海外の旅から紹介します。
 
バルト三国とはバルト海沿岸のエストニアラトビアリトアニアの3つの国のことで、歴史的にはエストニア、ラトビアは北欧諸国やドイツと、リトアニアはポーランドとのつながりが深いようである。三国ともロシア帝国に支配されていたが、ロシア革命ののちの1918年に三国とも独立をはたすも、第二次世界対戦中にソ連とドイツに占領、1940年にはソビエト連邦に併合され連邦政府統制下に置かれるた。しかし、ソ連国内のペストロイカが進展すると三国に独立回復運動が高まり、1990年のソ連8月クーデター後三国同時に独立を実現、それはソ連崩壊への大きな影響を与えることとなった。独立後は三国が共同歩調で親米、親欧の経済、外交を展開している発展途上の国 バルトの国々に関する情報ははあまりなく未知なるままに旅立つことに・・・

 初回ははリトアニアの首都・ヴィリニュス
ヴィリニュスは、ほかのバルト三国の首都と異なり、内陸部に開かれた町。この季節、マロニエ、ライラックの花がいたるところで咲き誇り、甘い香りが漂っていた。白夜にはまだ少し早いが、夜10時を過ぎてもまだほんのり明るさが残っていた。

 ヴィリニュス・ネリス川 ネリス川 河川敷 

夜は9時前なのにこの明るさ 信じられない面持ちで、河川敷で遊ぶ人たちを見いてしまった。

 ヴィリニュス歴史地区として世界文化遺産に登録されている旧市街は、中世の雰囲気が漂う石畳の道は、さびしげな裏通りがあるかと思えば、人形劇の家のようなカラフルな家並みが続いていたりとまるで迷路に踏み込んだようだ。街には50を超える教会があるというがそれだけ多くの歴史があるということかもしれない。

ヴィリニュス・大聖堂  ヴィリニュス・聖アンナ教会
大聖堂(ヴィリニュスのシンボルともされる主教座教会) 聖アンナ教会(16世紀に建てられたゴシック様式)

ヴィリニュス・聖ヨハネ教会  ヴィリニュス・聖霊教会
聖ヨハネ教会((ヴィリニュス大学の教会)      聖霊教会(ピンクの門が目立つロシア正教の教会)

ヴィリニュス・夜明けの門  ヴィリニュス・ゲディミノ大通り
夜明けの門(かつての城壁の一部)          メインストリート・ゲディミノ大通り(並木が美しい)           

ヴィリニュス・街の風景  ヴィリニュス・聖ペテロ&パウロ教会
街で見つけたポスター(親日的)           聖ペテロ&パウロ教会(内部を飾る彫刻群は必見)

ヴィリニュスの旧市街散策は、大聖堂のあるカテドゥロス広場周辺、聖アンナ教会・聖ヨハネ教会のあるピリエス通り周辺、旧市庁舎・聖霊教会のある夜明けの門通りが中心で民芸品やカフェなどが立ち並びののぞいてみるのも楽しい マロニエの大木が茂る下はさわやかな風が流れて旅の気分も最高

  ヴィリニュス・マトニエ マロニエの木


 また、新市街と呼ばれるネリス川北側の地域には近年高層ビルが立ち並び、ビジネス街となっている。そんなネリス川の近くには『命のビザ』で知られる杉原千畝氏を讃えた杉原千畝記念公園があり、公園内には夫人が自ら植えられた桜が、幾年後かには桜の公園としてヴィリニュスの人々の憩いの場所になることだろう。

杉原千畝記念公園 杉原千畝記念公園

 
 花データ

マロニエ~ トチノキ科 落葉広葉樹
 マロニエはフランス語 5~6月に白~薄い紅色の花を咲かす。街路樹として用いられ、湿気のある土地を好む。大木になり家具などの材料として使われる。
 
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ポピーランド

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