松尾大社 ~ヤマブキの黄金色に染まる境内~

 京都で最も古い神社の一つである松尾大社にはおよそ3000株のヤマブキが植えられている。4月下旬から5月初めにかけては境内一円が黄金色に染まる。楼門脇、拝殿前に流れる一ノ井川の両側には、群生したヤマブキが風に吹かれ揺れている。花の散りやすいヤマブキは、その風にはらはらと花弁を散し、花筏となって川を流れていく・・・・

 松尾大社・一ノ井川

松尾大社・境内 松尾大社・山吹

 京都市西京区ある松尾大社・『脇勧請』という太縄の吊り下げられた朱の鳥居をくぐると、楼門の間からは荘厳な拝殿が見える。

 松尾大社・楼門

 創建は大宝元年(701)秦忌寸都理が、松尾山の磐座の神霊を勧請して社殿を建てたことにはじまるといわれる。平安遷都以後王城鎮護の社となり、中世以後は酒の神となって篤く信仰されている。境内裏には霊泉『亀の井』が湧いていて、この井戸の水を醸造の際にまぜると腐らないという伝説があるそうだ。楼門を入ると、堂々とした拝殿が建ち、その先に『松尾造』と呼ばれる本殿がつづく。

 松尾大社・拝殿 拝殿

 社内には昭和を代表する作庭家・重森三玲氏の設計された庭園がある。『松風園』と名づけられた庭園は、重森氏の絶作でもある。

松尾大社・曲水の庭 松尾大社・上古の庭
  曲水の庭                         上古の庭   

松尾大社・蓬莱の庭 蓬莱の庭

 厳かな雰囲気の漂う境内と、石組構成を中心とした動と静の表現された庭園ある松尾大社、一度は訪れてみたい

花データ
 
ヤマブキ~ バラ科 落葉低木
 北海道から九州まで分布し、古くから親しまれた花で、花弁は八重と一重があるが八重咲き品種が好まれ、よく栽培されている。春の季語として用いられる。

ヤマブキを詠んだ中では、太田道灌の歌がよく知られている。

 七重八重 花は咲けども 山吹の みのひとつだけに なきぞかなしき
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高台寺 ~幻想の世界へ~

 京都の桜もそろそろ見納め・・・そんな中、高台寺に行ってきました。京都の観光地でもほとんどの人が訪れる言わずと知れた名所中の名所 豊臣秀吉の正室北政所(ねね)が秀吉の菩提を弔うために開山したお寺。 春の桜、秋の紅葉の頃とライトアップされる方丈庭園は今年も幻想の世界に導いてくれました。暗闇に広がる白砂に放たれる光の魔術は儚くもあり、美しくもあり・・・

 高台寺・庭園  
高台寺・枝垂桜  高台寺・枝垂桜2

夜遅かったので人影もまばら、思う存分幻想の世界を堪能することができました。

さらに、臥龍池に映る木々を見ながら開山堂へ。今年は『辰年』にちなみ開山堂の天井に描かれた狩野山楽の『龍図』が特別公開されていました。

高台寺・開山堂  高台寺・臥龍池
  開山堂                        臥龍池
ライトアップされた境内を豊臣秀吉とねねさんの木像が安置されている『霊屋』へと向かう。桃山時代の漆工芸美術の粋を集めたといわれる『高台寺蒔絵』の施された須弥壇や厨子を見るにつけ、往時の栄華が偲ばれる。さらに、登って行くと二つの茶室・傘亭と時雨亭がライトに映し出され、より趣きある風景に

高台寺・茶室 時雨亭

茶室を後に出口に向かう道はライトアップされた竹林の美しさに感激 竹林の隙間から見えるライトアップされた八坂の塔、遠くに浮かぶ京都タワーの光・・・唯々感激でした。

       高台寺・竹林

 今年のサクラはもう終わりだが最期の力をふりしっぼて咲いているサクラにごくろうさんと声をかけたくなるような京都の夜だった

  高台寺・夜桜

善通寺 ~弘法大師誕生の地に

 香川に来たので琴平からほど近い、善通寺まで足をのばしました。弘法大師誕生の地として知られる、真言宗善通寺派の総本山。高野山東寺と並ぶ弘法大師三大霊場のひとつだ。広大な寺域は東院と西院の二つに分かれている。唐から帰国した大師は、父より寄進された地に佐伯家(大師の生家)菩提のために伽藍を建て、真言密教の道場とした。これが現在の東院である。大師が誕生された佐伯家の邸宅跡に建てられた御影堂を中心とした寺域が西院である。
南大門をくぐると東院の域で、左手に大きな楠 (この大楠の木は樹齢千数百年ともいわれる)、右手に五重塔、正面に金堂と呼ばれる本堂があり、さらに釈迦堂、経堂などの諸堂が立ち並んでいる。ここは四国八十八か所の75番霊場でもあるから、遍路姿の参拝者も多く、以前に私も遍路姿で参拝したことを思い出し懐かしかった

善通寺・南大門  善通寺・大樟
  南大門                       大楠
善通寺・金堂   善通寺・五重塔
  金堂                         五重塔

また、東院の境内には五百羅漢があり、さまざまな表情の羅漢さんを見ているのは楽しい

  善通寺・五百羅漢

中門を入ると観智院が建ち、仁王門から御影堂のある西院になる。御影堂では御影堂の地下を一周する『階段めぐり』ができ奥殿真下にある⦅ご誕生の聖地⦆では御大師様の声を聞くことができる。真っ暗闇に中、無心に前を見つめることで日常の邪悪が清められるのではと思いながら・・・戒壇めぐりをしてきました。

善通寺・観智院  善通寺・御影堂
  観智院                        御影堂 

この境内にある御影の池には、弘法大師像の前に、大師の両親の姿も拝むことができた。

 ~参考データ

 仁王門手前の川沿いにある熊岡菓子店で作られる、手焼きで焼き上げた『堅パン』は名物。お土産にも

金刀比羅宮 ~四国こんぴら歌舞伎大芝居

 四国・香川の春の一大イベント、『四国こんぴら歌舞伎大芝居』に行ってきました。
現存する日本最古の芝居小屋・旧金毘羅大芝居(金丸座)で開催される歌舞伎も、昭和60年から始まり今年で28回目。古くから庶民信仰を集めた金刀比羅宮は、江戸時代には金比羅講など多くの参拝者を集め、門前町は様々な芝居、相撲などの興行がおこなわれた。そして、興行の都度仮小屋が建てられていた。その後、1835年に芝居小屋として金毘羅大芝居が完成して、江戸、大阪などの千両役者が舞台を踏み、全国に知られるようになった。しかし、明治以降、地回りの芝居小屋や映画館などとして利用されていたが、映画産業の斜陽化によって廃屋に近い状態になっていた。しかい、1970年に国の重要文化財に指定されのを機に移築復元されて現在の姿になった。そして多くの人の努力により、1985年に第一回の『四国こんぴら歌舞伎大芝居』が公演された。現在ではチッケトの入手も難しいようだが幸運にも、今回そのチケットを得ることができ、桟敷で貴重な体験をすることができたのです

  金刀比羅・金丸座金丸座

余談ですが、今回出演されている中村吉右衛門さんと偶然同じホテルでした

そして、本来テーマである金刀比羅宮に参拝 
こんぴらさん』で親しまれている金刀比羅宮は、明治維新の神仏分離・廃仏毀釈が実施される以前は真言宗の寺で神仏習合の金毘羅大権現と呼ばれたが、現在は金刀比羅神社の総本宮である。象頭山の中腹に鎮座し、参道の石段は本宮まで785段、奥社まではさらに582段もある

  金刀比羅宮・石段

石段を上りつめた先に、桧皮葺・大社関造りの本殿があり、大物主神崇徳天皇が祀られていて、隣には、大物主神の奥さんを祀った三穂津姫社が建てられている。

金刀比羅宮・本宮  金刀比羅宮・三穂津姫社
 本殿                         三穂津姫社 

さらに本殿から回廊を渡り、北渡殿、南渡殿が続いている。境内からは讃岐富士や讃岐平野の眺望を楽しむことができた。桜が終わり芽吹き始めた木々の緑に包まれるのももうすぐ

金刀比羅宮・北渡殿  金刀比羅宮・境内
 北渡殿                        境内

 庶民の参拝で『お伊勢参り』についであこがれお的だった『金毘羅参り』には幾つかの金毘羅街道があった。今回そのひとつ、金刀比羅宮の南口で伊予・土佐をつなぐ旧伊予土佐街道の出入口である『牛屋口』を訪ねた。多く土佐藩士の名が刻まれたの石燈籠が立ち並び主要街道として繁栄された面影が残る参道。幕末には坂本竜馬や中岡新太郎など多くの脱藩者が往来するのに使ったといわれているこの入口に、今は使われていない茅葺の茶店()らしき建物と少し前屈みの竜馬像がたてられていました。以前は地元の人もあまり訪れることのなかった場所に、大河ドラマで紹介されてからは観光客の人も増えたとか() やはり国民的英雄は何かを持っているのかも

金刀比羅・牛屋口石燈籠  金刀比羅・牛屋口

  金刀比羅・牛屋口竜馬像

参考データ

 讃岐といえばやはりさぬきうどん
この日は紹介された善通寺市にある釜揚げうどんお専門店長田in香の香さんにお邪魔しました。徳利に入ったいりこダシの効いたつけ汁とろけそうに滑らかなコシのある麺の美味しかったこと()このお店、並んでも食べてよかったです

泉涌寺 ~ 桜に誘われて京都 ~

 桜の開花の声に 泉涌寺 に行ってきました。
桜の名所に事欠かない京都にあって、何故に() 泉涌寺かというと、今年の干支である辰年にあわせて 4月末まで公開の 狩野山雪筆の蟠龍図 (ひろくは鳴龍として知られる) を見たかった、聞きたっかたからなのです。

 泉涌寺は 「御寺」 として広く親しまれている寺で、天長年間に 弘法大師 がこの地に『庵』を結んだことに始まる。その後、寺勢は衰えていたが、1218年に 月輪大師 が再興、時の皇室からも深く帰依させられ、皇室や公家などの援助により大伽藍が完成された。1224年に勅願寺となり、四条天皇が没すると山内に 月輪陵 が営まれ、以降、歴代の歴代の御陵が造営され、皇室の菩提寺となって、御寺と呼ばれようになった。
また、泉涌寺の名の由来は寺地の一角から清泉が湧き出ていたことによる。この泉は今もなお涌き続けている。

泉湧寺  泉湧寺・水屋形 
  泉涌寺                     水屋形

大門を入って左手に楊貴妃観音堂が建つ。唐の玄宗皇帝の寵愛を一身に受けた絶世の美女楊貴妃は 安史の乱 で殺され、玄宗は亡き楊貴妃を偲んで等身坐像の聖観音菩薩像を彫らせたという。この像は泉涌寺二世淡海律師により持ち帰られ、この寺に秘仏として安置されていたが、現在は公開されその美貌をゆっくり堪能することができます。

 泉湧寺・楊貴妃観音堂楊貴妃観音堂

 大門のに戻り、お寺にしては珍しく境内を下って行くと、正面に仏殿、背後に舎利殿が続くのですが、この人気のない静けさたるや びっくり()するような うれしいような・・・
秋の賑わう頃にしか来たことがなっかたので独り占めできたようで唯々感激

泉涌寺・境内  泉涌寺・舎利殿
  仏殿                      舎利殿

 さてさて、今回楽しみにしていた 蟠龍図 と御対面 ~ 天井を見ながら堂内で手を叩くと、龍が鳴くような不思議な残響音が聞こえるのです。拝観者が少ないので、自分が叩いた音だけが聞こえてうれしくなりました。残念ながら写真にとることはできなっかたけど、是非行ってみてください。(

 そして、満開の桜は仏殿に向かって左側にある大きなヤマザクラ、右手にあるソメイヨシノがでひっそりと訪れる参拝者を迎えてくれていましたよ。

泉湧寺・山桜  泉湧寺・桜
  ヤマザクラ                  ソメイヨシノ

 この日は、本坊と御座所を見学することはできかったのですが、通常は玉座の位置から庭園を眺めるという貴重な体験もできます。

花データ
 
 ~~ バラ科 落葉高木
 古代はヤマザクラ、八重咲き桜が一般だったが、現在は江戸末期に開発されたソメイヨシノが サクラ の主流となっている。日本の文化にも深くかかわっているサクラ、平安時代以降は花の代名詞となり春の花の中でも特別な位置を占める存在。和歌、俳句などにもよく取り上げられる題材で、たとえば、自らをサクラの花にたとえた 小野小町 の

 花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせし間に

百人一首で名高い 紀友則 の

 ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

平安時代の美男の代名詞のようにたとえられた 在原業平 の

 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

そして極めつけは、月と花を愛した 西行法師 の

 願はくは 花の下にて 春死なん そのきさらぎの 望月のころ

これほどまでに多くの人を魅了 サクラ サクラ
のんびりと散策しながらのサクラ、夜、ライトアアプされたサクラ、散りゆくサクラ、様々なサクラ鑑賞をしてみませんか 

                
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