石上神宮 ~ 古来朝廷の武器庫の境内で遊ぶ神の使いの鶏 ~

 この季節になると干支に因んだ寺社が話題になります。来年2017年の干支は 酉 なので酉にゆかりある神社を取り上げてみました。奈良県天理市にある 石上神宮(いそのかみじんぐう) はニワトリやチャボが境内で放し飼いにされていることで知られています。
 
   石上神宮4

 奈良市街と桜井市三輪を結ぶ山の辺の道は『日本書紀』にも登場する古代の道。その中ほどに位置する 石上神宮 は桜井市にある 大神神社 と並んで日本最古の神社と考えられ、江戸時代までは神殿がなく、背後につづく布留山がご神体となっていたといわれています。主祭神の布都御魂神は、建御雷神が所有する『神剣』のことで、崇神天皇の代に、宮中に祀られていたこの剣を、物部氏の祖・伊香色雄命に命じて、石上に遷し祀らせたと伝えられています。そしてこの神社の代表的な神宝『七支刀』には百済王と倭王の名が記されている貴重なものとして知られ、さらに多数の武器が奉納されていることから、大和朝廷の武器庫の役目も担っていたと考えられています。また、物部氏は『神剣』の管理を任されたことからこの土地を納め、石上神宮を氏神として仰ぐようになったといいます。

 布留山の北西麓に鎮座する石上神宮、古木が生い茂る参道はうす暗く、差し込む光が神々しさを感じさせます。その参道を進むと右手に広々とした池が見えてきます。鏡池の名を持つ池には水草を食べる『ワタカ』が生息しているそうです。

  石上神宮1  石上神宮2
                                   『ワタカ』が生息する鏡池
 池を囲む境内にはニワトリやチャボが悠々と歩き、生い茂った木々の枝の上からは歓迎してくれるかのように高らかな声を張り上げてくれています。

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   石上神宮15

 ひと時、鶏の姿を追いかけたのち、摂社の出雲建雄神社へ。この神社の拝殿は『割拝殿』という形式で、現存のものでは最古で国宝に指定されています。

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 檜皮葺の屋根の切妻造、正面、背後、馬道の左右には引き違い格子戸が入り、側面には両開きの板扉が設けられ、馬道上部は唐破風が備えられ、梁には素朴で美しい蟇股をのせてひっそりと佇み、苔むした屋根に歳月が感じられます。そして拝殿の奥には出雲建雄神社、さるたひこ神社、七座社などの社が並んでいます。

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    出雲建雄神社                      猿田彦神社

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    七座社                           回廊

 回廊で囲まれた石上神宮の楼門をくぐると清められた庭を前に拝殿が建っています。

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 この拝殿の奥の禁足地にはご神体である『神剣』が埋められていて、その傍らには高床式の武器かが建てられているそうです。

 神の使いとしてのニワトリやチャボが遊ぶ境内の奥に潜む古来朝廷の武器庫、石上神宮は古代ロマンに包まれた神社です。
   
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白毫寺 ~ 山寺の趣きが漂う花の寺 ~ 

 新薬師寺からのどかな道を南東に辿ると 花の寺で知られる 白毫寺 があります。高円と呼ばれたこの地は万葉歌人・志貴皇子(天智天皇の第七皇子)の離宮があったところで、その山荘を寺としたといわれています。草創についての定かな説はないようですが、鎌倉中期に興正菩薩尊が再興、その後弟子の道照が宋から大宗一切経の摺本を持帰り、転読法要をおこなったことから『一切切寺』と呼ばれといいます。白毫とは、仏の額にあって光を放つ毛のことで、本尊の阿弥陀如来像の白毫に因んで付けられたそうです。

 高円山の中腹にある 白毫寺 風情ある石段の参道では散り椿が訪れる参拝者を迎えてくれました。そして山門を入ると土塀越しに奈良の街が見えてきます。

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 境内に入ると勾配のゆるやかな屋根をした本堂が建ち、堂内には阿弥陀三尊、聖徳太子二歳像が安置されていました。

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 関西花の寺第十八番札所になっている白毫寺、四季折々の花が咲き乱れる境内、特に『奈良三銘椿』のひとつに数えられている『五色椿』は大輪の八重で、白、赤、紅白の絞りなどが美しい花びらで知られています。

  白毫寺6  白毫寺
                       『奈良三銘椿』のひとつ『五色椿』 

 寛永年間に興福寺塔頭の喜多院から移植されたといわれる樹齢およそ450年の椿、その太い幹と四方にのばした枝は圧巻です。 そして、その椿の傍では可愛らしい子福桜が花を咲かせ始めていました。

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    子福桜                           春の花が咲き乱れる境内                         

 椿やサンシュ、梅など春の花に包まれた境内、本堂と池を挟んだ小高いところでは『白毫寺』の名を持つ大椿の木が多宝塔の跡を見下ろしていました。

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    『白毫寺』の名を持つ大椿               多宝塔跡

 多宝塔跡からは『石仏の道』と名づけられた散策路があり、そこには不動、弥勒、地蔵などの石仏が静かに点在しています。椿や古木に囲まれた石仏は微笑ましく、心が和みます・・・

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 また、境内の西では奈良市街を一望できる大パノラマを堪能することができます。

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 中興の祖・空慶上人が祀られている御影堂、本尊の阿弥陀如来像、地蔵菩薩、像として残っているのが珍しい閻魔大王とその眷属の像などが収蔵されている宝蔵では多くの仏像をまじかで見ることができます。

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    御影堂                           宝蔵

 椿や水仙などの春の花に包まれた境内に射し込む優しい光に見送られ、いつかまた、参道の石段の両側を埋め尽くす見事な萩の頃にまた訪れてみたいと思います。

新薬師寺 ~ 薬師如来像をを囲む日本最大最古の十二神将 ~

 春日大社から木漏れ日の中、スズランに似た壺状の白い小花を付けた馬酔木に包まれながら『ささやきの小道』と呼ばれる下の禰宜道を抜けると高畑町。文豪の旧居や古刹が建ち並ぶこの町に、聖武天皇の妃・光明皇后が夫の病気平癒のために建立されたと伝えられる 新薬師寺 があります。

 新薬師寺 の拝観入口になる南門からは石灯籠を前に、流れの美しい屋根を持つ入母屋造りの本堂は静かに佇んでいます。

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     南門

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     天平の遺構を伝える本堂

 そして、土塀で囲まれた境内の中には地蔵堂、鐘楼などがひっそりと建ち、南門の左側には多くの石仏が肩を寄せ合うように置かています。

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    地蔵堂                           鐘楼

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    実忠和尚の御歯搭                   石仏

 この新薬師寺最大の見どころが本堂内に安置されている仏像群。黒瓦を敷き詰めた中央に置かれた円形の須弥壇には、大きく見開いた目が印象的な本尊薬師如来像を守り固めるように並ぶ十二神将像が置かれ、その躍動感と憤怒みなぎる表情は、たじろってしまいそうになります。   言葉では表現できないような感動を与えてくれるこれらの十二神将は天平時代を代表する塑像で、12体のうち11体が国宝になっています。

 本堂の西側には『織田有楽斎の庭』と名付けられた庭園があり、その一角には香薬師堂が建っていますが、飛鳥時代に作られたといわれる香薬師様は現在行方不明中とのことです。

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  新薬師寺13  新薬師寺14

 そして、南門の入口には新薬師寺の鎮守社として勧請されたという 南都鏡神社、その摂社の 比売神社 が鎮座しています。

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    南都鏡神社                        比売神社

 新薬師寺は本堂の白壁に映える萩で有名ですが、八重桜も境内を華やかにしています。四季の花々に彩られる新薬師寺の素晴らしい仏像、また会いに来たいと思います。

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福智院 ~  地蔵大仏の祀られる寺 ~

 東大寺の大仏殿に安置されている盧舎那仏や鎌倉・高徳院の阿弥陀如来坐像などで知られる大仏様は丈六(4.85m)以上の大きな仏像の通称です。奈良には最も親しまれている仏さまのお地蔵さまが大仏として安置されている寺院があります。 その 地蔵大仏 が本尊として安置されている 福智院 はもと奈良時代の高僧・玄昉がこの地に地蔵菩薩を本尊として創建した『清水寺』を前身とし、その後、興福寺大乗院実信僧正が地蔵堂として再興したといいます。

 奈良ホテルの南側に広がる大乗院庭園から少し南に下がったところにある 福智院 淡い黄色の塀に挟まれた山門を入ると、一重の裳を付け、重層のように見える鎌倉時代の様式を伝えた本堂が建っています。

   福智院1

   福智院3

 本堂には台座から約7m近い木造の地蔵菩薩像が安置され、光背に千体の小地蔵を配た姿は圧倒されそうです。しかし、その大きな地蔵さまの優しい顔と慈悲に満ちた優しい眼差しは見ていると次第に心が穏やかになってきます・・・

 優しい気持ちになって本堂を出ると、境内では手のひらほどもある大輪の椿が出迎えてくれました。

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 また、かつて大乗院の地蔵堂であったという境内には五輪塔や石仏が数多く残り、当時の面影が偲ばれます。

  福智院2  福智院5

   福智院6

 老若男女から子供にいたるまで愛されるお地蔵さま、福智院の地蔵大仏様はそれにふさわしい仏さまに思えました。

十輪院 ~ 美しい蔀戸の本堂の奥に置かれた石仏龕の地蔵菩薩 ~

 旧元興寺境内に広がる奈良町には歴史ある寺社がいくつも点在していますが、優雅な貴族の邸宅風な外観と美しい蔀戸(しとみど)で知られる 十輪院 もそのひとつ。寺伝によれば、十輪院は元興寺の別院とされ、右大臣吉備真備の長男・朝野宿禰魚養の創建と伝えられているそうです。

 南門を入ると、大きな石を前に住宅風のこじんまりとした本堂が建っています。

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    南門からの本堂                   

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      鎌倉時代建立の本堂(国宝)

 この本堂は鎌倉時代前期に石仏龕(せきぶつがん)を拝むために建立されたといいます。反りの少ない屋根、正面に広縁と蔀戸が用い、軒や床は低く抑えられ、当時の住宅を偲ばせる要素が随所に見られることから、国宝になっています。本堂の奥に置かれた龕(厨子)は花崗岩で造られていて、中央に弘法大師空海が刻んだと伝えられる本尊地蔵菩薩、左右に釈迦如来、弥勒菩薩が浮彫で刻まれ、周囲には十王、不動明王、天女などが刻まれています。まだかすかに色彩も見られる石仏龕は言葉では言い表わせない素晴らしいものでした。

 境内には本堂のほか、護摩堂(不動堂)、御影堂などの建物とはす池があります。

  十輪院10  十輪院9 
    御影堂                          護摩堂

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      はす池から望む本堂と御影堂

 その池の回りには不動明王立像、合掌観音立像などの石仏、興福寺曼荼羅石や十三重石塔などが置かれています。

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    不動明王立像                       合掌観音立像

  十輪院8  十輪院7
    興福寺曼荼羅石                     十三重石塔

 静かな境内に季節のの草木が植えられた池、その周囲を歩きながら拝める石仏・・・十輪院 は心やすらぐお寺です。
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