2018 桜紀行 4 哲学の道 ~ 桜花爛漫を求めて歩く山裾の散歩道 ~

 東山の山麓、若王子橋から銀閣寺橋までの琵琶湖疏水に沿う散歩道 哲学の道 は、大正時代に活躍した西田幾多郎や河上肇らの哲学者が散歩していたことからその名を付けられた、京都でも屈指の観光コースとして知られています。沿道には桜をはじめツツジ、ミツマタ、レンギョウなどが植えられ、道行く人の目を楽しませてくれます。なかでも約300本ある桜は『閑雪桜』と呼ばれ、大正10年(1921)に画家橋本閑雪の夫人によって植えられたことで有名です。桜の美しい疏水沿いの道を一歩は逸れて山裾の道を歩けば、静寂に包まれた中に佇む寺社が、風情ある建物や苔、白砂の美しい庭園と四季折々の花で参拝者を迎えてくれます。

 哲学の道の入口となる若王子橋を渡ると、京都三熊野神社のひとつ 熊野若王子神社 が建っています。

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    若王子橋                         熊野若王子神社拝殿

 境内の入口にそびえる樹齢400年を超える『梛の木』は参拝者の心を清める『禊の木』として知られ、この木の葉で作られたお守りは結婚、進学、その他さまざまな悩みを祓うお守りとして人気があるといいます。桜が舞い散る境内には茶店が置かれ、参拝者がのんびりと休息している光景に心が和みます。

 境内を出て再び若王子橋を渡り哲学の道沿いを歩けば、頭上に、川にと桜の花びらが降りかかり、花吹雪の中を歩いているような気分になってきます。

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 そして、大豊橋を渡れば、縁結びや安産のご利益で知られる 大豊神社 の参道に入って行きます。道の両脇には山野草やアジサイ、花木などが植えられていて、て四季折々さまざまな花と出会える花好きな人にとっては楽しみな参道です。芽吹き始めた草花や花木に目を移しながら進むと、鳥居の奥にはシダレサクラやさまざまな椿が花を咲かせ、それほど広くない境内を包んでいます。木々がうっそうと茂る東山三十六峰のひとつ椿ヶ峰を背後に並ぶ社殿、大国社の入口の『狛鼠』の頭と周囲には色とりどりの椿が置かれる遊び心が・・・

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    大豊神社拝殿                      狛鼠

 鹿ケ谷一帯の産土神として信仰される大豊神社、境内に植えられている花と愛嬌ある狛鼠のすがたに心も癒されます。

 そして、再び哲学の道へ。

 疏水沿いにはミツマタ、雪柳、レンギョウなどの春の花が入り乱れて桜との共演を演出、そのシャッターポイントを求めて右に左にと人の波が移動する状態を、しばし見入ることに・・・

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 人の波をぬうように寺ノ前橋を渡り、東に進むと 谷の御所 霊鑑寺門跡 の石段が見えてkます。通常は非公開の寺院は春と秋に特別公開されているので、天然記念物にもなっている『日光』をはじめ『霊鑑寺椿衣笠』など30種類を超す椿が植えられた庭園を拝観に境内へ。広々した石段をのぼり門を入ると、足元を染めるような散り椿の木が出迎えてくれ、水盤や玄関前の竹筒にはさまざまな椿が置かれるなど尼寺らしい愛らしい飾り付けに思わず足が留まります。

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 山の緑を背景にゆるやかな斜面に建つ本堂や書院、経蔵などが、上下二段に分かれた庭園の中に取り込まれたかのように見える境内は、春を謳歌する花たち、そよぐ風に舞い落ちる花びら、そして芽吹き始めた楓・・・と自然を凝縮したようで、そこにたたずんでいるだけで大自然に抱かれているような心地がします。

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 霊鑑寺から山裾の道を北に進むと右手の石段の上に、閑静な茅葺きの山門が見えてきます。悲話が伝わる 安楽寺 の山門は、すでに新緑の中に。法然の弟子の住連房・安楽房が開いた念仏道場に始まる寺は後鳥羽上皇の女御の松虫・鈴虫姉妹の出家という事件により荒廃するも、のちに両僧の供養のために、この地に伽藍が建立されたといいます。ひっそりと閉ざされた門の奥に広がる庭園は皐の名所として知られています。

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    安楽寺山門                        法然院山門

 さらに山裾の道を進むと、鬱蒼とした森の中に 法然院 の寺域が広がっています。少し傾斜になった石畳の参道を進むと、萱葺の山門が木漏れ日の中に静かに、趣き深くたたずんでいます。くぐった門の先には『白砂壇』が両側にのびています。水の流れを表わす白砂壇の模様を季節ごとに描き変えられるので、今は桜の花びらが描かれています。白砂壇で心を清めて境内を奥に進み、本堂の少し開けられた戸の間から御本尊様に手を合わせ、ひと時、静寂な境内を堪能・・・

 法然院から洗心橋を渡ると春爛漫な 哲学の道 の散策も終盤です。はや、葉桜になりかけた道沿いの桜に群がる人は一層数を増し、銀閣寺前は観光客であふれ返っています。その誰もがにこやかで、満足げな表情に、花見の代名詞である『』は春が贈る最大のプレゼントであることを改めて感じた 哲学の道 の散策でした。

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伏見界隈を歩く ~ 幕末の動乱が駆け抜けた酒蔵の街 ~

 豊臣秀吉の伏見城築城によって誕生した 伏見 は幕末の『鳥羽伏見の戦い』の主戦場となり、町は炎上して多くの古い建物は失われてしまいましたが、今も当時がうかがえるスポットはあちこちに点在しています。

 最も知られているのが薩長同盟や大政奉還に大きくかかわった坂本龍馬の京の定宿であった 船宿寺田屋 です。文久2年(1862)、薩摩藩士の尊皇攘夷派が穏健派に襲撃された『寺田屋事件』、また慶応2年(1866)、投宿中の龍馬が幕史に襲撃されるも、後に妻となるおりょうの機転によって難を逃れたというエピソードで知られる寺田屋には、当時を物語る品々が残されています。また、寺田屋近く、濠川沿いには日本の新婚旅行実施第一号といわれる『龍馬とお龍 愛の旅路像』がたてられています。

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      史跡 寺田屋

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    寺田屋事件記念碑と龍馬像 

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 この寺田屋の東側にある蓬莱橋から北に続く道は『竜馬通り』とよばれる商店街で、寺田屋で襲撃された龍馬はこの道を駆け抜け、西岸寺まで逃げたとか・・・ 

 『油掛地蔵さん』の名で親しまれる 西岸寺 は天正18年(1590)雲海が開創したと伝わる浄土宗の寺。その昔、山崎の油商人が寺の門前で転び、担いでいた油桶をひっくり返してしまったため、残っていた油を地蔵にかけたところ商売が繁盛し長者になったという説話から、願いのある人はこの地蔵に油をかけて祈るようになったといわれています。

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    西岸寺本堂                       油掛地蔵が安置されている地蔵堂

 また、伏見区鷹匠町にある 大黒寺 は 『薩摩寺』 ともいわれ、薩摩藩とのかかわりが深いことで知られています。大黒寺は平安時代初期に真如法親王により創建され、もとは『長福寺』と称し、元和元年(1615)、薩摩藩主・島津義弘が島津家の守り本尊の大黒天が藩邸に近い長福寺に祀られていたことから、藩の祈祷所とし、本堂に大黒天を安置したことに因んで『大黒寺』と改めたといいます。境内には西郷隆盛が私財を投じて建てたといわれる『寺田屋事件』で命を落とした薩摩藩士九烈士の眠る墓が建っています。名水で知られる伏見、大黒寺の境内にも『金運清水』とよばれる水が湧き出ていて、金運・出世・子孫繁栄にご利益があるといわれています。

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  薩摩藩家紋の十字が記された瓦をのせた本堂    境内に湧く『金運清水』

 酒造の街で知られる伏見には切り妻屋根に白壁の独特の酒蔵が並んでいます。新高瀬川ほとりにに建つ松本酒造の佇まい、足元に顔をのぞかせ始めた土筆を探しながら春風と戯れる心地よさは時間が止まったかようなひと時。菜の花がほとりを埋める頃に訪れたかった・・・と思いながらのどかな風景は十分に心を満たしてくれました。

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     松本酒造

 そして濠川沿いの黄色い花を付けたサンシュや雪柳が白い花を付け始めた川沿いを歩けば、月桂冠の酒蔵が建っています。

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    濠川                            春を告げるサンシュ

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     月桂冠大倉記念館

 かすかにピンクの蕾を膨らませた河川敷は絶好の散歩道。隠れた桜の名所で知られる 長建寺 の門前にある船着場から乗る十石舟での船旅は、水の街・伏見の良さを一層引き立ててくれます。

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    長建寺の糸桜                      十石舟

 風情たっぷりの街には酒造メーカーが開いている博物館や記念館があります。社名の由来となった『欝金桜』とよばれるサトザクラが咲く『キザクラカッパカントリー』での酒造りの見学、『月桂冠大倉記念館』での伏見の酒造りの歴史や酒造り用具の展示などを見ることができます。

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     キザクラカッパカントリー
 
 龍馬とおりょうの青春のひと時をしのび、桃山時代と幕末の面影をたどりながらの散策は、水の街・伏見ならではの風情に満ちたものでした。
 

長浜盆梅展 ~ 長浜の迎賓館を彩る早春の風物詩 ~

 早春に清楚な姿と香りで人々を魅了する梅は古くから日本人の美意識にかなった花として愛され、名所と呼ばれるところは各地にありますが、長浜盆栽展 は『盆梅(梅盆栽)』としては、歴史、規模ともに日本最大級で知られています。世界の共通語ともなった『BONSAI(=盆栽)』の歴史は古く、中国の唐の時代に行われていた『盆景』が平安時代に日本に伝わり、貴族や一部の僧侶、武士など間で楽しまれていた盆栽が、庶民の間でも広く楽しまれるようになったのは江戸末期からといわれ、この頃に日本独自の観賞スタイルが整えられ、多くの愛好家に親しまれてきたといいます。鉢の中で育てられる植物、盆栽は花を愛でるものだけでなく、葉、枝、実など様々なものがあり四季折々の楽しみがあります。長浜盆梅展で展示されている盆梅は、樹齢400年を数える老木から幹回り2m以上の巨木、そして独特の造形であることで知られています。

 展示会場になっている 慶雲館 は、明治20年、明治天皇の長浜行幸に際し休憩所として建てられ、館の名は当時の総理大臣伊藤博文よって名づけられたといいます。庭園は平安神宮や円山公園など多くの作庭を手がけた七代目小川治兵衛の作で国の名勝庭園になっています。

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    庭園を彩る大灯籠                   芭蕉の句碑

 慶雲館の入口を入るとガラス越しの光を受けた室内には、白、紅・・・一重、八重・・・と様々な色や形の梅の花がそれぞれに香りを放ち、心地よい世界に誘ってくれます。

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 この盆梅は300鉢以上もあるそうで、それらの盆梅は専門員が一年を通じて管理しておられるとのこと、日々のたゆまない苦労と愛情が注がれた盆梅が湖国にいち早い春の訪れをもたらしてくれます。
 
  盆梅展8  盆梅展7

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 盆梅の形や色などに合わせ趣向が凝らされた展示は、華やかさを際立たせるもの、可憐さを増すもの、そして圧巻な姿を見せるもの・・・館内のあちこちから感嘆の声が聞こえてきます。

 新館の二階から望む美しい庭園、館内に漂う芳しい香り、長浜盆梅展 で一足早い春を堪能してきました。


赤目四十八滝 ~ 深山幽谷に包まれた滝群 ~

 忍者の里で知られる三重県名張市は県西部の伊賀盆地に位置し、四方を山が囲み、豊かな自然が街を包んでいます。その街を流れる滝川の上流には無数の滝群があり四季折々に美しい風景を見せてくれます。 赤目四十八滝 と呼ばれる滝群、なかでも、特に見どころとされているのが『赤目五爆』と呼ばれる不動滝、千手滝、布曳滝、荷坦滝、琵琶滝。そして川沿いの散策路の周囲はケヤキやイロハモミジなどの自然林が昼なお暗い深山幽谷の趣きを醸し出して大自然を満喫させてくれます。

 赤目四十八滝の入口を入るとまず、特別天然記念物のオオサンショウウオをはじめとするサンショウウオたちが出迎えてくれます。ひんやりとした空気が漂う渓谷沿い、次々とあらわれる滝は豪快な滝、繊細優美な滝・・・とさまざまな姿を見せてくれます。

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    紅葉に包まれた赤目四十八滝入口         霊蛇滝

 不動明王に因んで名づけられた豪快な不動滝、岩を伝わって千手のように落水するところからとも、千手観音に因んでつけられたともいわれる千手滝に混じって岩や石の間でせせらぎのようにつくられた滝があちこちに・・・護摩の窟という弘法大師禅定の洞窟の先の急な石段、足を踏み外さないように上ると一枚の布を垂らしたような優美な布曳滝が見えてきます。そして背を向けた頭上には紅葉に彩られた山並が。

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    不動滝                           千手滝

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    布曳滝                           

 それぞれに名づけられた滝や岩を見ながらすすむとやがて渓谷随一の景観といわれる荷坦滝に辿り着きました。

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    七色岩                           雨降滝

 随一といわれているように、紅葉に彩られた岩を挟んで流れ落ちる滝は疲れていたことさえも忘れさせてくれる素晴らしい贈り物・・・そして、夕暮れが迫る渓谷に、最後の滝琵琶滝は今回は断念し来た道を戻ると、霊蛇滝広場周辺はライトアップされていました。

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    荷坦滝                           ライトアップされた霊蛇滝広場

 日本の滝100選、森林浴100選にも選ばれている景勝地・赤目四十八滝は目、耳、そして心までも癒してくれるところでした。



グラバー園 ~ 近代日本発祥の地 ~

 江戸時代、鎖国体制下にあって日本で唯一貿易港 出島 があった 長崎 はヨーロッパ(主にオランダ)から多くの文化が入り、東西の文物が混在した『和華蘭』文化は、今も往時の面影を色濃くの残り、国内の他の都市とは違った景観で訪れる人を魅了させてくれます。
 
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    復元された出島                     居留地の坂で知られるオランダ坂

 安政の開港とともに来日した貿易商たちはかつて外国人居留地だった南山手、東山手に木造洋館を建て、貿易業をする傍ら、近代日本の産業に貢献し、新しい時代への扉を開きました。南山手にある グラバー園 は彼らが建てた木造洋館を一堂に集めて公開している人気の観光スポット。

 修学旅行生や野外学習の児童たちが行きかうグラバー通、石畳の道を上って行くと、正面に天にその姿を誇るように中世ヨーロッパ建築・ゴシック調の教会 大浦天主堂 が見えてきます。開国とともに造成された長崎居留地に在留外国人のために建設された大浦天主堂は、国内現存最古の教会で、国宝に指定されています。

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 『フランス寺』とも呼ばれる大浦天主堂、マリア像が置かれた入口を入ると、聖堂内は100年以上前のステンドグラスが輝き、射し込む光が信者席を映し出しています。厳粛な雰囲気に包まれた中で祈りを奉げれば、徳川幕府の禁教令により、文献や史実でしか知りえない信者たちの思いに胸が痛んできます・・・

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    天主堂と旧羅典神学校                旧羅典神学校   

 大浦天主堂を出ると、かつて多くの神学生が学んだという羅典神学校の建物があり、天主堂とを挟んだ坂道を上がって行くと グラバー園 の入口に。

 グラバー園は長崎開港後に来日したイギリス商人グラバー、リンガー、オルトの旧邸があった敷地に、長崎市内に残っていた貿易商たちの邸宅を移築した野外博物館で、長崎港を望む園内は季節の花が咲き、歴史ロマンが堪能できるところです。

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       グラバー園より長崎湾、女神大橋の眺望

 世界遺産にもなっている『旧グラバー住宅』は現存する日本最古の木像洋風建築で、『グラバー商会』を設立したトーマス・ブレーク・グラバーによって建てられています。日本瓦や日本の伝統的な土壁の外観、室内は典型的な洋風の造りになっていて、内部のあちこちで当時を偲ぶ遺品が展示されています。

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                           旧グラバー住宅

 『旧リンガー住宅』は『ホーム・リンガー商会』を設立し、『ナガサキホテル』を開業したフレデリック・リンガーによって建てられた木と石が調和したバンガロー風の建物。

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    旧リンガー住宅                     旧オルト住宅

 『旧オルト住宅』は日本茶を世界に広めたことで知られる『オルト商会』を設立したウィリアム・ジョン・オルトによって建てられています。石造りの洋館は、かつてベランダでイギリス領事館のパーティが開催されたこともあったとか。

 『旧ウォーカー住宅』はイギリス人実業家、ロバート・ニール・ウォーカーの次男が暮らしてた邸宅で、大浦天主堂の隣に建てられたものを移築したといいます。

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     旧ウォーカー住宅                  旧三菱第二ドックハウス

 園内には他にも旧三菱第二ドックハウス、旧長崎地方裁判所長官舎、などの明治時代に造られた木造洋館が移築され、異国情緒豊かな建物に季節の花々が彩りを添えています。

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    旧長崎地方裁判所長官舎               旧長崎高商表門衛所

 園内から長崎湾を見下ろしながら、かつてこの地に暮らした商人たちに思いをはせれば、壮大な歴史ロマンが広がってきます。

 長崎は訪れるたびになぜか小雨に。小雨に濡れながら歩く園内のあちこちではライトアップの作業が行われていて、心なしか色好き始めた木々がそっと別れを惜しんでくれているような・・・どこか名残惜しいグラバー園の散策でした。


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