吉田神社 ~ 吉田神道で知られる大元宮に祀られる八百万の神 ~

 京都市左京区吉田神楽岡にある吉田山は桓武天皇が平安京を定めたとき、都城の東北に位置し、鬼門にあたるとして比叡山とともに王城鎮護の山と崇められたといいます。この山の中腹に鎮座する 吉田神社 は平安遷都から65年後、貞観年間に藤原山蔭が藤原氏の氏神である奈良春日神をここに勧請したことがはじまりとされ、以来藤原氏の氏神として朝廷の尊崇を集め、室町時代中期に神官となった吉田兼倶が吉田神道を興してからは、広く一般の信仰を集めるようになったといいます。

 東大路通から京都大学の校舎が並ぶ東一条通を東に進むと朱塗りの鳥居がそびえ、松の木が植えられた参道を進むと左手に吉田町の産土神・今宮社の社が建っています。

  吉田神社1  吉田神社2
                                   今宮社

 今宮社の前の鳥居をくぐり、樹木の覆われた石の階段を上って行くと、子供達の賑やかな声が響き、社殿が並ぶ境内は人気もなく閑散としています。吉田神社は『節分厄除け詣り』発祥の地といわれ、節分会は旧市中の社寺の中で最も賑わう神社として知られています。

  吉田神社3  吉田神社4

 春日造りの本殿は第一、第二、第三、第四の横一列の四棟からなり、本殿の東側の小高いところには摂社の神楽岡社、若宮社が建っています。

   吉田神社5

  吉田神社6  吉田神社7
    神楽岡社                         若宮社

 吉田山は古くは神楽岡とも呼ばれ、神々のいる場所として崇められた霊域であったといわれ、そのためか山一帯に広がる境内には摂社や末社が多くあります。料理・飲食の祖神を祀る山蔭神社、和菓子の京都にふさわしい菓子の神を祀る菓祖神社、竹中稲荷社などが鎮座しています。深い緑の木立の中に朱色の社が祀られている光景は、自然の中に神々が鎮まっておられるように思えてきます・・・
 
  吉田神社8  吉田神社9
    菓祖神社                         山蔭神社

  吉田神社13  吉田神社15
                                   竹中稲荷社

 鎮座する末社のひとつ 大元宮 は吉田神社の社家である吉田家の斎の場所。かつては吉田家邸内にあったのを文明16年(1484)にこの地に移し、吉田家の根本殿堂としたといいます。吉田家は朝廷に仕え、陰陽寮において占のことを司った家柄で、一族からは学者・文人を多く輩出していますが、中でも『徒然草』の作者・吉田兼好、吉田神道を興した吉田兼倶が知られています。
 
 天神地祇八百万神を祭神とする大元宮、門の奥には神社建築では珍しい八角形の本殿が建っています。茅葺きの屋根、朱塗りの八角に六角の後房をつけた特殊の建築は吉田神道の原理により表現された社といいます。大元宮は全国の神に参詣したと同じ効験が得られるありがたい社です。

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   吉田神社12

 多くの神々が祀られている吉田山には表参道だけでなく北参道、南参道、東参道があります。森の小道の趣きをもつそれらの参道をあがった頂上の公園には三高の寮歌『紅萌ゆる』に吉田山が歌われたことを記念する碑がたてられています。

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 かつては地域に暮らす人々の里山であった吉田山、生活環境の変化とともに失われてしまった自然の恵みは今、少しずつ取り戻すための再生の動きが進められているといいます。一日も早く、子供たちが生き物と触れ合ったり、自生している植物を見ることができる自然豊かな吉田山になることを願いつつ山を下りました。


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籠神社 ~ 古い歴史と格式を有する丹後国一之宮 ~

 日本三景のひとつ『天橋立』の北端に鎮座する 籠神社(このじんじゃ) は丹後国一之宮として名高く、元伊勢など古い伝承を有する格式ある古社で、その昔、天橋立は籠神社の境内であり、参道であったといいます。由緒によれば、創建は神代に遡り、北の奥宮の地・真名井原に豊受大神を祀っており、その宿縁によって崇神天皇の御代に天照大神が大和国笠縫邑から遷って与謝宮(吉佐宮)と称して豊受大神と一緒に祀り、その後、天照大神、豊受大神が伊勢に遷られたことによって 元伊勢 といわれ、両大神が伊勢に遷った後は天孫彦火明命を主祭とし、社名を 籠宮 と改め、元伊勢の社、丹後国一之宮として崇敬を集めてきたといいます。また、元伊勢である籠宮に奉仕する海部家は古い家柄を誇り、平安時代に編まれた『海部氏系図』は現存する最古の系図といわれ、国宝に指定されています。

 天下の名勝・天橋立が参道といわれる 籠神社 参道の松並木の中を北に向かって歩みを進めると、国道挟んだ先に大きな石の鳥居がそびえ、鳥居をくぐるとその先に白木の鳥居がたち、神門が建っています。

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    一の鳥居                         二の鳥居

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     神門

 神門の前では阿吽一対の石造狛犬が参詣者を迎えてくれます。

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 桃山時代の傑作といわれる狛犬は、その昔作者の魂がこもり、天橋立に暴れ出て通行人を驚かせていたので、たまたま仇討に来ていた岩見重太郎が一夜待ち伏せ、狛犬の脚を切ったところ悪戯が治まって社頭に還り、魔除けの狛犬といわれ霊験があらたかに名tっと伝えられているそうです。

 神門を入ると拝殿の前には6月の神事に使われる『茅の輪』が置かれていました。半年間の罪の穢れを祓い、残り半年が無事におくれることを願いながら、作法に従って茅の輪をくぐって身を清め、参拝を。

 籠神社の社殿は伊勢神宮とほぼ同じ唯一神明造りの様式で造られていています。境内には恵美須社、天照大神和魂社、春日社、猿田彦社、真名井稲荷社が祀られ、水琴窟が置かれた御生みの庭や亀に乗った倭宿禰命像が置かれています。

 籠神社の奥宮である 真名井神社 は本宮から徒歩で15分ぐらいの古木が生い茂る静寂に包まれた中に鎮座されています。この地に豊受大神が祀られた理由のひとつに『真名井の水』が湧き出ていたことと伝えられ、鳥居の傍らにある岩からは霊験ある御神水・天の真名井の水が今も涌き出ています。

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   天の真名井の御神水                  鳥居と参道

 鳥居をくぐると静寂な境内に漂う凛とした空気に全身が清められ、身も心も魂をも奪われそうな気持になってきます。本殿に守られるように鎮座する磐座、そこには神代の魂が存在しているように思えてきます。

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    本殿                            磐座

 天橋立にある 天橋立神社籠神社真名井神社 の三社を巡ることは『三社参り』と呼ばれ、この順番に参拝するとお利益がアップするという言い伝えもあるようです。

 天橋立の眺望と由緒ある神社の参拝はパワーを授かった素晴らしい散策でした。

天橋立神社 ~ 日本三景・天橋立に鎮座する恋愛成就のパワースポット ~

 京都府の北部、日本海に面した宮津湾と内海・阿蘇海を南北に隔てる砂州 天橋立 は、古代より奇勝・名勝として知られ、『日本三景』のひとつになっっている景勝地。全長3.6㌔の砂州には数千本もの松が生え、その美しい姿を眺めるスポットもいくつかあります。中でも文殊山から眺める『飛龍観』、笠松公園から眺める『斜め一文字』は絶景スポットとして知られています。

   籠神社1
     文殊山 天橋立ビューランドからの『飛龍観』

 天橋立の入口となる廻船橋は内海と外海をつなぐ運河に架けられた橋で、中央の橋脚を支点に90度回転して、大型船に航路を開ける光景は天橋立観光の見どころのひとつです。この橋を過ぎ、大天橋を渡ると目の前には枝を大きくのばした雄大な松林が広がっています。松林の真ん中にのびる一本道、松林のところどころには『日本の道100選』 『日本三景』などの石碑、天橋立を詠んだ句碑や歌碑などもたっています。

  籠神社2  籠神社3
    廻船橋                          松林の中にのびる砂洲一本道                        

  天橋立1  天橋立2

 木漏れ日がさし込む一本道はかすかに塩を含んだ風が吹き抜け、絶好の散策日和  盛夏の賑わいを前にした砂州は海の中道であることを忘れさせる静かな佇まい・・・心地よさに導かれながら進むと、砂州の幅がもっとも広くなったあたりに 天橋立神社 が鎮座しています。橋立大明神とも呼ばれる天橋立神社は『日本三大文殊』のひとつ 智恩寺 の鎮守といわれ、『恋愛成就のパワースポット』として知られている神社。伝承によればその昔、天にあった男神・伊弉諾大神が地上に祀られていた女神・伊弉冉大神のもとに通うため、天から長い梯子を地上に立ててと通われといわれていたが、一夜梯子が倒れてしまい、それが天橋立になったと伝えられているともこと。そのことから天橋立は神と人、男性と女性とを結ぶ懸け橋と信じられ、『恋愛成就のパワースポット』として人気があるようです。

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     天橋立神社
                                          
 天橋立神社の傍らには『磯清水』の井戸があります。『日本名水100選』になっている磯清水は、周囲が海であるにもかかわらず、清水が湧き出すという珍しいもの。飲むことはできませんが、天橋立神社の手水として用いられています。伝承ある神社に珍重されている湧き水を用いての参拝は、なんとも贅沢な参拝になりました。

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 波の寄せる音さえも耳にしない砂州、海のなかであることを確かめようと海岸に足を踏みだした先で見つけたハマヒルガオ、人の目に留まらないような荒れ地での開花に思わず『頑張れ』と・・・

       籠神社4

 何度も訪れながら砂州を歩く機会がありませんでしたが、天橋立内には由緒ある松の木や旧跡があることを知り、のどかな景観を目にすることができた今回の散策、楽しいひと時でした。


2017 桜紀行 2 ~ 『平野の夜桜』で知られる平野神社からわら天神 ~

 花と言えば『』を指すように、花の代名詞のような『』は春の花の中でも特別の位置を占め、その花の下で行われる『お花見』は春の風物詩となっています。その始まりは農民たちが山桜の開花で稲の吉凶を占った『山見』が源といわれています。日本人に愛され、親しまれている『』、その名所といわれるところは各地にあります。桜の名所に事欠かない京都で、品種が多いことで知られる 平野神社 は3月半ば過ぎから4月下旬までの長い間、異なる桜が咲き継いで多くの人々を楽しませてくれます。平野神社は桓武天皇の平安京遷都に伴い、平城京の田村後宮からこの地に遷祀された古社で、朝廷から崇敬され、源氏・平氏をはじめ諸氏から初神と崇められ、平安中期には伊勢、賀茂、石清水八幡宮、松尾大社に次ぐ名社に数えられたといいます。

 衣笠山の東麓、平野の地に社殿を構える神社、朱塗りの鳥居を覆うように桜が枝を伸ばし参詣者を迎えてくれます。

  平野神社1  平野神社2
                                   神門

 神門を入ると拝殿があり、その奥に『平野造』とよばれる独特な建築形式の本殿があります。これは一間社流造(春日造)の本殿を二殿ずつ結び、正面に向拝を付け、三間社のように見える構造で『比翼春日造』とも呼ばれ、今木皇大神、久度神、古間神、比賣神の四神が祀られています。

  平野神社3  平野神社4
    拝殿                            本殿

 江戸の昔から桜の名所として知られる社域には50種400本あまりの桜が植えられているといいます。

  平野神社5  平野神社6
    華やかな八重紅枝垂れ                 愛らしい胡蝶  

 社域の南側一帯は桜苑になっていて、苑園内は桜の枝をさえぎるほかの大木がなく、桜が天井のように頭上に広がり、それぞれに異なる花を付けた桜にあちこちで感嘆の声が響きます。早咲きの桜の花びらが風に舞い、地面で飛び交う風情にまた感動・・・そして、『夜桜』の名所として知られる社域、薄明りの空色の下にライトアップされた桜が映し出される光景は春の宵にあでやかな彩りで楽しませてくれます。

   平野神社7

  平野神社8  平野神社9

 荘厳な古社の風格が漂う平野神社、花時にみせる華やかな風景は京都に春を訪れを告げてくれる使者に思えます。

 賑わう平野神社から少し北に歩くと わら天神 の鳥居が見えてきます。

  平野神社10  平野神社11

 正式名は 敷地神社 ですが、通称の『わら天神』の呼び名があまりによく知られているため、『敷地神社』といっても『どこのこと』といわれかねないほどです。創祀時期は不詳ですが、社伝では天長5年(828)に淳和天皇が勅使を使わして止雨を祈願したと伝えているそうです。祭神が木花之開姫であることから安産の神として信仰され、この社が授ける安産祈願の護符に節があれば男の子、節がなければ女の子がうまれるという言い伝えから わら天神 と通称名になったといいます。

 西大路通に面してたつ鳥居の横で桜の枝を頭上にのせたような狛犬を見ながら参道を進むと、色鮮やかな桜が目に留まりました。桜を見ながらさらに進むと参道は直角に曲がり、社殿が建っています。拝殿の前には安産祈願と思われる人たちが一心に手を合わす姿が・・・

   平野神社12

 手入れの行き届いた境内とこじんまりとして風格ある拝殿や本殿は清々しくて気持ちの洗われる神社、その境内の片隅でひっそりと咲く桜・・・これも桜・・・と思いながら神社をあとにしました。 

  

城南宮 ~ 方除の大社で愛でるしだれ梅と椿  ~

 早春に清楚な花を咲かせ、甘い香りを漂わせる梅の花、その清らかな姿は万葉の貴族たちの心をとらえ、古くから『四君子』のひとつにあげられていました。日本人の美意識にかなった梅の花はその後も愛され続け、今も各地に梅の名所として知られるところは数多くあります。『方除の大社』として信仰されている 城南宮 もそのひとつ。京都市伏見区に位置する 城南宮 、由緒によれば、平安遷都の際に国の安泰と都の守護を願って創建されたとも、この地にあった城南寺の鎮守社としたのが始まりともいわれています。平安後期、退位した白河上皇がこの地に鳥羽離宮を築くと、城南寺の祭礼『城南寺明神御霊会』が盛大に行われ、また上皇は、熊野詣の精進屋をこの地に設けて道中の安全を祈願し、貴族は悪い方角を避けるために『方違い』の宿所を定め、方除の信仰が高まったといいます。城南宮の祭神は国常立尊、八千矛神(大国主命)、息長帯比売命(神功皇后)の三神で、神紋は神功皇后の旗印にちなむ日・月・星の三光を象っためずらしいものとのこと。

 社域の西側に国道一号線、北側に高速道路のインターの出入り口と京都でもきわめて交通量の多い場所にある城南宮、しかし、築地塀のように樹木が囲む境内は驚くほどの静けさが広がっています。城南宮道にある東鳥居を入ると、真幡寸神社、唐渡天満宮が建ち、さらに進むと社殿へ導く城南鳥居が建っています。鳥居の入口にある手水舎には『伏見八名水』のひとつ『菊水若水』が湧き出ていて、この水を飲むとあらゆる病が治るといわれています。また、東大寺のお水取りの香水は若狭の遠敷川からこの菊水若水の下を通って、二月堂の若狭井に達すると伝えられています。

  城南宮1  城南宮2
    東鳥居                           唐渡天満宮 

  城南宮4  城南宮3
    城南鳥居                         菊水若水

 鳥居の先には拝殿、本殿が真っすぐに並び、拝殿の左右にはならび殿、神楽殿が建っています。これらの社殿は平安時代の建築様式で昭和53年(1978)に造営されています。

  城南宮5  城南宮6
    拝殿                            本殿(現在は工事中)

 城南宮といえば京都の春秋の歳時記にかならずといっていいほど取り上げられる平安貴族の風流な遊びを再現した『曲水の宴』と四季の花木を植栽した神苑『楽水苑』が有名です。春の山、平安の庭、室町の庭、桃山の庭、城南離宮の庭の五つの趣の異なる庭は『源氏物語』に登場する植物などを百種以上も植栽されていることから『源氏物語 花の庭』とも呼ばれ、その神苑の春しだれ梅と椿から始まります。150本ものしだれ梅が植えられた春の山、築山を彩る光景に訪れた人々からは感嘆の声が・・・その声につられるようにあちこちでシャッターを切る音が響きます。陽光を浴びた苑内は鮮やかなピンクと吹雪のような白い梅の花に包まれとこまでも花、花、花・・・そして地面を覆う淡い緑の苔の上には数輪の散り椿が、まるで一枚の絵を見るような風景をつくりだしています。

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     春の山

  城南宮7  城南宮10

   城南宮8

 春の山から山里のような風景をみせてくれる苑路を進めば、その先には平安貴族の邸宅に倣ってつくられたという池や苔で覆われた平安の庭がつづきます。その風景はなんとも優雅で、この庭を流れる鑓水を前に開催される『曲水の宴』の雅な映像が思い出されます。

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    平安の庭                         曲水の宴の鑓水

 そして神苑は東鳥居と西鳥居を結ぶ参道を挟んだ南側にも広がっています。池を中心に室町時代の庭園様式で築かれ、椿や見事な枝ぶりの松が植えられた室町の庭、ツツジなどの刈込で山並みを表し、芝生を海に石を島に見立てた雄大な桃山の庭、茶室楽水軒でお茶を頂きながら眺めるこの風景は格別なものに思えてきます。

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     室町の庭                        桃山の庭

 桃山の庭の裏手には玉砂利を池に、点在する石組みを御殿に表した城南離宮の庭があります。白い玉砂利が眩しい庭は離宮の風景を枯山水で表しているといいます。

       城南宮15 城南離宮の庭

 京都の花の名所として知られる城南宮の神苑、桜、山吹、藤、ツツジ、紅葉・・・と、四季折々の花木や可憐な草花に彩られる苑内はいつ訪れても花好きにはたまらない魅力をもたらしてくれます。国の安泰、武勇に秀でた神、そして安産と子育てを守護する神の祀られた 城南宮 はそのご利益を願うとともに美しい花々で心が洗われる神社です。

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