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2019 桜紀行 4 松本城 ~ 北アルプスの残雪を背景に桜が囲む国宝の城 ~

 長野県の中央部に位置する松本市は国宝 松本城 を中心とする城下町。戦国時代の永正年間に、信濃守護家・小笠原氏が林城を築城し、その支城のひとつ深志城が始まりといわれています。その後、武田信玄による信濃侵攻により武田氏が支配、武田氏滅亡後は織田信長の武将木曽義昌が入城するも、本能寺の変による動乱に乗じて小笠原氏が深志城を回復し 『松本城』 と改めたといいます。豊臣秀吉が天下をと統一すると石川数正が入封し、子の康長とともに城を強化、現存する日本最古を誇る天守閣もこの時代に建てられたもの。その後、小笠原氏、戸田氏、松平氏、堀田氏、水野氏を経て戸田氏が入封して明治に至ったといいます。

   松本城1

 松本城公園に入ると、真っ青な空に残雪の眩しい北アルプスの山並を背景に 『烏城』 とも呼ばれる黒漆塗の松本城が美しい姿を見せています。

   松本城6

 典型的な平城の松本城は5重6階の天守を中心にし、北面に乾小天守を渡櫓で連結し、東面に辰巳附櫓・月見櫓を複合した複合連結式天守といいます。紅い欄干を配した辰巳蚹櫓・月見櫓は徳川三代将軍家光が善光寺に参拝する途中に松本に立ちとるとの内意を受けたことから建てるも参拝が中止となっため使われなかったといいますが、赤い欄干が目を引く月見櫓は天守と一体となっている唯一の遺構で、平和な時代の象徴ともいわれています。

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    大天守と月見櫓                     黒門

 満開の桜に誘われて散策する園内は思い思いのスタイルで桜を楽しむ人々で賑わっています。そして二の丸殿跡近くにある太鼓門からは時折り打ち鳴らされる太鼓の音が響いてきます。この太鼓門の特別公開は年に3回行なわれ、誰でも打つことができるとのこと。

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                                   桜に囲まれた内堀

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    二の丸御殿跡から望む大天守            太鼓門

 数十年ぶりに訪れた松本城は思いのほか規模が小さかったことに驚きましたが、黒塗りの美しさは昔も今も変わらず当時を偲ばせてくれました。そして、彼方から見守る北アルプスの峰々も変わらず雄大で、桜花との共演は四季折々の風景の中でも最上級かと・・・2019 桜紀行 を締めくくる素晴らしい思い出になりました。

  松本城7  松本城10

 
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2019 桜紀行 3 くろ谷界隈 ~ 静寂な寺社に咲く桜花 ~

 丸太町通の北の丘上の建つ金戒光明寺から真正極楽寺(真如堂)あたりは紅葉の名所で知られていますが、桜の頃もまた趣きある風情を見せてくれます。

 『黒谷さん』 と京都人から親しげに呼ばれる 金戒光明寺 は知恩院、知恩寺、清浄華院とともに浄土宗四カ本山のひとつ。城壁のように石垣を廻らせた境内と石段の上にそびえる山門は親しみよりも威厳を感じさせます。高麗門をくぐり、塔頭寺院を見上げながら進むと左手に満開の桜を従えた雄壮な山門があらわれます。

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      高台に構える山門

 観光客の少ない境内には桜を眺めながら散歩する地元の人や墓参りに訪れる人の姿が見受けられるだけの静寂な空間が広がり、御影堂の外回廊からは京都市内や遠く愛宕山、西山までが見渡せる眺望が。そして、桜の花びらが舞い散る境内を東に向かい、極楽橋を渡ると德川秀忠の正室お江の供養塔が、さらに東奥の石段を登ると、徳川秀忠追悼のために建てられた三重塔が建っています。

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                                   三重塔

 金戒光明寺の周囲に群れる塔頭寺院の塀や屋根の上には満開の桜が青空にとけ込むようにそびえる風景が広がり、桜散策をより楽しませてくれます。

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                        金戒光明寺塔頭寺院に咲く桜

 塔頭寺院や住宅街をさらに北に進むと 宗忠神社 の長く急な石段と鳥居が左手に見えてきます。宗忠神社は黒住教の教祖・黒住宗忠を祀る神社として文久2年(1862)に創建されています。黒住教は黒住宗忠は江戸末期の文化11年(1814)に開いた神道十三派のひとつで、武士や地主、豪商層に信者が多く、また京都の公家たちからも尊信を集め、現在の地に社殿を建立し、孝明天皇の勅願所となったといいます。吉田山の南山腹の平坦地に拝殿、本殿、天照大神を祀る神明殿が建つ境内は静寂な神域となっていますが、現在は修理中のため拝殿には近づきがたい状態になっていました。

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                      満開の桜に覆われた宗忠神社参道 

 宗忠神社の石段を下りながら前方に目をやると、正式名のよりも 『真如堂』 の名で親しまれる 真正極楽寺 の朱塗りの総門があり、門の手前には見事な桜に包まれて真如堂塔頭のひとつ 法伝寺・咜枳尼天(だきにてん) の鳥居が建っています。

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     法伝寺・咜枳尼天の鳥居前

 法伝寺は神仏習合の名残りを残す寺で、開基は順徳天皇、本尊の咜枳尼天は弘法大師の作と伝えられているといいます。呢枳尼天は仏教の神(天)で、日本では稲荷信仰と混同されて習合し、白狐に乗る天女の姿で表わされ、法伝寺の咜枳尼天は日本最初の稲荷大明神とも伝えられているといいます。夜叉の一種とされているので恐ろしいと思いますが、今はは福をもたらしてくださる神さまとして知られ、正しく祀り強い気持ちをもってお願いすれば願いを聞き届けてくださるといいますが、今回は美しい桜がご利益かと・・・
 
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    咜枳尼天                         境内の枝垂れ桜

 紅葉の名所で知られる 真如堂 もこの季節は訪れる人も数がなくひっそりとしています。

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    本堂                            元三大師堂

 寂寞感がただよう境内を散策すれば、諸堂の間に射し込む春の日差しに癒され、ときおり耳にする鳥のさえずりが心に染み入ってきます。

 華やかな桜、ひっそり咲く桜・・・いずれの桜も人の心を躍らせ、励みにもなります。そして、今年も美しい桜に出会えたことに感謝と喜びに浸りながら境内をあとにしました。                    


2019 桜紀行 2 京都 平安神宮と琵琶湖疏水 ~ 満開の桜に魅了されて ~

 京都の近代化の象徴ともいえる 『琵琶湖疏水』 桜のシーズンは大津エリア、山科エリア、蹴上エリア、岡崎エリア、それぞれに美しい父兄が堪能できるお花見の名所として知られています。

 平安神宮のある岡崎エリアも 琵琶湖疏水 に大きく枝を差し出した桜が華やかで、思わず見とれてしまいます。咲きはじめから満開の桜も見事ですが、ひらひらと舞い落ちる花びらが水面を流れゆく光景は見惚れるほどの美しさを見せてくれます。十石舟がゆったりと桜回廊を行き交う風景は乗船している人も川沿いで眺める人も楽しめるこの季節の風物詩となっています。

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                          岡崎疏水の桜並木

 平安遷都1100年を記念して創建された 平安神宮 は紅枝垂れ桜の名所として知られています。玉砂利が白く輝く広場を前に平安京大内裏の朝堂院を約三分の二に復元したもので、大極殿と左右二つの楼閣は朱塗りの柱に白壁、緑の屋根の組み合わせが王朝の建物を彷彿させてくれます。そしてその奥に広がる広大な神苑は華やかな王朝時代を偲ばせてくます。

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     平安京を偲ばせる建物

 南・西・中・東の四つからなる庭は、明治時代を代表する池泉回遊式庭園として知られています。なかで紅枝垂れ桜で知られているのが南神苑で、その鮮やかさはこの世のものとは思えない景色を見せてくれます。

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                         神苑を染める紅枝垂れ桜

 圧倒的な存在感を示す桜に心を奪われながら進むと花菖蒲が群生する西神苑とつながり、白虎池に浮かぶ桜の花びらがもの悲しさを漂わせています。そして中神苑を過ぎると東山を借景に尚美館、泰平閣を映す栖鳳池が姿をあらわします。

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     桜花を前に優美な姿を水面に映す泰平閣と尚美館

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 平安絵巻をひも解いたような優美な世界に包まれた 平安神宮の神苑の桜 その美しさは文学の世界にも登場しています。川端康成の 『古都』 に描かれている桜はここ平安神宮の桜であり、また谷崎潤一郎の 『細雪』 にもここの桜が描かれています。一度は見たい京の代表格の桜、目に焼き付いて離れない桜です。


2019 桜紀行 1 久安寺 ~ 花と緑に包まれた行基開創の古刹 ~

 大阪府池田市伏尾に位置する 久安寺 は 『花の寺』 とも呼ばれ 『関西花の寺12番霊場』 になっている古刹。寺伝によれば、神亀2年(725)に聖武天皇の勅願により行基が開創、天長年間(824~833)に弘法大師空海が真言密教の道場として中興し、久安元年(1145)には、近衛天皇の勅願により祈願所として再興され 『久安寺』 と号すようになったとのこと。そして、豊臣秀吉が参拝し、三光神を祀り 『月見茶会』 を催されたと伝えられ、江戸時代中期に歌人平間長雅が移り住み、観音信仰の聖地として庶民に広く知れ渡ったといいます。

 満開の桜の傍らでそびえる楼門は室町時代の再建といわれる現存する当山最古の建物で 『最も美しい楼門』 と評され、左右には南北朝期作といわれる金剛力士像が安置されています。

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                                   楼門

 和様・唐様折衷様式の壮大な楼門を入ると、苔生す石垣と芽吹き始めたモミジやアジサイの中に緩やかな傾斜のある参道が伸びています。古刹の雰囲気が漂う参道をしばらく行くと、最盛期には49もの子院のうち唯一残り、現在は本坊となっている小坂院の薬医門が建っています。

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    古刹の趣きを漂わせる参道              本坊

 受付を入ると秘仏千手観音立像が安置された本堂、左手に普供養の庭を前に三十三所堂と寺の文化財が収蔵された阿弥陀堂が、さらに小高いところには弘法大師像が安置される御影堂が建っています。また、本堂の右手には西方阿弥陀浄土に対して東方薬師浄土から薬師堂が建てられています。本堂を背に境内を見わたせば浄土の世界が広がる光景にしばし瞑想・・・

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    本堂                            普供養の庭と三十三所堂・阿弥陀堂

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    御影堂                           薬師堂

 そして、本堂の北側には 『虚空園(こくうえん)』 と名付けられた美しい庭が広がっています。

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 バン字(こころ)池を中心に刈込の花木が配されている庭は、春の陽ざしを浴びて華やかさを増し、そよぐ風に揺れるほころび始めた枝垂れ桜が絵巻物のような風景を見せてくれます。

 虚空園と豊臣秀吉が三光神を祀ったア字山の間の道 『両果の道』 を北に進むと地蔵堂・朱雀池があり、その先に仏塔が建っています。

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    三光社                           地蔵堂

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    朱雀池                           両果の道と仏塔

 境内全域が密教教学マンダラ思想による庭といわれる 久安寺の庭園 さまざまな植物が植えられた庭は四季折々に美しい風景で訪れた人に感動をもたらしてくれます。そして、その庭に身をおくことで少しでも仏の世界に近づけたらと・・・願いながら境内をあとにしました。

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    満開のミツマタ                      ミツバツツジ

明石散策 2 ~ 平忠度ゆかりの腕塚神社から「源氏物語」ゆかりの無量光寺 ~

 明石には歴史に名を残す人物ゆかりの史跡が多く残っています。 明石市天文町にある 腕塚神社 は源平一の谷の戦いで腕を切り落とされて散った 『平忠度の腕』 を葬った神社として知られています。
 
 『平家にあらずんば人にあらず』 との言葉があるように栄華を極めた平家でしたが、清盛亡き後は次第に弱体化し、、『源平一の谷の戦い』 で源氏に敗れ、多くの公達が命を落とした中に平清盛の異母弟・平忠度がいます。藤原俊成に師事し、歌人としても知られた忠度は、一の谷の敗色が濃くなると、少し葉からの部下と海岸沿いに西に落ち、明石のこの地で源氏の将と戦い右腕を斬り落とされ、「もはやこれまで」と覚り、念仏を唱え討たれた様子から名のある武将と思い、箙に結び付けられた文を広げると

         行き暮れて木の下陰を宿とせば花や今宵の主ならまし 忠度

とあり、武将が有名な薩摩守忠度であることが分かったといいます。かつては腕を埋めた祠であったのを、昭和53年((1978)に現在の地に移され神社としてといいます。また、神社から少し南には忠度の亡骸を埋めたと伝わる 忠度塚 があります。

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    両馬川旧跡                       忠度塚

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     腕塚神社

 潔く明石の浜に散った風流武将・平忠度に思いを馳せれば、

         さざ波や志賀の都は荒れにしが昔ながらの山桜かな

この歌が浮かぶには、歌の舞台の地に住んでいるからかもっ知れませんが・・・

 そして、明石には 『源氏物語・明石の巻』 に登場する社寺や史跡も残されています。

 明石市大観町にある 善楽寺 は源氏物語に登場する明石の君の父  『明石入道・浜の館』 があったといわれているころです。善楽寺は戒光院・実相院・円珠院の総称で大化元年(645)、法道仙人によって創建された市内で最も古い寺院といいます。平安末期に平清盛が再興したと伝わり、境内には清盛の供養塔や明石入道の碑が立っています。

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    善楽寺 山門                       戒光院 本堂

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    平清盛供養塔                      明石入道の碑

 善楽寺から少し入ったところにある 無量光寺 は光源氏が月見をしたと伝わる屋敷で、境内には源氏稲荷が建っています。

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                             無量光寺

 また、無量光寺の山門前には光源氏が明石の君の住む 『岡辺の館』 へ通ったとされる 『蔦の細道』 が残されていて、往時を偲びながら道を辿ればロマンに胸がときめきます。

         明石10 蔦の細道

 そして、『食のまち』 明石を代表するスポットが 魚の棚商店街 で、明石城築城とともに誕生したという商店街は400年の歴史を持つ明石の台所。目の前にある明石海峡から上がる鯛や蛸をはじめとする新鮮な魚たちが並ぶ商店街を散策すれば、名物の明石焼の匂いに思わず頬が緩んできます。

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    明石海峡                         魚の棚商店街

 『時・歴史・食のまち』 それぞれのスポットを巡り歩いた 『明石のまち』 訪れたことで知り得たことも多い有意義な散策となりました。

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