化野念仏寺 ~ この世のもの悲しさを語る石仏・石塔で埋められた境内 ~

 京都・奥嵯峨の『化野』と呼ばれる一帯は古来から、『鳥辺野』『蓮台野』とともに葬送の地として知られています。境内を石仏・石塔が埋める 化野念仏寺 は、弘法大師がこの地に葬られた人々を追善するために五智山如来寺として開創、その後、法然上人が念仏道場とした浄土宗の寺院です。この由緒ある寺院をことさら有名にしているのが、毎年8月23,24日の夜に行われる無縁仏の霊にローソクをお供えする『千灯供養』 その幻想的な光景は嵯峨の夏の風物詩になっています。

 愛宕神社一之鳥居の門前にある嵯峨鳥居本の町並みを歩いていくと、『五山の送り火』のこの日、通りの一角では鳥居形の送り火に奉納する護摩木に願い事を書いている地元の人や観光客の姿が・・・

   化野念仏寺1 
     嵯峨鳥居本伝統的建造物保存地区 

  化野念仏寺2  化野念仏寺13
    奉納される護摩木受付所               五山の送り火 鳥居形

 町並みの中程、苔生した石垣があり、その入口にはあだし野の石柱がたっています。緑の苔と木漏れ日が揺れるゆるやかな石段、サルスベリの花びらが散る参道は真夏の暑さを忘れさせてくれます。足を踏み入れた境内の入り口近く、絨毯を敷き詰めたような苔の上には石仏がまばらに置かれ、塀に沿うように無数の石仏が並んでいます。

  化野念仏寺3  阿d氏の念仏寺4

  化野念仏寺5  化野念仏寺6 
                                   仏舎利塔(納骨堂)

 整然と石仏・石塔が並べられた『西院の河原』 この境内には8000体を数える石仏・石塔が祀られていますが、これらの石仏・石塔はあだし野の山野に散乱埋没していたものを明治時代に地元の人々が、極楽浄土で阿弥陀仏を聴く人々になぞられて配列されたものといいます。

   化野念仏寺7

  化野念仏寺8  化野念仏寺9

 室町時代のものが多いといわれる石仏・石塔、何百年という歳月により何時しか無縁仏となり、野の片隅に埋もれたもの、うち捨てられたもの・・・この世のもの悲しさが胸をよぎります。

 境内には湛慶作といわれる阿弥陀如来像が安置された本堂、庫裏、地蔵堂、萱葺の水子地蔵堂などの建物が建っています。

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    本堂                            地蔵堂

                 化野念仏寺12  水子地蔵 

 水子地蔵のお堂の先の『竹の小径』は、大きな竹が天を覆うようにのびていて、光のさえぎられた小径は無の世界に誘ってくれるような気持ちに・・・そして小径を上った先には広々とした青空はひろがり六面体地蔵が待っていてくれました。

  化野念仏寺14  化野念仏寺15
    竹の小径                         六面体地蔵

 石仏・石塔が織りなす 化野念仏寺 の風景は何度目にしても無常に心が震えます。
 いつかローソクが灯された幻想的な光と闇のなかでこの石仏たちに手を合わせられる日が来ることを願いながら境内を後にしました。

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竹生島 ~ 琵琶湖に浮かぶ神の住む島 ~

 『琵琶湖八景』のひとつ 竹生島 は琵琶湖北部の沖合いに浮かぶ周囲約2㌔の小島。神代の昔、伊吹山の神・多多美比古命が姪である浅井岳の神・浅井姫命と高さを競い合い、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を切り落とすと、その首が琵琶湖に落ちて生まれた島といわれ、それがあらぬか、竹生島は昔から『神の住む島』と敬われてきました。島には弁財天を祀る宝厳寺 と浅井姫命を祀る 都久夫須麻神社(竹生島明神) があり、行基の開基とされる宝厳寺の本尊・弁才天は宮島、江ノ島とともに『日本三弁才天』のひとつとして知られています。

 『琵琶湖八景 深緑・竹生島の沈影』に数えられている島は深い緑に覆われ、さざ波の湖面にぽつんとその印象的な姿を映しています。

   竹生島1

 船着場に降り立つと数軒の土産物店、本坊などの建物の先に『祈りの階段』と呼ばれる石段が続き、165段の石段を上りきると 宝厳寺 の境内に。入口に立つ、四方に四仏が配された五重石塔は鎌倉時代作といわれ、比叡山中から採掘された小松石で造られた日本に7つしかない重要文化財のひとつです。弁才天が祀られている本堂は昭和に建造されていますが、平安後期の様式を基本に造られており、その姿は降り立った鳳凰を思わせ、背後の緑とあいまって美しい風景を描き出しています。

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  竹生島4  竹生島5
    宝厳寺本堂                       三重塔

 弁才天には琵琶が付き物ですが、この宝厳寺にもいくつかの話が伝わっており、そのひとつが『平家物語』の平経正の『竹生島詣』です。 木曽義仲追討のため北国路に兵を進めていた経正が、戦勝祈願のため竹生島に立ち寄り祈願ののち、琵琶を奏でると、湖中から明神が白龍になって現われ、感激した経正は、戦勝疑いなしと喜び島を後にしたというもので、その逸話は謡曲の題材ともなり、芸能の神として崇められるようになったといいます。境内にはほかに三重塔、雨宝堂、宝物館などの建物が建ち、また境内から見下ろす雄大な風景は感動です。

 琵琶湖の眺望を楽しみながら石段を下りると観音堂が建っています。弘法大師が真言密教の秘法を納めたと伝わる観音堂の堂塔は豊臣秀頼が復興し、入口に立つ国宝の唐門は豊国廟の正門だったといいます。

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    観音堂                          国宝の唐門

 唐門から『船廊下』と呼ばれる渡り廊下をいくと 都久夫須麻神社 の本殿があります。船廊下の名はは秀吉の朝鮮出兵たおりに御座船として造られた船を利用して造られたことからその名が付いたといいます。

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    船を利用した船廊下                  廊下の下は崖造り                                          
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     国宝の都久夫須麻本殿

 舞台造りの建物は伏見桃山城または豊国廟から移築したと伝わっており、その豪華絢爛たる内部は圧巻です。そして、拝殿の前には龍神拝所があり、その下の岩場にある鳥居にかわらけを投げ、それが鳥居をくぐれば願いが叶うといわれ、鳥居の下は願いの込められたかわらけが一面に・・・

  竹生島11  竹生島12

 行基が弁財天を刻み、堂を建立したことがはじまりと伝わる『竹生島信仰』 明治時代の神仏分離令で宝厳寺を廃寺にして神社とするよう命じられたにもかかわらず、日本全国の崇敬者の強い要望により廃寺をまぬがれ、寺院と神社が境界を設けて両方が並存することになったといいます。

 神と仏一体の『信仰の島・竹生島』 また、その大きなパワーを授かりに行きたいと思います。

                                    

白鬚神社 ~ 湖中大鳥居で知られる近江最古の大社 ~

 水中に浮かぶ鳥居といえば世界遺産にもなっている宮島の厳島神社が有名ですが、滋賀県高島市にある 白鬚神社(しらひげじんじゃ) も『近江の厳島』として親しまれる湖中に立つ朱塗りの大鳥居が有名な神社です。由緒によれば、白鬚神社は垂仁天皇の皇女倭姫命が猿田彦命を祭神に創建した近江最古の神社とされ、日本全国に約300の分霊社が祀られているといいます。祭神の猿田彦命は天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の道案内をされた神で、『道開きの神』として知られていますが、この白鬚神社で祀られている猿田彦命は白髪で白い鬚を蓄えた老人の姿で、『延命長寿の神』としても信仰を集めています。また、その縁起は謡曲『白鬚』でも謡われています。

 琵琶湖西岸、琵琶湖を代表する景観にもなっている湖中の大鳥居。案内によれば、神社前の湖中に鳥居があったという伝説や絵画から、昭和12年(1937)に復興寄進され、昭和56年(1981)に再建されたものといいます。足元に寄せる波を受けながら、湖中から社を見守る鳥居に逞しさを感じます。

   白髭神社1
     琵琶湖を代表する景観になっている湖中大鳥居

 社殿は国道と湖中大鳥居をはさんで向かい側にあり、風格のある入母屋造り檜皮葺の本殿は慶長8年(1603)に豊臣秀頼と淀君が寄進したものといい、国の重要文化財になっています。

  白髭神社2  白髭神社3
                                   拝殿

   白髭神社4
    本殿・絵馬殿

  白髭神社6  白髭神社7
    皇大神宮                         豊受大神宮

  白髭神社5  白髭神社8
    若宮神社                         八幡・加茂・高良神社

   白髭神社9

 また、白鬚神社には多くの著名人が参拝し句や歌を残しており、境内にはいくつかの句碑や歌碑が立っています。

 白髭神社12  白髭神社10
   松尾芭蕉の句碑                    与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑

     松尾芭蕉の句
       四方より 花吹入れて 鳰の湖

     与謝野夫妻の歌
       しらひげの 神のみまへに わくいづみ これをむすべば ひとの清まる  
     

          白髭神社11  紫式部の歌碑

      紫式部の歌
        みおの海に 綱引く民の てまもなく 立ちゐにつけて 都恋しも

 延命長寿・縁結び・子授け・・・・人の世の総ての導きの神として信仰を集める近江最古の神社 白鬚神社 境内にはお宮参りの家族、『ビワイチ(びわ湖一周サイクリング)』を楽しむ若者などに混じってアジア系の観光者も訪れ参拝している姿が。帰りがけ再び湖中の大鳥居を眺め、今度は早朝に対岸の山の間からのぼる朝日を浴びた鳥居を見てみたいと・・・叶えられそうな期待を胸に境内を後にしました。
 

夏の湖国を廻る ~ 花のある風景 ~

 周囲を山脈・山地に取り囲まれ、中央部に琵琶湖と近江盆地が広がる湖国・滋賀は豊かな自然に恵まれた美しい風景とともに四季折々の花が人々を楽しませてくれます。夏の一日、湖国の夏を彩る花に会いに行ってきました。

 夏の炎天下に顔を上げて咲く『ひまわり』は夏の花の代名詞として知られ、ひまわり畑はあちこちで見ることができます。湖国では『守山の第一なぎさ公園』や『ブルーメの丘』が知られていますが、草津市南山田の住宅地の中に広がるひまわり畑も近年知られてきました。道路沿いから見えるひまわり畑は休耕田を利用し、地元の人々の手によって栽培されています。丹精込めて育てられたひまわりは比叡山を背後に生命力にあふれた黄金の海原を広げる風景は人々に元気を与えてくれます。

  夏1  夏2
   比叡山をバックに咲く不動浜のひまわり畑

 そして湖国の夏の風物詩となっているのが高島市今津町にある びわこ箱館山ゆり園 です。 スキー場の斜面を利用したゆり園は関西最大級のスケールをほこり、雄大な琵琶湖の眺望を楽しみに出かけました。

 ゴンドラに乗ること約8分、山頂駅を下りるとあたりは一面の霧 色とりどりのゆりが咲き乱れている楽園の中を歩くはずが、辺りに漂う香りとかすかに見えるゆりの花を探し求めながら園内を歩くことに・・・そして霧が少しだけ遠ざかった瞬間、見事なゆりの園が目の前に現われました。

  夏3  夏6

   夏5

 多年草のゆりはアジアを中心にヨーロッパから北アメリカなど亜熱帯から温帯、亜寒帯に広く分布し、品種は約130種を数え、5万400㎡の広大な面積を持つこのゆり園には50種250万輪のゆりが植えられ、7月上旬から8月中旬まで楽しめるといいます。

 ゆりの香りに包まれた園内に再びおとずれた霧の闇、足元に注意しながら森のゆり道を歩けば言葉には言い表せないような幻想的な風景が・・・霧のしずくを浴びながら色彩の無い空間で咲くゆりはおとぎの国に迷い込んだような気持ちになってきます。

   夏7

 森のゆり道からは眼下に雄大な琵琶湖が見えるはず()なのに・・・霧の覆われた琵琶湖はその姿さえ見ることはできません。霧の中に浮かぶ木々は色を無くし、ひたすら立っているだけなのですがその姿の幻想的なこと・・・

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 この無色な空間で見た森の風景は、晴れ渡った日には見ることのできない忘れられない風景になると納得です。

 このゆり園にはほかにコキア、キバナコスモス、ダリアなどが植えられていて、モコモコ、ふわふわのコキアは可愛らしくそっと手を触れてみたくなります。可愛いコキアが色づくころにはゆり園に早い秋が訪れ風になびくススキの越しに雄大な琵琶湖の風景を堪能してみたいとその光景を思い描きながらゆり園を後に。

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 少し足をのばして『新・日本の街路樹百選』に選定されている メタセコイア並木道 に。高島市マキノ町にある道沿いの続く約500本のメタセコイア、新緑の頃は人であふれていましたがこの日は通る人もなくひっそりとして、木漏れ日が美しかった道は頭上を覆うメタセコイアの枝で光もさえぎられトンネルのように。

  夏10  夏11

 少し湿り気を帯びた人気のない道を歩けば両側には枝が折れ曲がるように実を付けた栗の木が一面に広がっています。この栗の実の収穫が始まるころにはこのメタセコイアが色づき、また賑やかな並木道に・・・季節の流れを感じるメタセコイア並木です。

 少し遠出の湖国 夏の花めぐり 楽しい一日でした。

 

長弓寺 ~ 親子の悲劇から生まれた古刹 ~

 奈良県生駒市の富雄川沿いにある 長弓寺(ちょうきゅうじ) は聖武天皇がこの地で狩りをしていた時、供の小野真弓長弓が子の長麻呂の放った矢が誤って長弓に当り絶命。その不運を哀れんだ天皇は行基に命じて寺を建立させ、行基は十一面観音を安置し創建したと伝わる古刹。その後、延暦年間に藤原良継によって再興され、中世には隆盛するも応仁の乱の際に山名宗全方の落人により寺宝をことごとく破壊され、さらに天正5年(1577)に織田信長に寺領を没収され多くの建物を焼失、盛時には20院あったとされる塔頭が現在は4院が残っているのみです。

 真弓山橋を渡り、小さな山門をくぐると左手には宝光院地蔵堂が建っています。

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   真弓山橋                           宝生院地蔵堂

 真っすぐに伸びて参道を進めば池があり、その上の小高くなった所に阿弥陀如来を本尊とする薬師院、不動明王を本尊とする円生院、愛染明王を本尊とする法華院が建っています。これらの塔頭は住職のいない本寺の本堂を輪番制で護持しているといいます。

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    薬師院                           円生院

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    法華院                           伊弉諾神社  

 そして薬師院と円生院の間にある石段を上れば長弓寺本堂が建っています。

   長弓寺8

 弘安年(1279)に建立されたという建物は入母屋造りで、檜皮葺の屋根の優美な曲線は今にも天に舞い上がろうと翼を広げる鳥の姿を連想させ、和様を主体に大仏様、唐様が混用された細部も調和がとれてた美しく国宝に指定されています。深い緑の木々を背後にひっそりと佇む本堂に訪れている人はなく、心ゆくまでその優美な姿を堪能 

   長弓寺9

 隠れたアジサイの名所で知られる境内には神仏混交の名残りを残す鎮守・伊弉諾神社、まゆみの鐘と呼ばれる梵鐘、石仏、宝蔵などがあります。

 静寂な中に佇む長弓寺は知る人ぞ知る名刹、季節をかえてこの優美な本堂をまた訪ねてみたいと思います。

 
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